番外編

襲撃事件・裏(Ⅰ)

「オリヴィア、きちんと養生するのよ」

「むう。収穫祭の宴に出られないなんて......あたくしとしたことが」

「宴はまた何度でも出られるわ。今は、体を休めることを優先させなさい」

「はぁい」


オリヴィアは唇を尖らせながらも、布団を口元まで引き上げた。


「今度、お姉様と街に行きたいわ......御子が生まれたら、暫くあたくしに構ってくれなくなるでしょう?」

「あなたには構うけれど、外に出られるのは暫く先になるわね。その時は、吾子あこも連れて行きましょう」

「楽しみだわ! でも、その前に一度、お出かけしてはいけない?」

「仕方ないわね。あなたの体調がよくなったら、いきましょうか」

「楽しみ!」


いい子ね、とオリヴィアの頭を撫でたところで、ユージンは声を掛けた。


「ユウリ、そろそろ」

「分かったわ。オリヴィア、宴が終わったらまた来るからね」

「待ってるわ」


ユリアーナはオリヴィアの頬にキスを落とすと、部屋を出た。ユージンが差し出した腕に、そっと手を置く。


「行きましょうか」

「――あぁ」


今日は、収穫祭最終日の宴である。




「遅いぞ」

「ごめんなさい、ジェレミー」


ユリアーナは謝るが、ジェレミーは顔を背けた。トバイアスが先頭に立つが、ユリアーナは緩く首を振り、ユージンの腕から手を放さなかった。トバイアスは少し顔を顰めたが、そのまま入場する。


「国王陛下、王妃殿下のご入場!」


高らかな声と共に扉が開く。会場に入り、玉座に座って定例句を述べると、程なくして音楽が流れ始めた。大ホールで貴族たちが優雅にダンスをする――その間、ユージンとユリアーナは貴賓の接待に勤しんだ。トバイアスとジェレミーは、普段通りマーガレットのもとにいる。


「ごきげんよう、ブラッドリー大使。昨年以来ですね」

「妃殿下。お久しぶりでございます。本日も麗しいですね」


初めに話しかけたのは、東の隣国シェルヴィーの大使だ。


「あら、お世辞がうまくていらっしゃる」

「お世辞などではありませんよ」


にこやかに談笑した後は、本題に入る。


「――華胥の交易路ですが、先日の土砂崩れの復旧が予想より遅れております。他の交易路の改善も進みが遅いため、暫くは海路の方に荷を積まなくてはなりません」

「クレスウェルの南方海流は急激に変化しやすいので、出来れば避けたいところでしたが......仕方ありません。クレスウェル側から復興の物資を送り、より早い解決になることを望みましょう」

「ありがたく」


ユリアーナの従兄にあたるシェルヴィー国王の近況を聞いたり、東の情勢についての話をしてお暇する。


「.....あの辺りは相変わらずね」


ユリアーナはマーガレットの周辺に視線を投げた。男たちが幾重にも輪を成している。


「頭が痛くなるわ」

「あれらも一掃しなくてはね」

「そこにあなたの兄と弟も含まれているけれど?」

「そう思ったことは一度もないからね」

「ひどい人」


そう言いながらもユーリは笑っている。


「いつか、君の姉君と兄君にお会いしたいよ。仲の良い皇族の兄妹なんて、なかなか拝めるものじゃない」

「ふふ、珠喜しゅきに――姉に会ったら、姫の概念が覆されるわよ」

「既に君が覆しているよ」

「あらあら」


ユーリの妊娠以来、ふたりはぽつぽつと互いの話をするようになっていた。


「――妃殿下」

「公爵」「義父上」


そこに来たのは、ユージンの義父であるスペンサー公爵だ。


「報告が。繁華街一の男娼と謳われる、エドゥ—―エドワードなる者であると」

「近く訪れましょう。手配を」

「はっ」

「その他、あちらの進展は」

「侯爵の手の者が闇商会に依頼したと。金で口を割らせようとしましたが、殺されてしまいました。司祭に連絡して、業界の方からの接触を図らせております」


ユリアーナはひとつ頷く。


「では――」


そこでユリアーナは言葉を止めた。騒がしい足音が近づいてきていた。


「アナ!」

「グリーンハルシュ嬢、上位者の会話に口を挟まないように」

「あっ、スペンサー公爵さま、ごめんなさい! 気を付けますね! じゃ、アナは連れていきます」


ユリアーナはもはやあきらめた様子だが、マーガレットの腕を振りほどいた。


「アナ! ひどいわ!」

「無闇にあなたに触れると、あなたの夫が激怒するでしょう」

「フェリックスたちが? 大丈夫よ、わたしから言っておくから! ね、安心して?」


ユージンはそっとユリアーナの手を握る。


「......ユージン」

「ついていくよ」

「いいわ、それよりもあなたは他の人と話してきて。ふたりとも無駄な時間を過ごすのは、もったいない」

「.....分かった。でも、嫌になったら、私が呼んでいる、という理由で抜けてきてくれ」

「ありがとう」


ユリアーナはマーガレットたちの輪に加わり、ユージンは他の貴族と話に行った。程なくして、ひとりの給仕がユリアーナの方に駆け出した。


「侵入者だ!」


それは悪魔のような瞬間だった。護衛は走ってくる給仕に意識を向けた。ユージンは側を離れていた。ユリアーナは暗器しか持っておらず、またマーガレットとの会話に意識を取られていた。背を狙った矢を避け切るには足りなかった。


「ユウリ!」


一本の矢が、ユリアーナの腕を射た。一拍置いて悲鳴が上がる。


「王妃を守れ!」「マーガレットを守れ!」


ユージンが張り上げた声は、トバイアスたちの声に掻き消された。衝撃で倒れたユリアーナ目掛けて、更に矢が降り注ぐ。護衛騎士がかろうじて二本目、三本目の矢を防いだが、それだけでは足りなかった。給仕を装った少年が、ユリアーナ目掛けてナイフを振りかざした。先に着いたユージンの護衛騎士がそれを止める。ユージンはユリアーナに駆け寄った。鏃に毒が塗ってあったのか、既に腕は変色していた。ユージンは自分の衣装を切り裂いて、上腕部をきつく締める。


「誰か! 妃医を呼べ! 早く!」「マーガレットに王医を!」


悲鳴が錯綜する中、ユージンは素早く周囲を見回した。誰だ。この事態を引き起こしたのは。ユリアーナを害したのは。先程目を合わせていたジェレミーとウォルポール侯爵か。はたまたトバイアスか。誰だ、誰がこんなことを。


「王妃を救え!」



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