第20話 おいはらった!
「お、おまえは人間を動かせるのか!?」
バロンの黒い目にはあきらかに恐怖が浮かんでいる。
私のことがバケモノにでも見えているのだろうか。
「そうよ。と、言いたいところだけど、そんなわけないじゃない」
人間語を話すことはできないし、人間たちも猫語を理解できない。
一番仲の良い先生でもね。
種族間の溝はけっこう深いんですよ。
「私がどうこうするって話じゃなくてね。猫以外の野生動物が街を闊歩することを、人間は許さないのよ」
たとえば私は野犬なんか見たことがないけど、昭和の四十年代くらいまではそこそこいたらしい。
そして、どうして見かけなくなったのかといえば、駆除されたからだ。
べつに野犬は空に飛んだわけでも地に潜ったわけでもない。
人間に害を為す可能性のある、というより、人間が恐怖を感じる大きさの動物が街にいたら間違いなく駆除される。
麻酔銃を使って眠らせ、山に帰すって方法が取られることもあるけどね。だいたいは射殺だ。
そのまま撃つか、トラップを仕掛けて中に入ったところを始末するかまではわからないけど、どちらにしても動物にとっては明るい未来の夢とはいえないだろう。
「ましてエキノコックスを持っているかもしれない、保護動物というわけでもないキツネに、人間たちが手心を加えてくれるとも思えないわね」
ふふふ、と冷たい笑みを浮かべてみせた。
べつに脅しではない。
バロンが目撃されるのは時間の問題だ。あるいはもう見つかってるかもしれない。いまだって薄暮の時間にあらわれたしね。
すなわち、人間の子供が外を歩き回っていても不思議ではない時間帯である。
子供から親へ、親から保健所へとすぐに情報がまわるだろう。
「そうなったら、すぐに駆除の人たちが動くわ」
「ままままさか……」
ガタガタとバロンが震え出す。
無理もないけどね。
と、タイミング良く防災無線が流れ出した。
『こちらは防災放送です。最近、街の中をキタキツネが歩き回っているとの情報が寄せられました。姿を見かけてもけっして手を触れず、餌付けなどもしないように心がけてください』
「ほらね。あなたの情報はもう人間にキャッチされたようよ」
「信じられねぇ!」
たっと踵を返し、バロンは駆けだした。
おそらく山へと向かって。
「めでたしめでたしね」
「さすがは姐さんだ。指一本うごさかないで追い払っちまった」
無責任にちゃちゃまるが喜ぶが、じつはまだ交渉に入っていなかったのだ。
バロンがびびって逃げ出しただけで、私は何もしていない。
前段階の共通認識を提示しただけである。
「あとはもう、防災放送のタイミングが良かったとしか言いようがないわね。バロンがごねてからが本当の勝負だと思っていたのだけれど」
「ぴろしきが悪い顔をしてる」
さくらが笑った。
失礼ね。これは苦笑よ。
簡単に済むなら、それにこしたことはないからね。
「ともあれ、これでさくらが脱走したときの借りは返したわよ。ちゃちゃまる」
「もともと貸しだなんて思ってないさ。それより姐さん、さっき窓を開けようとしていなかったか?」
「してたわよ?」
「まさか自分で出られるのか? 外に」
驚いた顔のちゃちゃまるだ。
あ、そうか。こいつは私が脱走したときの経緯を知らないのか。
「私は引き戸くらいなら開けられるの。でももう勝手には出ないけどね」
先生を心配させてしまうから。
さくらがいなくなったときの焦燥ぶりを思い出したら、いまだって胸が苦しくなってしまうわ。
「にゅう……ごめんなさい……」
しゅんとうなだれるさくら。
私は顔を近づけ、ぺろぺろと毛繕いしてやった。
若気の至りよ。もう反省はしたのだから気に病むことはないわ。
「ぴろしき。だいすき!」
さくらも毛繕いしかえしてくる。
「うらやまけしからん! さくら! そのポジションかわってくれ!!」
ちゃちゃまるが地団駄ダンスを踊って悔しがった。
子猫に嫉妬するとか、かなり控えめにいってもかっこ悪すぎるわよ。
あと、仮にポジションチェンジしてもちゃちゃまるの毛繕いなんかしてあげないって。
恋人や夫婦じゃないんだから。
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