【第一幕】不労所得により脱サラした俺は、南の島カーアイのスローライフへと滑空した!元・皇国軍竜騎士シオンの三十六歳の物語。(ときどきダークファンタジー)
第1話 竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」
第1話 竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」
◇
広い海。
白い雲。
大小、百を超える島からなる火山列島。
その中でも、
一番に大きな島、
スバラシイ島のオリオリポンポス山は、
今日も呑気に、
白い煙を立ち上がらせていた。
そして、
物語の舞台は、
二番目に大きな島。
カーアイ島である。
◇
季節は、秋。
広大な神殿の、
大理石のアプローチ。
入口にある、
巨大なキンクモセイは、七部咲きだ。
本殿は遠く、
いくつかある門の、
古代文字と蜻蛉の文様(レリーフ)が、
俺を、じいっと、
見下ろしている気がした。
俺は、大きなため息をついた。
はあーー。
右手には、
開封済みの魔法封書。
その裏には、
皇巫女(ひめみこ)による魔法封緘(シーリング)。
魔法蝋は青に銀の箔(ラメ)。
蝶と古代文字をあしらった文様は、
繊細で美しい。
が、あいにく、
俺には解読不能だ。
―話は、夏前に遡る。
◇
俺の名は、シオン。
通り名は、ホーク。
元、皇国軍竜騎士団第七船団所属。
しかし今は、
この辺境の島カーアイで、
竜防具専門店、
「南十字星(サザンクロス)」を営む、
しがない新米店主だ。
矜持(モットー)は、スローライフ。
◇
いつしか、
「竜語を話せる人間」になった俺は、
二十二年間勤めた船団を降り、
数年のブランクを経て、
半月前、
町外れの森の片隅に、
竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」を立ち上げた。
看板の文様(レリーフ)は、
小さな白竜と南十字星。
◇
コトの成り行きはこうだ。
俺の竜騎士時代の報酬は、
初年度から、ほぼ手つかずだった。
なぜなら、
生活費は全て、船団が賄ってくれていたし、
俺は生来、さして金のかからない性分である。
気づけば長年、
国庫に預けたままのその金と利息は、
雪だるま式に増え続け、
いつしか、
贅沢暮らしこそ、
夢のまた夢ではあるが、
俺はもう働かずして、
独り身、『プラスα』
(※詳しくは後述する)が、
細々と食っていくには、
まったく困らない身の上に、
なっていたのである。
つまり、
わかりやすく言うと、
【自動回復する財布】
を、手に入れたのである。
そうして、
話せば長くなるが、
経緯(あれやこれや)があり、
俺は、全てを捨てて、
鞄一つと、
白銀のハモニカをぶら下げて、
単身、(※これも後述する。)
ひょいと船を降りることを決断したのだった。
俺は、
身体を大の字に広げ、大空に身を預けた。
俺は、
鷹だ。
スローライフ、
スローライフ。
ぶわっと、
魔法滑空翼(グライダー)が開く。
そして、
風の吹くまま、気のままに、
この南の島の、火山列島に辿り着いたのだ。
今の俺は、
とても身軽だ。
◇
【千客万来】?
【商売繁盛】?
いやいや〜。
俺は、疲れた。
人には、ずいぶん若く見られるが、
今年の暮れには、三十六だ。
人の血。
竜の血。
美しく気高き生き物たちの、断末魔。
見たくもないものを見、
聞きたくもないことを聞き、
持ちたくもない荷物を持たされ、
東西南北(あちらこちら)へ、
小突き回される生活は、
もう、たくさんだ。
ぶんぶん、と、
やや白髪の生え始めた頭を、
強く振った。
俺の目標は、【長生き千年】!!
これは、
そのための、
【脱サラ】
なのである!!
