第11話・大儀見鷲子の電話と枚方の真相
音丸は着信をうまく取れない。両手が左手に、しかもどちらも女性の手という使いにくいったらない、と冗談もいいたいところだった。電話の相手は、大儀見鷲子だった。メディカルルームで治療中のはずだったが、と音丸は訝し気に電話を取った。
「どうしました?」
「音丸、菜緒さんは?」
「ここにはいないんです」
「どうして?」
「瞬間移動の呪現言語を使いまして…」
状況のわからない鷲子にイチから説明するのは疲れる、音丸は心身ともに疲弊していた。
「立木陵介の件だけど」
「ええ、どうしたんですか?」
「立木の遺体が見つかった」
鷲子の声のトーンが低くなった。周りを気にしてのことか、と音丸はイヤホンに切り替えた。この辺りで誰かが盗聴していないとも限らない。
「立木が死んだってことですか?」
「ええ、澤登が吐いた」
「信憑性あるんですか?あの殺人鬼がゲロったって、減刑希望とかじゃないんですか?」
「無理よ、だってアイツは死刑だもの。減刑ありきで話さない。それに、呪現言語で吐かせたから」
鷲子がいつもの淡々とした調子で話し出した。ダメだと言われていた自白を呪現言語でさせるということは、誰かの命令でしかありえない、音丸は鷲子の呼吸のピッチを探った。ウソを言っていれば、わかる。
「それは、千堂寺さんの命令で吐かせたんですね?」
鷲子の呼吸のピッチは、いつも通りだった。
「ええ、千堂寺さんよ」
「じゃぁ、三角ラトイと泉岳イミズを殺害したのは?」
「わからない、そこまで調査はできていない。でもそれを調べるのは、音丸と菜緒さんの任務のはず」
「そう言われても、立木が死んでるって知らなかったんですよ。こっちは!」
音丸の語気が強くなった。菜緒が行方不明になった怒りを鷲子にぶつけていた。
「菜緒さん、どういうわけか別の場所に瞬間移動してるわ。これなんて読むのかな。マイホウ?マイカタ?」
「ヒラカタですよ。大阪ですね。菜緒さん、生きてるんですね?」
「わからない、千堂寺さんが向かったから」
東京からなら、三時間はかかるだろう、音丸の見立てはすぐに崩れた。
「千堂寺さん、瞬間移動したわ」
鷲子は続けた。
「気を付けて、とにかく音丸は本部に帰ってきて。ヒラカタには行っちゃぁダメ」
「大丈夫っすよ。一日に二回も、瞬間移動なんてできませんよ。しかも東京から大阪だなんて」
音丸は千堂寺がヘルプに向かったのならと安心していた。
「鷲子さん、立木が三角と泉岳の身体に触れると起爆する予約呪現言語を、仕組んでいたんですが。立木が既に死んでたとするなら、誰がやったと思いますか?」
「音丸、武威裁定Q課で、呪現言語師じゃない人誰かわかってる?」
鷲子は唐突に音丸に訊いた。
「なんですか、今更。そんなの、明日彌さんと菜緒さんでしょ。僕と千堂寺さん、鷲子さんが呪現言語師でしょ?」
「違うわよ」
「確かに饗庭明日彌は呪現言語の力はないけど。菜緒さんは、呪現言語師よ」
鷲子は続けた。
「菜緒さん、自分に呪現言語をかけるタイプ。身体能力の向上、そこに特化して。菜緒さんのカルテ見つけたの。両足、ボロボロ。常に膝から下が骨折してるのよ。しかも…」
鷲子からの電話が途切れた。音丸は掛けなおすも、つながらない。何度も掛けなおしたが今度は電源が入っていないとメッセージが応答する。音丸は痛めた両足を引きずりながら、車に乗り込んだ。本部まで一時間、鷲子が何者かに襲われた?本部にいるならそれはない。音丸は本部に電話を掛けた、明日彌が出た。鷲子はどこにいる?と訊いた。明日彌の返事は、「ヒラカタ」だった。鷲子も、千堂寺と同様に菜緒の救出のために、枚方に向かったのだ。音丸慎吾はこのあとの事情聴取でこう言っている。
「大儀見鷲子の言葉を信じ切っていました。どうしてだろう。菜緒さんが僕の瞬間移動で一緒に海に逃げなかったのは、取り込まれると思ったから。『ザ・フライ』の映画の。千堂寺が、そうだったみたいに」
音丸はペットボトルの水を流し込む。
「菜緒さんがそのまま、呪現言語で立木の気配を感じた枚方に瞬間移動した、大儀見鷲子の言う菜緒さんが呪現言語師だということを信じてしまった。立木が蜘蛛の巣・テロの首謀者だけど、アイツは小者だったって、わからなかった…」
音丸は実谷から菜緒が本当に追っていた人物を聞かされたとき、肩を深く落とした。自分だけだった、知らなかったのだ。音丸の唇から血がにじむ。菜緒が瞬間移動したのは、三角ラトイの口から吐き出された呪現言語。「菜緒は僕と同じ場所へ」だった。立木の予約呪現言語、立木は本当に死んでいたのか?死んでいたとするならば、いつ?音丸の問いを訊いたわけでもないが、実谷は静かに枚方での顛末を語りだした。
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