第1話 竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」

広い海。

白い雲。


大小、百を超える島からなる火山列島。


その中でも、

一番に大きな島、

スバラシイ島のオリオリポンポス山は、

今日も呑気に、

白い煙を立ち上がらせていた。


そして、

物語の舞台は、

二番目に大きな島。

カーアイ島である。


季節は、秋。


広大な神殿の、

大理石のアプローチ。


入口にある、

巨大なキンクモセイは、七部咲きだ。


本殿は遠く、

いくつかある門の、

古代文字と蜻蛉の文様(レリーフ)が、

俺を、じいっと、

見下ろしている気がした。


俺は、大きなため息をついた。


はあーー。

右手には、

開封済みの魔法封書。


その裏には、

皇巫女(ひめみこ)による魔法封緘(シーリング)。


魔法蝋は青に銀の箔(ラメ)。

蝶と古代文字をあしらった文様は、

繊細で美しい。

が、あいにく、

俺には解読不能だ。


―話は、夏前に遡る。



俺の名は、シオン。

通り名は、ホーク。

元、皇国軍竜騎士団第七船団所属。


しかし今は、

この辺境の島カーアイで、

竜防具専門店、

「南十字星(サザンクロス)」を営む、

しがない新米店主だ。


矜持(モットー)は、スローライフ。



いつしか、

「竜語を話せる人間」になった俺は、

二十二年間勤めた船団を降り、


数年のブランクを経て、


半月前、

町外れの森の片隅に、

竜防具専門店「南十字星(サザンクロス)」を立ち上げた。


看板の文様(レリーフ)は、

小さな白竜と南十字星。



コトの成り行きはこうだ。


俺の竜騎士時代の報酬は、

初年度から、ほぼ手つかずだった。


なぜなら、

生活費は全て、船団が賄ってくれていたし、

俺は生来、さして金のかからない性分である。


気づけば長年、

国庫に預けたままのその金と利息は、

雪だるま式に増え続け、

いつしか、

贅沢暮らしこそ、

夢のまた夢ではあるが、


俺はもう働かずして、


独り身、『プラスα』

(※詳しくは後述する)が、

細々と食っていくには、

まったく困らない身の上に、

なっていたのである。


つまり、

わかりやすく言うと、

【自動回復する財布】

を、手に入れたのである。


そうして、

話せば長くなるが、

経緯(あれやこれや)があり、


俺は、全てを捨てて、

鞄一つと、

白銀のハモニカをぶら下げて、

単身、(※これも後述する。)

ひょいと船を降りることを決断したのだった。


俺は、

身体を大の字に広げ、大空に身を預けた。


俺は、

鷹だ。


スローライフ、

スローライフ。


ぶわっと、

魔法滑空翼(グライダー)が開く。


そして、

風の吹くまま、気のままに、

この南の島の、火山列島に辿り着いたのだ。


今の俺は、

とても身軽だ。



【千客万来】?

【商売繁盛】?


いやいや〜。

俺は、疲れた。


人には、ずいぶん若く見られるが、

今年の暮れには、三十六だ。


人の血。

竜の血。

美しく気高き生き物たちの、断末魔。


見たくもないものを見、

聞きたくもないことを聞き、

持ちたくもない荷物を持たされ、

東西南北(あちらこちら)へ、

小突き回される生活は、


もう、たくさんだ。


ぶんぶん、と、

やや白髪の生え始めた頭を、

強く振った。


俺の目標は、【長生き千年】!!


これは、

そのための、

【脱サラ】

なのである!!


