第37話 後に引くのはいい子過ぎる

「ど、どういうことですか?」


 ミュシェルは非常に動揺している。

 俺はここまで動揺するミュシェルを見るのは二度目。

 顔色も圧倒的に悪く、俺は心配してしまう。


「大丈夫か、ミュシェル?」

「カガヤキさん、考え直してください」

「考え直す? なにを」


 考え直すことがあるのかさっぱり分からない。

 俺は呆けてしまうと、ミュシェルは自分の胸を叩いた。


 ポン!


「どうして私を突き放そうとするんですか!」

「突き放す?」

「私、てっきり告白されると思って緊張していたんです。どんな反応をすればいいのか、この一瞬を永遠に感じながら考えて、答えが出なくて、悩んでいたんですよ。それなのに、どうしてカガヤキさんは、私のことを突き放すんですか!」


 ・・・はい?

 俺はポカンとしてしまい、頭の中で点が幾つも点灯する。


 ミュシェルはあまりにも乙女だった。

 少女漫画のヒロインみたいな反応をしてくれた。


 それは確かに面白いのだが、残念なことに俺にはミュシェルに対する恋愛感情はない。

 それこそ一ミリも無く、ただ単にこれ以上関わらないようにしたかっただけだ。


「いや、そういう意味じゃなくて、これ以上俺に関わっても、なーんのメリットも無いだろ?」

「メリットってなんですか!」

「一応ミュシェルは“元”勇者パーティーのメンバーなんだし、この街では有名人だろ?」

「そ、それは、そうですけど……」


 否定は全くしなかった。

 つまり自覚がある証拠で、猶更俺が近くにいるのは迷惑に繋がる。


「ほら、こんなヤバい格好の奴が近くにいたら、迷惑だろ?」

「迷惑なんかじゃないです。それに、服くらい変えましょうよ!」

「あー、そうしたいんだけどさ」


 正直、この角もある。衣装も決まっている。

 普段の姿なら良いとしても、今の俺はカガヤキ・トライスティルだ。

 多分、衣装を変えると力が半減する……かもしれない。


「とにかく、これ以上ミュシェルの評判を下げたくないから、俺は行くよ。じゃあ、また街で会ったら」

「ま、待ってください!」


 ミュシェルは手を伸ばした。

 俺のマントを掴もうとすると、スルリと指が透けた。

 マントをすり抜けてしまうと、ミュシェルは目を見開く。


「カガヤキさん!」

「あっ、街の案内ありがとう」


 俺は一度踵を返し、手を振った。

 ミュシェルから離れると、俺は一旦魔王城に戻る。


(配信アーカイブ、編集するか)


 いつもの癖で、配信のことを考えてしまった。

 アーカイブをそのまま残すのもいいが、切り抜いて動画にしても面白い。

 “P”の謎も解けていないので、そろそろ何なのか探る必要があるのだ。


「それにしても、ミュシェルはいい子過ぎる」


 ミュシェルは自分の立場なんて関係ない。

 魔王城で俺がミュシェルを助けたこと、本当の魔王ではないこと。

 全て信じてくれたから、俺も信頼できた。


「けど、これ以上踏み込むと、きっと俺の悪い影響を受ける。転移者が関わると、大抵ろくなことにならないから。仕方ないかな、少し寂しい……かな?」


 エルメールの丘を一人で引き返すのは辛い。

 周りをカップルを含めた観光客が多い。

 完全に寂しく別れられた人の雰囲気を漂わせると、俺はこの光景も撮影した。

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