第21話 侵入

「アルトさん、愛しています。 これは報酬ではありません…私の願いっ!」

 由乃が両手を広げて抱きついてくる…… 夢を見た。


「一体、こんな時になんて夢をみてんだ俺は……」

 部屋はすっかり明るく、窓枠に反射している太陽光が眩しい。

 部屋に掛けられている時計に目を向けると、既に時刻は8時を指していた。

 起き上がるとPICTからモニターが現れ『おはようございます。今日は12月24日(土曜日)クリスマス・イヴです』と表示される。


「クリスマスか…」

 目覚めた場所が実家とは違う事に少し戸惑いを感じながら、寝癖が酷い頭をボリボリとかき洗面所へと向かう。顔を洗い、寝癖を整えてる最中に昨日の由乃とのやりとりが頭の中に蘇って来る。

 そして、鏡にはニヤついた男の顔が映っていた。


「……って!俺の顔じゃないか!」

 まさか、昨日こんな顔してないだろうな。と不安に思いながら服を着替え大広間に向かう。


 用意されていた服は灰色で無地の身体にフィットするウエットスーツのようなものだった。

 昨日の夜、「明日の朝9時、部屋に用意してあるスーツを着てここに集まってください」と改世が言っていた。


 しかし、大きな屋敷だな、あれ? 大広間ってどこだっけ? 確か、このあたりの筈だったと思うけど……。と、ドアの一つを開けると、そこは厨房のような部屋に繋がっていた。その奥からは、改世と絵里の話し声が微かに聞こえて来る。



「…もしも、拒絶した場合はどうするの…」

「…多少のリスクはあるが、私がこちらから強制的に思考をコントロールする…」

 改世達の会話は、今日の打ち合わせ内容だろうか? ワインレッドの重厚なカーテンを引き分けると、大広間へと繋がっていた。


「おはようございます!遅くなってすいません!」

 元気よく挨拶をすると改世と絵里が目を丸くし、息を呑んだようにこちらを見た。まるで幽霊でも見たかのように、彼らの顔には驚きの色がはっきりと浮かんでいる。

 こんな所から出てきたら、無理もないか。


「すいません、入り口間違ってしまって」


「あ、有斗君おはよう。びっくりしたよ」

 改世が胸に手を置き、挨拶を返してくれた。


「おはよう有斗さん、今日は宜しくね」

 絵里も俺と同じ服を着ており、体のラインが丸分かりになっているため目のやり場に困ってしまう。

 それにしても、美しい人だ。それに……。


「うーん、絵里さんをどこかでお見かけしたような……あっ!PICTで!?モデルさんですよね?」


「ち、違うわよ。まさか、私を口説こうとしてるわけじゃないでしょうね?」と、半歩下がりながら苦笑いする。


「そ、そんなつもりじゃ!俺の勘違いでした!」

 誤解されないように慌てて話題を変える。

「そう云えば、由乃…さんの姿が見えませんが」

 

「ああ。由乃はシャワーを浴びに行ったのだろう。みんな食事も済ませたから、君もしっかり食べときなさい」

 そう言って改世が椅子を引いてくれた。

仕草や言動が実にスマートだ。親父に爪の垢を煎じて呑ませてやりたいと思える程に。


 サラダに何のドレッシングをかけようかと迷っている時だった。部屋に入って来た由乃に目を奪われた。 華奢な身体にピッタリのボディスーツ、そのラインは既に大人の女性を彷彿とさせるものがあった。

