第45話 遊び・雨漏り
3学期も終わりにさしかかり、授業も教えるべき範囲は全て終わった教科も出てきた。
本来の担任の先生なら次の学年でやる内容の予習でもやるところなんだろうけど、あいにく臨時教師の私は次の学年で何を習うのかが分からない。
それじゃあもう遊びの時間にするしかないじゃない、ってことで今日の3、4時間目は遊ぶことにした。
しかし普通に遊ぶのでは学びがない。
そこで子供達には日本の遊びを知ってもらおうと考えた。
「ハンカチ落とし、という遊びをしましょう」
日本の学校でもやる『昭和の遊びを知ろう』みたいな授業である。
私の宣言に全員がキョトンとしている。
そりゃそうよね。聞いたこともないし、タイトルから内容も想像できないよね。
ってことで、机を椅子を教室の後ろに寄せて、輪になって床に座ってもらった。
(ん~、土足だから直に座るのはちょっと気になる。子供達は気にしてないけど)
子供はどこにだって座る。私だって小学生の時はそうだった。
「ルールは、まず座ってる人は手を後ろに置きます。1人がオニになって、輪の外を歩きます。その間に誰かの後ろに、ハンカチを落とします。ハンカチをもらったら、オニが1周回る前にタッチしないと負け。次のオニです。タッチできたら勝ちです」
分かりましたか? と聞くと「はーい!」と元気な声が返ってきた。
よかった。伝わったらしい。
「では、やってみましょう」
「岩! 槍! 布! 出せ!」
この国でのじゃんけんの掛け声である。
これで最初のオニはエイドくんに決まった。
「ボクかぁー。じゃあやってみるね」
エイドくんはゆっくり歩き出した。
私は皆が上手くできるように輪には入らずサポートに回る。
そしてイサナさんの後ろでサッと落とした。
「あっ、待って!」
すぐ立ち上がって追いかけるが、少しの差で追いつけない。
おっとりしたエイドくんだが素早かった。
次はイサナさんがオニになって後ろを歩く。そしてジェスくんのところにひらりとハンカチを落とした。
「あっ! 待て!」
ジェスくんは立ち上がりすぐ全力疾走しようとしたが、勢いが良すぎて足を滑らせズシャーっと教室の端へスライディングしていく。
「あはははは! すごい!」
「あははっ、大丈夫? っふふふ!」
そのあまりの滑りっぷりに子供達は大爆笑だ。
私も心配しつつ笑ってしまった。
その後も脚力が人間よりあるためスライディングする子が度々出ながら、楽しく安全にハンカチ落としは行われた。
(今度はかごめかごめとかやってみる? 花いちもんめ……は人数が少ないし、そもそも誰が欲しいとか欲しくないってのが嫌よね。あとは……あやとりとかいいんじゃない?)
まだしばらくは『日本の遊び』の授業が出来そうだ。
◇
3月の中頃。長かった冬が終わり、雪が溶け地面が顔を出し始めた。
そしていよいよ私の臨時教師生活も今週で終わり。
そんな春の予感をさせる日々で、この日は季節を戻すような冷たい雨が降っていた。
「つめた!」
冬の間に屋根に積もった雪の影響か、今日の雨風の影響か。
教室の中でも所々で雨が降っている。
雨漏りだ。
それがスナフくんの頭上に命中した。
スナフくんはとりあえず机を少し移動させて雨を避けたが、このまま放ってはおけない。
「あぁ、どうしよう……。修理の業者さんっているの……?」
私が天井を見上げ呟くと、
「グエンさんを呼びに行ったらいいよ。いつもそうしてるんだ」
エイドくんが教えてくれた。
「グエンさん?」
「便利屋さんだよ」
いまいちエイドくんの話では要領を得ない。そこにウェルナさんが補足してくれた。
「グエンさんは狼族の村の人だけど、知らない?」
「ちょっと、分からないわ」
「じゃあ学校が終わったら家に連れてってあげるよ」
同じ狼族のリーヴくんが買って出てくれた。
そうして今日の下校はリーヴくんと、同じく狼族のカーグさんと一緒に帰ることになった。
雨の中3人で下校する。
傘をさす習慣はなく、雨の日はフードのあるマントのような形のレインコートを着る。
私が今着ているものはナラタさんに借りたものだ。自分のものはまだ持っていない。
「学校は楽しい?」
「楽しいよ!」
「楽しい」
2人とも屈託のない返事をくれた。
「困ってることとか、ない?」
この質問には2人ともうーんと考えて、
「ないー!」
と声を合わせて言った。
それは重畳である。
「先生は言葉上手になったね」
リーヴくんが褒めてくれた。
「先生、ちょっと頑張りました」
「そうなんだ」
「先生、来週で先生おしまい?」
カーグさんの声色はちょっと寂しそうだった。
「そうね。春からは、ちゃんとした臨時の先生が来てくれるみたいよ」
「ふーん。私は次の担任も先生でいいのに」
そう思ってもらえることも、短い期間だったけどそこまで思ってもらえるような信頼関係を築けたことも嬉しい。
機会が与えられるのならこのままもう少し先生業をしていたい気もするが、こんな授業でいいのだろうかという不安は今も常にある。
やっぱり子供達もちゃんとした先生に教わった方がいいだろう。私のような無資格者は臨時くらいがちょうどいい。
それに時間ができたらやりたいこともある。
「同じ村に住んでるんだし、いつでも会えるよ」
「薬屋のおばあちゃんの家に住んでるんだよね? 薬もらうのじゃななくても行ってもいい?」
リーヴくんが可愛く首を傾げた。
「いいよ」
「怒られない?」
ナラタさんは子供達に怖がられているんだろうか……?
「大丈夫よ」
「わかった! 遊びに行く」
「私も」
臨時教師引退後の楽しみができた。
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