第28話 兎族の村

 平原や小さな森を通りすぎ、夜にはレポリ村という兎の獣人の住む村に到着した。今夜はここに泊まるという。

 すっかり暗くなった世界を照らすのは小さな村の民家からもれる明かりだけ。家は土壁のような素材でできているように見えた。


 「宿はどこに?」

 「ないで。っていうか今から行くどの村も旅行者なんか来んから宿はないで?」

 「じゃあ野宿!?」

 「んなわけあるかっ! 村長んとこ挨拶行ったら泊めてくれるわ」

 「タダで? そんなムシのいい話が……」

 「そもそもオレが御用聞きで要るもんを聞いて持って来てるんやから一晩くらい泊めてくれたってバチは当たらんやろ」


 なるほど。この辺りはきっと買い物に不便する土地で、だからマルティンさんは売りたい商品を持ってきているんじゃなくて、村人らに頼まれたものを運んできているんだ。だから行商じゃなくて御用聞きと彼も自称している。もちろん手数料は上乗せしているんだろうけど、大変なわりに儲けは少ないんじゃないだろうか。


 「でもそれじゃあ私は泊めてもらう理由がないですよね」

 「なに言うてんねん。治療魔法師やろ? 誰か一人でも二人でも治療したったら喜んで何泊でもさしてくれるわ。ジジババなんか足なり腰なりどっか悪ぅしてるやろ」

 「それでいいなら、いくらでも。でも村長さん個人にはメリットがあまりないような」

 「この国で治療魔法師は貴重や。しかもこんな辺鄙なとこやと尚更。やし、そんな人材をもてなして治療を受けられるように采配したって思われるだけで株が上がるわけよ」


 なるほど、村人にはそう受け取られるのか。

 とにかく、逃げるために始めた旅だったけど治療の腕を活かせて助けになれるのなら来てよかったと素直に思う。




 「◆※◉〻! ◉◇◉⌘※!」


 マルティンさんは馬車を家の前に停めた。他の家より少し大きい。ここが村長さんの家だろうか?

 声を聞きつけて、家の中から人が出て来た。

 その女性は顔は人間に近く__60歳くらいだろうか。体は動物に近い兎の獣人だった。

 二人は少し話し、すぐに私たちは家の中に招き入れられた。

 家の中は広く、リビングダイニングと思われる場所では家族8人が夕食の最中だった。


 「メシも食べさしてくれるって」


 マルティンは私にそう言って、用意された椅子に座った。戸惑いながら私もそれに続く。

 食卓に並んでいたのはサラダ、ほうれん草だろうか緑色のスープ、ラザニア、キノコのステーキだった。


 「あれ? 主食がないような……。パンって食べないんですか?」

 「兎の獣人は草食やからパンとか肉とかは基本食べへんで。けど近年は食べる人もちょいちょいおるな。言うても半分はウサギやから肉類を消化する能力が低いからいっぱいは食べれへんけど」


 食事内容にも種族の影響が出るとは驚きだ。もしかして他にも人間と違う部分があったりするのだろうか? と深く考える間もなく、マルティンさんが食べ始めたので私も食べることにする。なにせ昼は携帯食料を少し食べただけだ。とっくの昔に私は空腹の向こう側に行ってしまっている。

 周囲で交わされる会話は全く分からないので無心で食べることに集中した。どれも素朴な味で美味しい。


 「アンタ、一日で何人くらい診られるんや?」

 「えっあぁ。この村の人全員でも大丈夫ですよ」

 「は!? いやいやここの村人60人はおるで。そんなん無理やろ」

 「全員治療が必要でも重傷でなければ魔力はもちますので」


 あの列車事故でも最後は倒れたが治療はやり切れた。あの怒涛の治療で治療魔法が上手くなったのだろう。もっとも、今まで倒れるほど治療したことはなく、自分の魔力の限界を知る機会もなかったが。

 あれが私の限界だと考えると大抵のことで魔力が枯渇することはないだろう。


 「いやホンマに言うてる? そんな芸当できる治療魔法師なんか国中探したって他には見つからんと思うで!? いや、オレが思ってる常識が間違ってるんか……? ほんまナニモンなん?」

