第4話・千堂寺譲一は見逃さない
「ここにいたのは、全員
「ひとりか、ふたりか、全員か、わからん」
「で、その呪現言語師ってのは?」
「あ、コトダマってわかるか?言霊」
「ええ、言葉にすれば、叶うみたいな」
「まぁ、ちょっと違う。言葉には霊力が備わってる。で、これが言霊。それを具現化するのが
「呪うんですか?」
「基本的に、言霊にはグッドもバッドもどっちも分け隔てないんだけどな、呪い、つまりネガティブな、マイナスな言葉の方が、現、あらわれやすいのよ」
千堂寺はタバコに火を付けた。マッチがしけってる。スナック美鈴と印字されている。マッチを擦ったときの、硫黄のニオイが現場の生臭さを消してくれるようだった。
「で、三人死んだんですけど、これ、どう考えるべきですか?」
閑静な住宅街、中古のマンション五階建て。三〇二号室、リビングに二体、キッチンに一体。外傷ナシ。顔がひどい。苦しんだ顔だ。
音丸は千堂寺の余裕っぷりにをへし折りたくなった。いつも千堂寺には駒使いにされている。
「これさぁ、呪現だよ。で、だれが呪現言語師かってことなんだよな」
「え、全員死んでるんですよ。呪現言語師ってのも、死んじゃってたら意味ないじゃないですか」
音丸は死んだ三人の資料を見ながら、現場を乱さないように注意を払った。先日も鑑識にこっぴどく叱られたばかりだからだ。「だから、これさぁ、呪現言語師が二人呪い殺したってことだろ。二人も同時にやっちゃぁ、自分にも跳ね返るわな」
千堂寺は短くなったタバコを左手に持った。新しいタバコを咥え、消えそうなタバコをくっつけて、チュチュっと吸った。火のリレーのように、新しいタバコに火がつく。
「これさぁ、なんで全員左手に、タトゥーはいっての」
「これは、蜘蛛の巣のタトゥーですね。先日逮捕した澤登高一郎にも同じタトゥーが入っていました」
音丸は捜査資料を開いた。特火と書かれていた。
特秘よりも、秘匿性の高い資料は必ず「火」を使う。それ以上の場合は「炎」だ。
「誰が、呪現言語師って、そんなに大事なことなんですかね?」
「もちろん。だって、呪現言語師って、生き返るんだぜ」
「な、なにを」
千堂寺の話を聞いていると、オカルトが現実になりそうで困惑する。だが、いつもオカルトめいた現場には、菜緒ではなく千堂寺があてがわれる。適材適所というやつだろうか、と音丸は考えた。
「とりあえず、司法解剖にまわしましょう」
「そのまえに、呪現言語師の見破り方ってのがあってさ。解剖する前に試した方がいいんじゃないか。そうしないと解剖医がむざむざと殺されちまうぜ。呪現で」
「どういうことですか?」
音丸は汗をぬぐった。千堂寺の話の趣旨がいつもわからない。ペアになって半年、翻弄されてばかりだ。この前も家に帰ったら、冷蔵庫の中に憑依してきた霊が入り込んで、千堂寺を呼んだ。後輩ってことで、サービスしてもらい除霊に五万も取られた。
「呪現したあとってのは、ダメージが残る。その程度は呪った相手の数、呪いの質による。で、こいつは二人を短時間で呪い殺している。普通なら死んでるが、自分が死ぬとわかっていて、そんな呪現はしねぇ。ギリギリ仮死状態で逃げ切られるって、わかっての決死策ってやつだ」
「ってことは?」
「これはね、潜入捜査だな。わざわざ、タトゥーまで入れちゃって」
千堂寺は三本目のタバコを吸っていた。
「ってことは、呪現言語師が味方、潜入捜査官ってことですか?」
「それはわからん。呪現言語師を捕獲するために潜入してたかもしれんし、呪現言語師を隠して潜入してたかもしれん。そんな特殊能力は本部にも公開しないからな」
「でな、呪現言語師ってのは、下着の中のほら、ケツの穴に超小型の収音マイクを入れてるって話だ」「それを?」
「そう、それをほじりだせばいい」
「うそでしょ、そんなのあり得ない」千堂寺は一瞬を見逃さなかった。腰が動く遺体、呪現言語師が見つかった。
「ほら、ビンゴ、コイツだ」
千堂寺は小柄でショートヘアー、一見すると男にも見えかねない、少年顔の女性を引きずりあげ人形のように、壁にもたれ掛けさせながら無理やり座らせた。と、同時に火のついたタバコを投げた。
「動くぞ、見てみ」
火の粉がチリチリと舞う。皮膚に火の粉が落ちる。
「落ちろ」
女が呪現を放つ。タバコも火の粉も、天井の蛍光灯も、テレビもカーテンもなにもかも床に落ちた。
