十月の蝶(ちょう)・前編

「はい、今日きょう勉強べんきょうはおしまい。おつかれさま」


「あーあ、学校の勉強べんきょうって退屈たいくつー。つまんなーい」


 当時とうじ、私は小学校の低学年ていがくねんで。そして彼女は、私より年上としうえ家庭かてい教師きょうしだった。とってもねんれい六才ろくさいしかわらなかったから、彼女も中学生にぎない。彼女は近所きんじょんでいて、両親りょうしん仕事しごとおそくまでかえってこない私の家までては、勉強をてくれたのだ。


「まあまあ、勉強は将来しょうらいやくつから。かってるでしょう?」


からないもん。パパもママも、あたしに期待きたいしてないんだよ。『男の子に、うちの家業かぎょういでしかった』ってよる二人ふたりはなしてたのをいちゃったからってるんだ」


 私は一人娘ひとりむすめで、そして当時とうじは、家の仕事を男子がぐことが当然視とうぜんしされていた。そういうだいだったのか、あるいは私の家が時代じだいおくれのかんがえをしていたのか。どちらにしろ、私は両親りょうしんって期待きたいはずれの存在そんざいだったのだ。


「そう、どくね。じゃあ、こっちをいて」


 彼女はけっして、私をどもあつかいしなかった。だから、こういうときに私の言葉ことば否定ひていしなかったし、私の両親を擁護ようごすることもない。勉強べんきょうづくえまえすわっていた私は、椅子いす回転かいてんさせてかのじょほうく。彼女は私のそばて、ひざまずくような体勢たいせいから、私にあつくてふかいキスをしてくれた。


課外かがい授業じゅぎょうきましょうか。ベッドにがって、ふくいで」


「はぁい、先生せんせい


 私の部屋へやには勉強べんきょうづくえがあって、そして私たちがたのしめるおおきさのベッドがある。キスでこころあたたかくなった私は、もっとあつくなっている彼女の指示しじ笑顔えがおしたがう。まだそとあかるくて、両親がよるまでかえってこないことをこころから私は感謝かんしゃしていた。




「ねぇ。『変態へんたい』って言葉ことばってるかしら?」


ってるよ。おねえさんのことでしょ?」


 こたえた私に、「そうね、私のことね」とベッドでおねえさんはたのしそうにわらう。その笑顔えがおて、私もしあわせな気持きもちになった。時期じき十月じゅうがつで、気温きおん肌寒はだざむくなってきてたけど、彼女とはだかはだわせるとすこしもさむくない。彼女の身体からだは私よりおおきくて、ることで安心感あんしんかんられた。


「私が変態へんたいなのは否定ひていしないけど。でもいたかったのは、そういうことじゃないの。昆虫こんちゅうって、幼虫ようちゅう成虫せいちゅう姿すがたおおきくわる種類しゅるいがいるのよ。かりやすいれいは、ちょうね。ちょう幼虫ようちゅうはサナギになって、それからそら成虫せいちゅうになるのよ。そういう成長せいちょう様式ようしき完全かんぜん変態へんたいってうんだけど」


完全かんぜん変態へんたい? つよそうでエッチな言葉ことばだねー。おねえさんは変態へんたいちょうきなの?」


「ええ、きよ。貴女あなたうとおり、私も変態へんたいだからかな」


 ひとしきり、おねえさんがわらって。それから言葉ことばつづけた。


「それでね。いたかったのは、貴女あなた綺麗きれいちょうだってことなのよ。人間にんげん姿すがたは、ちょうほどげきてきにはわらないけど。でも内側うちがわっていうかこころ成長せいちょうする速度そくどは、ひとってわるわ。そして、内側うちがわ成長せいちょうは、そとからえにくいの。だから貴女あなたの両親も、貴女あなた成長せいちょうにはづかないかもしれない。でもね」


 そこまでうと、彼女は私をやさしくめてくれて。そしてつづけた。


かりに、ご両親りょうしんからみとめられなくても、貴女あなたには価値かちがあるわ。家業かぎょうなんかがなくても、けんから評価ひょうかされなくても関係かんけいない。まわりからは青虫あおむしやサナギとしかおもわれてなくても、もうあな立派りっぱちょうなのよ。ただかたが、まだ未熟みじゅくっていうだけ。私がかたおしえてあげるわ」


 彼女が私のあたまでてくれる。自分じぶん宝物たからもののようにあつかわれて、ふか部分ぶぶんまでたされるかんかくを私はたのしんだ。

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