第6話 王女の陰謀
デニス様の言った通り、一週間後、クライド殿下の王太子宣言がされた。
「おめでとうございます」
アングラード侯爵家に避難していたが、この時ばかりは王城へ出向き、祝いの言葉を述べた。他にも多くの貴族たちがクライド殿下を祝いにやってきていたのだが……。
「そういえば、お兄様の姿が見当たりませんね」
そっと隣にいるデニス様に声をかけた。私の護衛といえど、祝いの席であるため、近衛騎士団の礼装である白い騎士服を
髪型も普段と違い、前髪が上がっている時点ですでに
私はというと、それに合わせて白いドレスを選んだ。表向きは祝いに相応しい白であり、本音としてデニス様の方に私が合わせた形だった。
しかもそれを知っているのはデニス様だけ。
正直、兄がいようがいまいが気にならないのだが、家を出た身である以上、挨拶しなければ後で何を言われるか……。
「もしかしたら、来られない事情ができたのではありませんか?」
そっと声をかけたのに、デニス様は反対側の隣に座っているクライド殿下にも聞こえるように言った。
「おそらくケイティがまた、我が儘を言ったのかもしれないね。この間、公爵からどうにかしてくれと泣きついてきたから」
「お、お兄様がですか!?」
泣きついた、ですって!?
「いくらなんでも、ご冗談が過ぎますよ。お兄様はそんな簡単に頭を下げるような人物ではありませんから」
そう、義母に似て傲慢で自尊心が高く。権力欲の強い人物だ。いくら妻であるケイティ王女様……いや夫人が我が儘でも……ん?
「我が儘? ケイティ夫人が、ですか? そんな方には見えませんでしたが」
「あぁ、ヘイゼル嬢には話していなかったか。ケイティはあれでも、我が儘でね。だから長いこと、嫁ぎ先が決まらなくて困っていたのだが……どうやら本人は嫁ぎたくないらしくて、意図して我が儘を見せていたらしい」
「……つまり、離婚したくてお兄様を困らせている、というわけですか?」
「それだけではない。愛想を尽かした公爵が愛人を作るのを待っているのだとか」
「確かにその方が、ケイティ夫人にとっても利益がある離婚になると思いますが……」
離婚したいために、何もそこまでしなくてもいいのに。それに長引けば長引くほど、離婚なんてできるのかも怪しかった。
なにせ権力欲がある兄は、世間体も気にする。王女様を娶った時点で、他の貴族よりも王族に近いと思っているに違いない。
だからそう簡単にケイティ夫人を手放すとは思えないのだ。よって、お飾りの公爵夫人vs愛人という未来が、容易に浮かんだ。
これにケイティ夫人が勝てればいいが、愛人が勝ったらさらに悲惨なことなる。しかしクライド殿下はクククッと笑ってみせるだけだった。
「いや、待っているのは僕だよ。ケイティには、そういう風に振る舞うように指示を出したのだからね」
「どうしてですか? ケイティ夫人が困ることになるのですよ」
「困らないさ。それを理由にケイティを侮辱したとして、公爵の地位を剥奪させる手筈になっているから」
「え?」
「父上も困っていたのだよ、公爵の振る舞いにはね。だから「平民に下りたければ、綺麗に掃除していけ」と条件を突きつけられた」
「は? では何のために、王太子になられるのですか?」
兄の件は、何もしなくても片付けられそうな気がする。
「僕なりの責任かな。公爵を排除すれば、ヘイゼル嬢はもう僕の婚約者でいる必要はないからね。でもそうすると、ヘイゼル嬢の経歴に傷がついてしまうだろう?」
「私は……メイドの子ですから、傷つくのもなにも……」
すると後ろからデニス様が、私の肩にそっと触れた。
「話は最後まで聞いてくれ。それとしおらしい姿はヘイゼル嬢には似合わないよ。いつもみたいにズバズバ言ってくれないと」
「……まるで、失礼な女だと言われているように感じるのですが」
「違うのかい? ヘイゼル嬢が公爵に代わってファンドーリナ公爵家を率いることができる器だと思ったから、僕はヴェルター卿を紹介したのに」
「何をおっしゃっているのか、理解できません」
「今はそれでいいよ。僕は僕で、ヘイゼル嬢をファンドーリナ公爵にするために、王太子になるから」
そう言って席を立ち、クライド殿下は宣言通り、王太子になるために、国王の前へ行き跪いた。
けれど、相変わらず何を言っているのかよく分からない王子だった。
全く、私が公爵だなんて、王太子になった方が平民になりたいとおっしゃるくらい、おかしな話だわ。
***
けれど吉報……いや、悲報が入ったのはそれから一ヶ月後のことだった。
「ヘイゼル、これで貴女は自由よ!」
ケイティ夫人がアングラード侯爵邸にやって来たのだ。それもクライド殿下と同じで、唐突に何を言っているのか、といったご様子で。
いや違う。手を振りながら、ガゼボにいた私とデニス様のところまで来たものだから、驚きの方が大きい。
「ど、どうしたのですか? お義姉様。しかも自由って」
「ふふふっ、言葉のままよ。今日、無事に離婚が成立してね。ファンドーリナ公爵夫人から王女に戻ることになったの」
「それはおめでとうございます。しかし私の自由と、どう繋がるのでしょうか?」
「あら、クライド兄様から聞いていないの? 離婚の成立と同時にフェリクスは廃位されるのよ。私を蔑ろにしたという理由でね。しかもクライド兄様よりも先に平民になるっていうわけ。全く、傑作だと思わない?」
ケイティ夫人、いや王女は王女とは思えない発言に私は啞然としてしまった。けれどケイティ王女は我関せずと謂わんばかりに、私の目の前に座る。
いやそれだけではない、私の前に置かれたお茶を飲み干したのだ。用意が間に合わなかったといえ、王女のやることではない……。さすがクライド殿下の妹君といったところだろう。
「どうしたの? これで貴女は晴れてファンドーリナ公爵となるのに。ううん。間接的とはいえ、貴女を虐げていた人物を追い出したのよ。もっと喜びなさい」
「はっ! よ、喜ぶ以前に、何故私が公爵に? 女性は爵位を継げないはずですよ」
色々聞きたいことがあったが、まず自分に関することを質問した。
「そうはいうけど、特例なんていくらでも作れるわ。王女に戻った私と、王太子になったクライド兄様。空席になったファンドーリナ公爵を任命するお父様が加われば、できないことなんてあるかしら」
「……ないですね。しかし、このようなことをして誰が得をするというのですか?」
「勿論、お父様に決まっているわ。クライド兄様にわざわざフェリクスを失脚させるように命じたのだから」
「何故、とお聞きしても?」
「いいわよ。でも、その理由はヘイゼルが一番よく知っているのではなくて?」
ケイティ王女に言われて、私は目を逸らした。
傲慢で権力欲の強い兄。好きな人と細やかに暮らしたい私とは正反対で、常に荒波に向かう人だった。
そんな態度を取っていれば、自然と周りは敵だらけになるのに、それが分からないらしい。
さらに私と兄は、ファンドーリナ公爵家の特徴である金髪に紫色の瞳を持つ者同士。誰がどう見ても兄妹にしか見えない。しかしそれが良くなかった。
正妻の子とメイドの子が同じであってはならないのだ。そう、扱いまでも。
だから兄は私が義母に虐げられているのを、敢えて見に来ていた。ただ優越感を得るために。
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