「お目覚めだな、呪現言語師」
「あなたは?」
「千堂寺穣一、武威裁定Q課だ」
「僕は、音丸慎吾です」
「私は、
鷲子は喉に詰まった、血痰を吐き出した。フローリングに吐き出された血痰はうねうねと動いているようにも見える。ゲームのスライムのようだ。
「潜入捜査だったのか?」
「そう、呪現言語師ひとりと、もう一人はただのサイコパス」
鷲子はずるっと、もたれかけた壁からずりおち、そのまま横に倒れた。
「あぁ、こりゃぁいかんな。救急間に合わんな」
千堂寺はそう言うと、発声練習を始めた。
「あぁ、んんっ、えーーーーつ」
「どうしたんですか?」
「音丸、この死んでる二人の耳に綿かティッシュ詰めとけ」
「あ、はい」
音丸は千堂寺のいつにない真剣な表情に怖さを感じた。音丸が死んだ二人の耳にティッシュを詰める。音丸はまだ生きているみたいで気持ち悪い、と感じた。さっきまで生きていたはずなのに、死体になると気持ち悪い。音丸は、この仕事には向いていないと言われる理由がよくわかった。
「お前も耳を閉じろ」
「は、はい」
千堂寺は呪現を行った。
「生きろ、目覚めろ、生きろ」
ブルブルっと鷲子が揺れる。呪現が効いている。千堂寺は喉をならす。
「ぐうううっぁあああ、おおおおお」
わずかに耳から血が出ている。千堂寺の耳たぶを伝わり、えらの張った顎までたどり着く。ぴちゃっと床に血の雫が落ちた。
「生きろ、目覚めろ、生きろ」
鷲子がすくっと、立ち上がる。呪現が効いた。千堂寺もまた、呪現言語師だった。
「急に、これやると、ほら、痛い。頭」
鷲子は再び血痰をペッと勢いよく吐き出した。今度の血痰は動いて見えない。
音丸が指さして叫ぶ。
「あ、ほら、あの女たち、立ち上がってますよ」
死んだはずの二人の女、呪現言語師とサイコパスがぬるっと立ち上がり、窓に向かってダイブした。「あぁ、やっぱティッシュじゃだめか」
千堂寺の両耳から血がだらだらと出ている。
「鼓膜つぶしてなかったの?」
鷲子はパンツについた汚れを払いながら、立ち上がったが、すぐによろけ、音丸に支えられた。
「まぁ、最悪生き返れば、生け捕りにできっかなと思ってたが、重い呪現二発かましたから、逃げられちまったな」
千堂寺は、膝をつき座り込んだ。
「それよりも、お前はタトゥーまで入れて潜入してたのか?」
「ええ、この蜘蛛の巣のタトゥ―、巣の大きさで地位が決まっているみたい。あいつらの組織の実態がまだわかんなかったけど」
鷲子は音丸の支えを手で払い、千堂寺に近づいた。
大儀見鷲子の話によると、二年越しの潜入捜査だった。神保町の爆破テロはこの蜘蛛の巣のタトゥ―組織が関わっていることはわかっている。鷲子がタトゥーを左手に入れてもらい、組織のリーダー格になったものの部下が呪現言語師とサイコパスの女の二人。サイコパスの女が夜な夜な、子どもをさらい、澤登に納めていたそうだ。菜緒が捕獲した澤登を詰めれば、この逃げた呪現言語師とサイコパスの二人の手がかりがわかるかもしれない、と、千堂寺は考えた。
「でさぁ、どうして全員死んでたわけよ?」
屈託のない表情で千堂寺は鷲子に訊いた。
「呪現言語師の女、三角ラトイ。サイコパスの女が、泉岳イミズ。通名です。この二人が次のテロを九段下で計画していて。それが、エサでした。ネズミをあぶりだすための」
「それって、潜入がばれてたってことですよね?」
音丸が鷲子に問う。
「いいえ、ばれてないわ。でも、澤登高一郎が捕獲されたときに、彼女たちは警戒心が強くなったのは事実。二年とはいえ、異例の速さで出世した私を怪しむのも無理はない」
鷲子はすっかり、回復したようだった。
「まぁ、全員生きてるからよかった。本部に帰ろうか。澤登に訊けばわかるから」
「そんな簡単にいきますかね?」
音丸が割れた窓ガラスを足で部屋の角に集める。真新しい革靴が傷だらけだ。
「なんとかなるわよ。ここに呪現言語師、二人もいるのよ」
鷲子が座り込んだ千堂寺に手を差し出した。千堂寺は鷲子の手を掴み、鷲子は千堂寺をぐいっと引っ張り上げた。
「だめだよ。取り調べで呪現使っても、裁判で証拠になんないから」
千堂寺たちは菜緒と明日彌の待つ本部に戻ることにした。
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