第53話 療養所に来た
私とナラタさんは荷物をまとめ馬車を手配し村を出た。
村に薬師がいなくなってしまっていいのだろうかとナラタさんに聞くと「アタシも歳だし遅かれ早かれだよ。新しい薬師は村長が手配するさ」と言った。
「じゃあ治っても、村には帰らないんですか?」
「どうしようかね。まぁ治療の間にゆっくり考えるよ」
というような話からなんてことない話まで、することのない馬車の中で会話は唯一の娯楽だった。
そして1カ月ほどかけて療養所のある街までやってきた。
木造らしき3階建ての療養所は街の外れにあって広い庭があり、周りは木々に覆われていた。
大森林から来たのにまた森に戻ったような錯覚があった。
中に入るとすぐに受付があった。
「カニス村のナラタさんですか?」
受付の女性が対応してくれた。
「あぁそうだよ」
「長旅でお疲れでしょう。病室は準備してありますので、ご案内しますね」
「ありがとう。それと隣のこの子が例の魔法研究をしてる子でね」
「ナオといいます。よろしくお願いします」
「あなたが……。ちょっと待って。所長にあなたが来たことを伝えてくるから」
対応してくれた女性がパタパタと走っていき、代わりに受付から別の女性が出てきた。
「それじゃあご案内しますね」
女性はまず1階にある食堂、同じ患者同士や面会に来た人と会話ができるリラクゼーションルーム、大浴場があった。
「2階が病室ですね。4人部屋が20室あります。この階にもシャワー室が2つあります」
「シャワーが、あるんですか? 魔法石でお湯が出る、ものですか?」
「えぇ。この療養所は最新設備を備えていますので。ご自身での入浴が難しくなっても、入浴介助用のシャワーもあるのでご安心くださいね」
そうか。ここではこれからどんどん体が動かなくなることを想定しなきゃいけないのか、と気持ちが沈む。
「南側は女性の病室、北側は男性と別れていて、扉があるので患者さんが行き来することはできないようになっています」
2階のナースステーションといくつかの病室を通り過ぎた。
「それから3階は感染の可能性のある患者さんが入所するフロアとなっておりますので立ち入らないようお願いします」
ちょうど説明が終わったところで立ち止まった。
「こちらがナラタさんのお部屋になります」
女性は部屋をノックして中に入った。
「失礼します。本日からこちらの病室に入られるナラタさんです」
同部屋になる3人の視線が向けられた。
窓際右の女性は人に近い姿で多分犬の獣人。年齢はナラタさんと近そうだ。左の人は種族の姿に近い完全型の猫の獣人。通路側左の人は頭部が鹿で体が人間らしかった。
「みなさん、よろしく頼むよ」
とナラタさんがぶっきらぼうに挨拶すると「こちらこそ~」「仲良くしてね」と返事があって、なぜか私の方が安心してしまった。
ナラタさんが病床脇の棚に荷物を片付けていると部屋の扉がノックされ、少し間をおいて男性が入ってきた。
誰かを探すように部屋の中を見て、私と目が合うと探るような視線を向けてきた。
「あなたが魔法開発をするという人か?」
「そうです。ナオといいます。あなたは……?」
「ここの所長だ。手紙にも書いたが、あなたがすることに診療所は関与しない。ただ、あなたが勝手に患者さんと交渉し治験をすることも止めはしない」
「十分です。ありがとうございます」
「……本当にがんを治す魔法ができるのか?」
所長は疑わしそうな、信じられないと言うように、でも縋るようにも聞こえた。
「私は、可能性はあると、信じています」
「そうか」
それだけ言って彼は踵を返した。
(信じていると言ったけど、信じたいと言うほうが正しいかも)
考えた魔法理論には確かな根拠がない。
薬で免疫力を上げてそれを魔法でサポートしたらがんが排除できるのでは、という想像の域を出ないシロモノ。
ただ、魔法理論の構築は今回に限らず大抵は仮定になる。そもそも魔法がどういうものなのかが解明されていないからだ。だから実験を重ねるしかない。
それでもここに来るまでに調べられることは全て調べた。
ノッカク、オシアツ、ソレリナ、エヴァリスに関する論文を読み漁り、その成分や作用は出来うる限り調べ尽くした。
ハリス先生のほうでも一応調べてくれて魔法理論に破綻はないと一応のお墨付きをくれた。
それを支えに信じて突き進むしかない。
「あなた、今……がんを治すって言った……?」
声を発したのはナラタさんのベッドの対面に上半身を起こして寝ていた女性だった。
「あなたもがんを……?」
「えぇ……」
「私は、その研究を、ここでしようと、思っているんです。まだ治る保証はありません。病状が悪化する可能性も、あります。でも、どうかご協力いただけませんか?」
私は深く深く頭を下げた。
「……どうすればいいの?」
「私が調合する、薬草を飲んで、治療魔法を受けてもらいたいんです」
「ウチは嫌だよ! 治る保証はない、悪化するかもってただの人体実験じゃないか! あんた人間だろ。だからウチらの命なんか何とも思っちゃいないんだ!!」
隣のベッドの女性は怒鳴って、ベッドのカーテンを引いて見えなくなってしまった。
「そんなつもりは、ありません。どうしても、治したいんです」
私はカーテンの向こうに向けて話した。
「わたくしは良くてよ」
ふふふと軽快に笑いそう言ったのは猫の獣人の女性だった。
「わたくしはもう治療の方法がないの。入院が長引いたらお金の不安もあるし早く死にたいわ。だから私の体を使ってくださる?」
彼女は微笑みながら言った言葉は残酷だった。
「私は、死なせたくない、です!」
「ふふふっ、頑張って」
「……あたしも参加させてもらえる?」
鹿の獣人の女性がおずおずと手を挙げた。
「あの、無理に参加されなくても、魔法が実用化できたら、ちゃんと治療します」
「ううん、私もがんでもうどうにもならないから。あっ、でも痛いのは嫌」
「痛みは、多分ないと思います」
骨折などの直接的な負傷ではないからそのはずだ。
「じゃあ大丈夫」
「ありがとうございます! えっと、私はナオです」
「わたくしはミュンといいます」
「あたしはリエン。よろしく」
「精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」
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