第3話




5

 男の俺から見ても、和志は優しそうな青年だった。しかし見た目とは裏腹に、割と根性があるのかもしれないと俺は思った。


 自分の恋人がある日突然、男の人格に代わっていたら混乱して、気持ち悪く思ってもおかしくはない。俺なら、引っ張ってでも病院に連れて行くか、別れるかのどちらかだ。


 和志は、人格が交代したことについて自分でも調べてみるから、他に気になる点をいろいろ聞きたいと言った。とりあえず腹ごしらえに行こう、と車を出発させた。



 和志に年齢は身体と同じか聞かれた。俺は、同じと思うと答え、食べ物の好みは美久とは違い、辛い物が食べられると伝えた。この日の服装は、白いシャツに黒のズボンで、彼女の装いとは違う。彼女は、ワンピースなどを好んで着るが、俺はそういうわけにはいかない。和志は、そう言われれば今日の洋服は美久らしくないと思っていた、と口にした。そして、何が食べたいか、と聞かれたので、いつも二人が行っていた焼き鳥屋に行ってみたいと伝えた。



 その焼き鳥屋は二階建ての店舗で、中は狭いが安くてとても美味しいと美久が何回も言っているのを、俺は頭の中で耳にしていた。駐車場に車を停めると、和志は鞄を持ってくれようとしたが断った。いつも、美久にそうしていたのだろう。そして、ゆっくりと歩調を俺に合わせてくれた。女の身体では、動きづらいが仕方がない。




 派手に明るい光の街中を皺だらけのシャツを着て歩いている男と繁華街の路地ですれ違い、男は黒服の立つ奥まった店に入っていった。


 俺は密かに男を見届けて、和志の横を歩いていた。食堂や居酒屋の並びを過ぎるとどこからか焼き鳥を焼く煙が流れてきて、和志がもうすぐ着くよ、と道を指差した。


 焼き鳥屋は、下町のスナックのような煉瓦模様の外観で、どこか古びていて懐かしさを誘う。


 薄暗い店内に入ると和志は店長に挨拶をして、一番隅のカウンター席に座った。


 その隣に俺も腰を下ろすと、店長と焼き場の店員が俺に笑いかけた。俺は軽く会釈して、テーブルの木目にそれとなく視線を向けた。音楽に耳をすませると、軽やかなジャズが焼き場に漂う煙を吸い込んでいた。


 和志が酒は飲めるのかとたずねてきたので、飲めると伝えると、ビールをひとつとウーロン茶を注文した。


「なにが食べたい?」


細い縦長の注文用紙を見つめる和志に、

「ねぎまとぼんじり」

と俺は返答した。


 用紙に記入し終えると、和志が自分のことを話し出した。美久より五歳年上の二十九歳であることや、仕事は商社に勤めていて海外出張が年に数回あること。趣味はテニスで、美久ともテニスをするためによく郊外に出かけていたことなどを、久しぶりに会った同級生に近況報告する口ぶりで、俺に伝えた。


 俺は少しバツが悪くなって、焼き場の店員の動きを見つめながら、

「全部、知ってる」

と言った。


 その時、飲み物が運ばれてきて、会話が遮られた。


 和志は乾杯と言った。


 俺もビールのジョッキを和志に向けて持ち上げた。


「見ない方がいい場面は見てない。知らないこともあるかもしれないけど、美久の日常は、ほとんど知っている。和志のことも、だいたいわかっている」


「なんだか照れくさいな」


 気持ち悪いと思わないのか、和志は本当に照れくさそうに頭を掻いた。


 注文した料理が次々と運ばれてきて、俺は串を手に取りながら、美久の頭の内界で感じていた感覚や感情について、少しずつ話していった。


 和志は真剣に俺の話を聞いてくれた。酒も手伝って、俺は饒舌だった。店を出る頃には、俺と和志はすっかり仲良くなっていた。








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