「おはよう、アルト。私の顔はここよ」

 由乃が自分の顔を指先し言った。


 大広間の時計が『ボーン』と鳴り響くと「それでは、皆揃ったようなので、本日の作戦について説明します」と、改世が説明を始めた。


「現在、豊田と柳瀬が『オリュンポス』にコーディネーターとして侵入中です。先ずは二人にコンタクトして状況確認をしてください」

 二人は『ガーディアン』のリストにあった、30代男女の構成員で、1週間前から既に侵入しているらしい。


 ── ん? ガーディアンのメンバーで、もう一人男性が居なかったか? 確か、湯田という人物だったような。

 そんな考えを読み取ったのか、「何か考え事?」と、由乃がいたずらに覗き込んで来る。その、近すぎる距離に心臓が飛び出そうになった。


「心配しないで、侵入の際はカプセルのような機材に入るんだけど、体に必要な栄養なども自動に供給してくれるから、1年位は生命維持出来るのよ」

 そう言い微笑む由乃。ああ…可愛い……。これが、恋ってやつか。


 改世が咳払い一つの後、説明を続ける。

「現在、『ユーピテル』の本体が潜伏しているパンドラはセクター•ナゴヤと判明しました。その中央塔手前2キロの地点に転送します。服装はポテンシャルが最大限引き出せるイメージで結構、少し目立つかもしれませんが、戦力を優先してください」

 改世は両手をテーブルに置き説明を続ける。


「中央塔への潜入後は『セレクター』という敵の攻撃が予想されます。ユーピテルの衛兵で物理的な攻撃をしてくるでしょう。有斗君と由乃は前線でこれの撃破、絵里は回復等サポートを行ってください。索敵、案内は豊田と柳瀬が行います」


……敵がいるのか?


「そして、パンドラ到着後は物理的に攻撃はしないでください。現在、ユーピテルの中枢はS•ナゴヤにありますが、攻撃する事で他のセクターに存在するパンドラに中枢AIを移動される恐れがあります」


 ユーピテルを魂とすると、パンドラが身体、魂の移動が可能ということか。


「よって、パンドラ到着後は有斗君と絵里を接続、有斗君はシステム内でユーピテルを破壊してください」


 オリュンポス内で、さらにシステムに侵入するという事か。


「もちろん、生命に危機が迫った時はこちらからサルベージします。しかし、昨日言いましたとおり、ラストチャンスと思って頂きたい!」

 改世の力強い言葉の後、重い空気が部屋に立ち込める。


「やってやりましょう!俺に任せといて下さい!」

 嫌な空気を振り払うように、精一杯の虚勢を張る。その甲斐あってか、皆に笑顔が戻った。

「頼りにしているよ、有斗君」

はい!

「私との約束もあるし……ね?」

えっ!

「約束って何の事かしら?」

うっ!


「では、そろそろ行きましょうか」

 改世は立ち上がると、皆を見渡す。

握り締めた俺の拳は汗ばんでいた。


 地下への階段はその大部屋にあった。

というべきか、隠されていた。

 改世は大時計に歩み寄ると蓋をあけ、振り子を引き下げる。

 すると、大時計が横にスライドし地下への階段が姿を現した。

 階段は薄暗く、何故だが血のような匂いが漂っていた。


「少し匂うでしょ? ここは、外部から電波を遮断するため、壁材に鉛を塗り込んであるのよ」

 由乃が壁に指を滑らせながら説明してくれた。

「なるほどね。鉛の匂い…か」


 階段を下り終えると、少し明るくなり、大きな空間が視界に拓けた。

 壁面にはびっしり機械やモニターが並んでおり、天井や床など至る所に配線が引かれている。

 中央には大木を思わせる太い配線と、6つの大きなカプセルがそれを取り巻く様に吊り下がっており、その内2つは淡い光を放っていた。


「ここからオリュンポスに進入してもらいます。皆さん覚悟はいいですか?」改世は画面を操作し、カプセルの透明な蓋が開く。


「中に入った後は、そのままリラックスして下さい」そう言いながら改世は接続作業を続ける中、 俺は発光する2つのカプセルに目を向ける。

 その中には男女が眠ったように横たわっており、先程の説明にあった豊田さんと柳瀬さんだと理解する。


「有斗君、由乃、絵里。未来を……。よろしくお願いします」

 改世がこちらに向き直ると、深く頭を下げた。


 絵里がカプセルに入り、俺もそれにならうと、隣の由乃が「向こうで会いましょう」と、やや緊張した表情を投げかけてくる。

 情けないことに、それを笑って投げ返すのが

精一杯だった。

 傾斜のある背もたれに体重を預けると、自動で蓋が閉まり、淡い緑色の光に包まれる。


 目を閉じると、次第に意識が遠退いていくの感じた……。

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