第48話 イヴの目的

  【 LOG: 『alt』ナイン 】


── 緑色の洪水の中。


 俺は全てを思い出した。

カイセ率いるガーディアンのメンバー達との対立、そして彼らをS・ナゴヤの中央塔に封じ込めたこと。

 そして、アクムと出会い。

最初は『メア』と名乗り黒髪だった彼女が、俺と天魔に襲われて姿を変え、『アクム』と名乗るようになったこと。共に旅した日々を。現実世界にいるタカシや両親のこと、心惹かれた女性、ユノのことも。


 眩しい光とともに、俺はホテルの一室に戻ってくると、部屋の中では、タイチョーがトレーニングの最中だった。

「うおっ!」

 腕立て伏せの動きが止まり、俺の前に立つアクムに向けてタイチョーは安堵の表情を浮かべた。

「本当に、いつ帰ってくるのか心配しましたよ!」


「大袈裟ね。一時間程度で済んだでしょ?」

 アクムがそう言うと、タイチョーは苦笑しながら返した。

「いや、もう10日以上経ってますよ…?」と。


 タイチョーの不満そうな様子に、リヴィアは「そりゃそうや。向こうとこっちじゃ時間の流れが違うからな。2、3日で済むと思ってたけど……。すまん、堪忍やで」と手を合わせていた。


 タイチョーは俺に目を向けると、笑みを浮かべて言った。

「ナイン!よく戻ったな。記憶も戻ったようだな」


 俺の髪は黒に戻っていた。そして、いつの間にか手に金属製の杖を握っている。それは、ジェネシスでのアルトの姿だった。


「心配かけたな、みんな。俺はアルトだけど、ここではナインだ。すべて思い出したよ。これから現実世界の皆を救う。でも、そのために、アクム、タイチョー……。お前たちの意識を犠牲にしなければならない。すまないが、覚悟しておいてくれ」


 アクムは振り返り、腰に手を当てて呆れたように言った。

「そんなの、とっくに覚悟してるわよ!」


 そんな時、アクムのPICTが着信した。そこから聞こえるユダの声は少し寂しげだった。

『やあ、みんな。ナインの記憶も戻ったようで良かった。残るパンドラはあと三つだ。これからも協力してくれるかい?』

 俺たちは三人で答えた。

『もちろんだ』と。


 アクムがこれまでの経緯を報告していると、「イヴ」というキーワードにユダが反応した。

『イヴと話したのか。そいつが、この災厄の元凶だ。「IVEイヴ」はセクター・トウキョウの「ADM」のバックアップファイルだったんだ。それを奴らは……』


 ユダさんの話によると、現実世界のトウキョウでは『リライト』という軍隊が組織され、『IVE』を筆頭に『ADM』を乗っ取り、選ばれた者のみで全国支配を目論んでいるという。現実世界では厳しい監視があるため、仮想世界で計画を進めていたらしい。


 カイセはこの計画に協力しなかったため、妻を殺された。そして、彼らはトウキョウから逃亡し、『IVE』のデータの一部を抜き取ってナガノに逃げた。そこで生み出したのが『ELI』だ。イヴはデータの一部が失われたため、現実世界の上書きができず、ELIを統合する必要がある。それゆえに、S •ナゴヤの防壁を解除できる俺の能力を求めているという事らしい。


「つまり、トウキョウにはリライトという組織があって、イヴという人工知能に従ってるということか。そして、目的は選ばれた者だけの世界……。ガーディアンより過激な奴らだな」

 俺の言葉にリヴィアは「それだけやない。イヴの真の目的は人類の消去や」と、拳を握りしめる。


── もしかすると。

リライトを壊滅出来れば、ユノ達ガーディアンに交渉する余地が生まれるのではないか?


「ユダさん。こっちの世界を消さない方法はないのかな? リライトを潰してしまえば、ガーディアンを説得できるかもしれない!」

 俺の熱を帯びた声に帰って来たのは、相反して冷たい答えだった。

『ナイン。それはできない。オリュンポスが存在する限り、第二第三のリライトは現れるだろう。消去するしかないんだ』


 その様子にアクムは「って訳よ。ナイン!最後まで付き合ってもらうわよ」と、微笑んで言葉を続けた。

「まずはオオサカのパンドラを破壊しなきゃだけど、私はハシダが許せない。ユダさんの仇を取ってあげる。殺しはしないけど」


「ハシダって誰だ?」

 俺の疑問に、アクムは説明する。

ハシダはオオサカのセクター長で、その傍若無人な行動で不幸な目にあった人達がいるのだと。

 あの、『栄 美月』も被害者の1人で、もう、この世にはいないという事を。

 ユダの元気がない様子に、元ガーディアンのメンバーだった経緯からも二人は特別な関係だったのかもしれないと頭をよぎった。


 ユダは『その件だが……』と、少し間を置くとゆっくりと話し出した。

『もう忘れてくれ。奴には奴の正義があった。ログを調べてわかったことだが、ミヅキを捕らえたのは演出だったんだ』

 アクムは驚き、言葉を失う。

なんでも、ユダの話によるとオオサカはかつて犯罪が多発し、日本で最も危険な場所だったらしい。それを安定させたのがハシダだ。彼は恐怖政治を敷き、公開処刑まで行うことで治安を回復させた。しかし、それは彼の演技であり、独り苦しむ姿がログに残っていたという。


「そうだったの……。やり方はどうかと思うけど、結果を出したのは事実なのね」


『ああ、ミヅキも投獄すると見せかけて家族ともに他のセクターへ移転する段取りをしていたんだ。 それを僕がややこしくしてしまった』

 そう語るユダの声は沈んでいた。


 一見間違っているように見える行動でも、全体を見れば正しいこともある。だが、その逆も然り。俺は、現実世界を救った後に何を望むのか?


 しかし、俺の答えはもう決まっている。夢と現実の狭間で考えた。叶いそうにない夢でも、踏み出さなければならない。『誰か』ではなく、『自分自身』で…。


「さて、これから我々の敵は、セクター・トウキョウにいる『イヴ率いるリライト』と、セクター・ナゴヤの『ガーディアン』だな」

 タイチョーが俺の肩を叩く。その遠慮のない痛みさえ、嬉しく思った。


 ユダは、『ああ、そうだ』と呟き言葉を続けた。 『だが相手は手強いだろう。まずはオオサカにあるパンドラを破壊してくれ。リライトについてはできる限り調べておく』


 通信が終了すると、リヴィアが俺の服を引っ張り、「ナイン、ちょっといいか?少し話があるんや。アクムとタイチョーは、先にロビーで待っといてくれるか? 後でナインの快気祝いに一緒に美味いもん食べに行こ」と、八重歯を覗かせた。


 アクムたちが出て行った後、リヴィアは言った。


「これで生き返ったのは二回目やな」

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