俺は、胸の白銀のハモニカを握りしめた。

スローライフ、

スローライフ。


こうして、

第二の人生がスタートした。



初夏。


最寄りの小さな森の皇国神殿の、

夕刻の鐘が鳴った。


今日も俺は、

通りに面した、

小さな店のカーテンを閉めて、

棚と床を、せっせと拭き上げた。


がらんどうのここでは、

俺の鼻歌も、よく響いた。


夏前とはいえ、

森の日暮れは早かった。


俺は、

店の扉に施錠の呪いをかけて、

奥にある工房へ向かった。


店とは対照的に、

工房の奥行きは長く、

天井は高い。


中央(センター)には、

巨大な竜を模した、

胴型(トルソー)が、

ただ一点。


そこには、

真新しい竜鎧(アーマー)が、

掛かっている。


それは、

北に設けられた天窓の、

日暮れの淡い陽光に照らされて、

静かに輝いていた。


うむ。

上出来。


胴裏には、ラト毛の裏地を縫い付けた。

肌当たりは、ふわふわとなめらかだ。

銅表は、丹の三度塗り。そこには長寿を願う常緑樹のトキワキを彫り込んだ。

他にも、

etc.(エトセトラ)、

etc.(エトセトラ)。


右手を添え、

一つ一つの仕事を確かめる。


そう。

控えめに言って、

俺は、


【竜鎧作りのド天才】だ!!


過去の経験は、

今の竜鎧作りに、

大いに活かされている。


テンションの上がった俺は、

気づけば大鏡の前でパンイチになり、

自作のダンスをばさりばさり、と披露していた。



工房の奥は、書斎兼寝室だ。

帳簿をつけ、請求書を書き、明日の納品に備えた。

竜鎧を大机に乗せ、

丁寧に梱包をする。


仕上げに、下唇に右手親指を押し当てる。

ジワジワと指先に集まる、

魔法の蝋。


そして、右手の親指を、

梱包にジュウ、と押し当て、

魔法封緘(シーリング)を施す。


色は、濃紫に金の箔(ラメ)。

そこには、

小さな白竜と南十字星の文様が、

浮かび上がった。


それが終わると、

裏庭に出て、小さなイモ畑を耕した。


居間に戻ると、

寝床(アルコーブ)では、

ちんまりとした白竜が、

ぴーぴーと、鼻息を立てて眠っていた。


俺は、かまどの横の調理台で、

ふかし芋をボコボコと潰しながら、

茶巾で絞りつつ、

彼女の背中を眺めた。


こいつが、

例の『プラスα』。 


美しく気高き白竜。

ポーラレアスター。


相棒のシオルだ。

齢は六つか、七つだったか。


このまんまるは、

本来、

皇国の竜騎士でも、

一生に一度、

お目にかかれるかどうかの、

【超ド級レア種】。


ざっくり言えば、

【希少種】である。

今の大きさは、

俺より少し小さいくらいで、

国によっては、シマシマエナガンと言うらしい。


今は、芋とヨダレにまみれたその口元を、

ぐいっと拭ってやり、

鬣(たてがみ)を、二種類のブラシでとかし、

芋皿を片付け、水皿の水を交換した。


『いーもー。』

ククゥと、寝言を言ったあと、

ゴシュン!と一発のくしゃみ。

居間と店と工房が、一度にガタンと揺れた。

そして再び、ぴーぴーと眠った。

鼻の穴を覗くが、鼻水はない。

念の為、明日医者に診せるか。


俺はさらさらと一筆箋を書き、

魔法封緘(シーリング)を施した。

魔法蝋は先ほどと同じく、

濃紫に金の箔。

今度は、鷹の文様が浮かび上がる。

フッ、と息を吹きかけ送り出すと、

封書は小さな鷹に変わり、俺の腕にちょこんと乗った。

俺は、

居間の大きな窓を開けて、鷹を放つ。

それは、スゥ、と音もなく夜の闇へと飛び去った。

よし。


明日は、昼前に目覚めればいいだろう。


これで、今日の仕事は完全に終了だ。


「おやすみ。」


明かりを消し、

扉を閉めながら、

俺は、竜寝床(アルコーブ)の、

白竜に向かって声をかけた。

返事はなく、

ぴーぴーとした、鼻息だけが、

居間に響いた。

俺は、

そっと扉を閉めた。



工房の奥の書斎に戻り、

体を洗い、歯を磨いた。


そして、

ギタール片手に、

白銀ハモニカを咥えて、

ひっそりと弾き語りをした。


カーアイの森の空には、

星空が広がっていた。

日付はいつしか、明日に変わってゆく。


壁には、

歌姫マーリーのピンナップ。



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今日も一日↑

安らかであらんことを↓


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