第3話 願いの代償

「白石さん、もう帰るの?」


 唯はスマホを確認しながら、俺に向かって話す。


「うん。執事が車で迎えに来てるはずだから、行かなくちゃ。黒長くんはこれから補習? 頑張ってね」


「あ、ありがとう。唯ちゃん……(はっ! 心の声が漏れて名前で呼んじゃったよ!)」


 ダッダッと鼓動が早く、息が詰まりそうだ。


「ふふ! じゃあ私も哲也くんて呼ぶわね。それじゃあ哲也くん、また明日」


「うん、またね(名前で呼ばれた! 嬉しすぎるっ! ……女神かっ!)」


 俺はというと、案の定赤点を取ってしまい、放課後から補習を受けることになった。実のところ、昨日資料を読んでいる途中で爆睡してしまったのだ。おかげで寝坊しなくて済んだことは幸いだったが……。


 補習組は俺と日向、そして青山はサポートとして一緒に残ってくれるらしい。俺のテスト用紙を青山が確認している。全部数字が低いので本当は見せたくはない。その紙を確認しながら青山が話し始めた。


「まあ、あれだけの量の資料を確認しておけっていう方が、無理があるよな」


 青山が右隣の席から俺の方を見て呟く。


「私と同い年なくせに、体力不足なんじゃないのぉ?」


 俺の左隣の席から日向が追い打ちをかけてくる。


「俺をジジイと一緒にするなっての! そういう日向だって補習組の仲間じゃねぇか」


「屈辱なのよ~」


 俺は半分キレそうになったが、ぐっと堪えて拳をしまった。


「二人の補習は僕が見るから安心しなよ」


『神ッ!』


 俺と日向は青山を見つめて拝みだす。大袈裟だなという表情をしながらも、真面目に取り組んでさっさと帰ろうと立ち上がり、俺たちの補習をサポートしてくれる。


「分からない箇所はちゃんと僕に聞いてよ?」


『了解!』


 ――数時間後、俺と日向は机に顔を突っ伏して、魂が抜けたようだった。いつのまにか窓の外は夕日も落ちて、真っ暗になっていた。今日の分の補習を終えたところで、俺たちは三人揃って下校することにした。そして俺は先に帰った唯への疑問を口にする。


「そういえば、唯ちゃんは補習組にいなかったけど、頭が良いのか?」


「白石さんは学年一位の成績を誇る有名人だぞ」


「マジか!? すごいな!」


「そもそも、唯はお嬢様だし、習い事で超多忙なのよ。登下校は執事の車で送迎してもらってるし、すっごく家がお金持ちなのよね」


「しかも美人ときた……クラスの男にモテないはずもないか……」


 休み時間での唯の様子を思い出した。でも俺にもチャンスはあるはずだと信じて、アタックするしかない。俺は拳を握りしめ、気合を入れた。


『ぐぅ~』


 予想外のタイミングで、俺のお腹が大きな音を立てて鳴った。


「そういや、俺何も食べてねぇや。青山さん、食事とかってどうすりゃいいの? 俺、ノラ猫だったからまともに飯なんて食べてなかったけど……」


 俺はノラ猫だった頃、幼い頃は親猫も一緒だったが、大きくなってからは親猫と離れ離れになってしまった。それからは一日分の食料を自分で探し当てる自給自足の日々を送っていた。たまに親切な人から貰えるご飯は、とても幸運な物だった。だから誰かを当てにしてご飯を食べるという行為には抵抗がある。


「とりあえず、1週間分はアパートに用意してある。しかし、高校入学への手続きや準備の資金で団体も経済的な支給が間に合わなかったようなんだ。悪いが、しばらくはバイトして働いてくれないか?」


 突然のアルバイトの話に、俺は興奮した。


「マジか!……俺、初バイトだ。しばらくってどのくらいの期間だ?」


「分からん。詳しくは所長に聞いてみるよ」


「(しばらく補習とバイトの日々が続くのか……)」


 それぞれ解散したところで、俺はアパートにたどり着いた。空腹で頭も回らないため、急いで家に駆けこんだ。しかし、そこにはおじいさんが座っていた。


「ジジイ、何の用だよ?」


 俺は晩ご飯を探しながらおじいさんに用件を聞いた。


「大事なことを言い忘れとってのぅ~」


 冷凍庫を開けてみると、弁当が入っていたので、それを温めてから机まで運ぶ。そこで話の続きを聞いていた。


「薬の副作用の話じゃ。お主の願いを1つ叶えたから、ワシの願いも1つ聞いてもらおうと思ってのぅ」


『ぶっ! ごほごほ……』


 俺は願いの代償のことをすっかり忘れていたので驚いた。片手でコップを持ち、水を飲んで仕切り直した。


「で、ジジイの願いは何だ?」


「お主の命を……」


「はっ!?(そんなに重い代償なのか? 俺もはや生きることさえ無理な話?)」


「冗談じゃよ☆ちょっと場を和ませたかっただけじゃ」


「何なんだよ! ちょっとヒヤッとしたじゃねぇか!」


 てへぺろ~といった表情のおじいさんに、心底ブチ切れてしまったが、愉快なおじいさんで良かったと思うのだった。


「フォッフォッ。とりあえず、お主には働いてもらう。組織の資金が大ピンチでのぅ。少々強引じゃが、頼んだぞ」


「その話なら青山さんから聞いたぞ。で、どのくらいの期間バイトすればいいんだ?」


「そうじゃったか! 彼は優秀じゃから話が早いのぅ。そうじゃのぅ、1年くらいは働いてもらおうかの! そこでじゃ、バイト先の紹介をしようと思っての。お主は学生じゃから、夜のバイトが良いと思って調べておいたのじゃ」


 おじいさんが持っている資料を見てみると、夜間営業の喫茶店のアルバイト募集と書いてあった。


「接客のバイトか……俺、大丈夫かな」


 初めての接客のアルバイトに不安を抱いた。しかし夜間は高時給なので、無事に受かれば何とか食べて行けそうだった。


「まぁ、お主はイケメンじゃし、なんとかなるじゃろ! フォッフォッ」


「(ジジイ……他人事だと思って笑ってやがる……)」


「話はそれだけじゃ。何かあればスマホを使って青山に聞いてみてくれ。じゃ、さいなら~」


 ボンッという音と共に、おじいさんは黒い煙幕と共に消えていった。


「そもそも、面接だって初めてなのに、受かるとか落ちるとかあるの分かってバイトしろって言ってんのかなぁ……ん? これは……」


 置いて行った資料をよく見ると、おじいさんの知り合いが経営している喫茶店で、「面接は無し☆知り合いの喫茶店だから安心せぃ!」と書いてあった。さらに喫茶店の住所と連絡先も記載されている。


「直接言えばいいのに、なんでこんな大げさなことを……。とりあえず、スマホに住所を登録してっと……。ん? 知らない場所だな。早めに行ったほうが良さそうだ」


 そして、連絡先に電話をして、明日の補習の後に現地で落ち合うことになった。

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