俺は、胸の白銀のハモニカを握りしめた。
スローライフ、
スローライフ。
こうして、
第二の人生がスタートした。
◇
初夏。
最寄りの小さな森の皇国神殿の、
夕刻の鐘が鳴った。
今日も俺は、
通りに面した、
小さな店のカーテンを閉めて、
棚と床を、せっせと拭き上げた。
がらんどうのここでは、
俺の鼻歌も、よく響いた。
夏前とはいえ、
森の日暮れは早かった。
俺は、
店の扉に施錠の呪いをかけて、
奥にある工房へ向かった。
店とは対照的に、
工房の奥行きは長く、
天井は高い。
中央(センター)には、
巨大な竜を模した、
胴型(トルソー)が、
ただ一点。
そこには、
真新しい竜鎧(アーマー)が、
掛かっている。
それは、
北に設けられた天窓の、
日暮れの淡い陽光に照らされて、
静かに輝いていた。
うむ。
上出来。
胴裏には、ラト毛の裏地を縫い付けた。
肌当たりは、ふわふわとなめらかだ。
銅表は、丹の三度塗り。そこには長寿を願う常緑樹のトキワキを彫り込んだ。
他にも、
etc.(エトセトラ)、
etc.(エトセトラ)。
右手を添え、
一つ一つの仕事を確かめる。
そう。
控えめに言って、
俺は、
【竜鎧作りのド天才】だ!!
過去の経験は、
今の竜鎧作りに、
大いに活かされている。
テンションの上がった俺は、
気づけば大鏡の前でパンイチになり、
自作のダンスをばさりばさり、と披露していた。
◇
工房の奥は、書斎兼寝室だ。
帳簿をつけ、請求書を書き、明日の納品に備えた。
竜鎧を大机に乗せ、
丁寧に梱包をする。
仕上げに、下唇に右手親指を押し当てる。
ジワジワと指先に集まる、
魔法の蝋。
そして、右手の親指を、
梱包にジュウ、と押し当て、
魔法封緘(シーリング)を施す。
色は、濃紫に金の箔(ラメ)。
そこには、
小さな白竜と南十字星の文様が、
浮かび上がった。
それが終わると、
裏庭に出て、小さなイモ畑を耕した。
居間に戻ると、
寝床(アルコーブ)では、
ちんまりとした白竜が、
ぴーぴーと、鼻息を立てて眠っていた。
俺は、かまどの横の調理台で、
ふかし芋をボコボコと潰しながら、
茶巾で絞りつつ、
彼女の背中を眺めた。
こいつが、
例の『プラスα』。
美しく気高き白竜。
ポーラレアスター。
相棒のシオルだ。
齢は六つか、七つだったか。
このまんまるは、
本来、
皇国の竜騎士でも、
一生に一度、
お目にかかれるかどうかの、
【超ド級レア種】。
ざっくり言えば、
【希少種】である。
今の大きさは、
俺より少し小さいくらいで、
国によっては、シマシマエナガンと言うらしい。
今は、芋とヨダレにまみれたその口元を、
ぐいっと拭ってやり、
鬣(たてがみ)を、二種類のブラシでとかし、
芋皿を片付け、水皿の水を交換した。
『いーもー。』
ククゥと、寝言を言ったあと、
ゴシュン!と一発のくしゃみ。
居間と店と工房が、一度にガタンと揺れた。
そして再び、ぴーぴーと眠った。
鼻の穴を覗くが、鼻水はない。
念の為、明日医者に診せるか。
俺はさらさらと一筆箋を書き、
魔法封緘(シーリング)を施した。
魔法蝋は先ほどと同じく、
濃紫に金の箔。
今度は、鷹の文様が浮かび上がる。
フッ、と息を吹きかけ送り出すと、
封書は小さな鷹に変わり、俺の腕にちょこんと乗った。
俺は、
居間の大きな窓を開けて、鷹を放つ。
それは、スゥ、と音もなく夜の闇へと飛び去った。
よし。
明日は、昼前に目覚めればいいだろう。
これで、今日の仕事は完全に終了だ。
「おやすみ。」
明かりを消し、
扉を閉めながら、
俺は、竜寝床(アルコーブ)の、
白竜に向かって声をかけた。
返事はなく、
ぴーぴーとした、鼻息だけが、
居間に響いた。
俺は、
そっと扉を閉めた。
◇
工房の奥の書斎に戻り、
体を洗い、歯を磨いた。
そして、
ギタール片手に、
白銀ハモニカを咥えて、
ひっそりと弾き語りをした。
カーアイの森の空には、
星空が広がっていた。
日付はいつしか、明日に変わってゆく。
壁には、
歌姫マーリーのピンナップ。
♪
スローラーイフ↑
スローライフ→
スローラーイフー↓
今日も一日↑
安らかであらんことを↓
♪
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