空論を巻く

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話


 お小遣いに余裕があるうちなら、値段を気にせず好きなものを食べることができるからと、私は月初めにいつもクレープを食べる。

 もう夏は過ぎ去って、秋の気配がほんのりとしているけれど、まだまだ暑い。だから、今日もアイスが乗っているものをチョイスした。

 いつも通り一緒に来てくれた友人のサツキは、たまごサラダのクレープをかじりながら、アイスを食べる私をじぃっと見る。なるほど、あったかいクレープをチョイスしておきながら、冷たいアイスが恋しくなったんだな、と察して、アイスをスプーンですくってサツキの口元へと運ぶ。

「ありがと」

「どういたしまして」

 こんな時間が愛おしいから、この習慣はやめられない。

 卒業してしまったら、やめたくなくてもやめることになってしまうのだろうから、今のうちにしっかりと味わっておかなくちゃ。そんな思いも一緒に頬張る。笑顔を浮かべると、笑顔が返ってくる。写真に撮る必要なんてないほどに、私は受け取った笑顔を記憶に焼き付ける。

「……あ」

「ん? どうした? サツキ」

「ああ、うん。あそこのテーブルが、なんか気になって」

「んー?」

 サツキが小さく指さしたほうへ、視線をずらす。するとそこには、家族連れがいた。お父さんと、お母さんと、女の子。まるで、自分の過去を見ているようだ。私は家族でクレープを食べに来たことなどないから、過去、というよりも空想の、パラレルな世界であるけれど。

「お父さんだけ、食べさせてもらえなかったのかなぁ」

「え……そんなこと、ある?」

 お母さんと女の子は、美味しそうにクレープをほおばっている。それなのに、お父さんは無料の水をちびりちびりと飲むだけだ。

「罰ゲーム、とか?」

「いや、甘いものが苦手、とかじゃない?」

「サラダクレープもあるのに?」

 がじり、と齧り取られたクレープから、ぽろり、とたまごのかけらが落ちた。

「ねぇ。サツキはさ、家族でクレープを食べたことって、ある?」

「んー。ないかな。アイスとかドーナツとかはあるけど。クレープはない。そういうカンナは?」

「ない」

 家族でクレープをほおばった経験のない私たちは、机上の空論を繰り広げながら、クレープをぱくり、平らげた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る