 「私の先生がスパルタだったので。あとはちょっと事故現場で救助の経験もあるのでヒトよりは多く治療できるようになりました」


 元々魔力が異常に多いのは死神とやらのせいもあるのだろうか。しかしそんな可能性のことはもちろん言わない。


 「いやいやいや! なんかもう一周まわってうさんくさ……」

 「胡散臭くなんてないですよ! ちゃんと治療しますから。通訳はお願いしますね」

 「りょーかい」




 次の日、朝から私とマルティンさんは村の家々をまわり、マルティンさんは運んできた品物を渡し次回の注文を取り、それから治療が必要な患者がいないかも私の代わりに聞いてくれた。


 「ここん家のおばあちゃん、腰が痛いって」

 「分かりました。診てみましょう」


 私たちは家の中に入れてもらい、患者さんの寝室で診察を始めた。


 「◉∮※◆⌘$*」

 「けっこう前から痛くてあんま動いたりできひんって」

 「おばあちゃんが言った言葉、ゆっくり教えてもらっていいですか?」

 「お? おう。ツウヨチウエマブイダ。腰が痛いがツウヨ。私がチウ。けっこう前がエマブイダや」

 「じゃあ『今から治療します』は?」

 「アテチウイアムだな。アテが治療で今からがイアム」


 ウィルド・ダム語の文法は最初に動詞か目的語が来るらしい。それがわかっただけでも大きな収穫だ。あとはとにかく単語を覚える。文法ができなくても単語が聞けて言えればコミュニケーションはなんとかなるものだ。


 「行使:検査スキャン。……っ!?」


 医者が患者を見ている時、患者さんを不安にさせないようたとえ驚くようなことがあっても表に出してはいけない。

 今も表情には出さなかったと思う。だけど内心はめちゃくちゃ動揺していた。


 (骨が折れてる……!)


 それは痛いはずだ。でもどうしてだろう。どこかから落ちて腰をうったとか?


 「骨が折れています。マルティンさん、心当たりがあるか聞いてみてもらえますか?」

 「分かった。*◆※⌘⌘*〻⁂」

 「⁂◆〻◉〻◉」

 「心当たりはないらしいで」


 それなら骨密度が低下したことが原因のいわゆる『いつの間にか骨折』だろうか。

 そういえば、昔友達がウサギを飼っていて、骨折してしまったという話を聞いたことがあった。たしか立って抱っこしていた時に飛び降りたのが原因で。友達は『ウサギは骨が弱いから気をつけなくちゃいけなかったのに』と言っていた__


 「兎の獣人って骨折しやすかったりします?」

 「んぉ? そうなんか? オレは聞いたことないなぁ。◉‡〻∮◆◉⁑」

 「◇⁂◆◇⁂◉⌘」

 「多いかは分からんけど、怪我でもないのにちょくちょく骨折するやつはおるって言うてるわ」


 やっぱり種族の影響はありそうだ。今後の診察や治療でも気をつけておくことにする。


 「腰の骨が折れていたので治療しますね」


 私は逆行治療レトラピーを使い、女性はスタスタと歩けるようになった。

 この女性の治療を終えるとまた次の家へと家々を回って、マルティンさんに言葉を教えてもらいながら治療をした。村人の中には『風邪気味で』とか『頭痛持ちでなんとかならないか』という相談もあり、前者には風邪の時の基本的な対処法を伝えた、後者の人には検査(スキャン)でもこれといって悪いところは見られなかったので、原因になりそうなこと(飲酒などの生活習慣や気圧__と言っても伝わらないので、天気の変化に影響されている可能性)を伝えて自分でも原因を探ってみてほしいと伝えた。

 ようやく全戸の御用聞きと必要な診療を終えたのは夕方だった。


 「やっぱ予想通りみんな診て欲しがって大変やったな。魔法診療所がある街まではこの村からでも徒歩じゃ2時間はかかるからな。大森林の奥なんかは1日とかいうレベルやな」

 「それってけっこう困るんじゃ……」

 「いや、そうでもないやろ。風邪やったら村にたいていおる薬師でなんとかなるし、怪我したとかどっか具合悪いってなったら内科外科やったら魔法治療院より数多いからもうちょい近くにあったりするし。まぁ魔法ですぐ治してもらえたら楽でええけどな」


 それじゃあ私が狼族の住むカニス村に行ってもちょっとの足しになるだけか、とちょっと落胆したが、医者は不足していない方がいいに決まっている。それに緊急時には治療魔法師がいた方がいいだろうと思い直した。


 「この時間から出立しても夜までに次の村には着けへんから明日出発しよか」


 そうして私たちは次の日の朝、レポリ村を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る