元NPC、愛が重い

@kokowa

第1話 とある”噂”

アーカディア・オンラインと呼ばれるVRMMOには、かつて多くのプレイヤーが知るある”噂”があった。


それは、ある一人のプレイヤーと、NPCがかなり親密な関係にあるというもの。


これだけ聞くと別になんてことない話のように聞こえるが、ここで重要なのは、そのNPCは、”好感度システムが実装されていないNPC”であるということだった。


この噂を聞いた多くのプレイヤーが彼女との会話を試みるも、返ってくるのはNPCとして設定された機械的な返事だけ。


やがてその噂は都市伝説のような扱いとなり、多くの人が忘れていった。


***


「……………っていう話!これから向かう宮殿には、その都市伝説のNPCがいるんだよ!」


「ああ、聞いたことあるよ、その話。でも結局、その話って嘘だったんじゃないの?」


「いやいや、まだ分からないじゃん!都市伝説っていうくらいだから、せっかくだし私たちも検証しにいこうよ!」


今日も今日とてログインし、いつものように真っ先に宮殿に向かおうとしていた梨華は、その聞こえてきた会話に、思わず足を止めた。


(…懐かしいな、その”噂”。もうとっくにみんな忘れているものだと思っていたけど、まだ話している人がいるなんて。出始めたのは10年くらい前だったような…。)


そんな話をしている女の子2人組は、装備的にもおそらく新米の子たちだろうか。そんな子たちから、懐かしい噂話が聞けるとは思っておらず、梨華は思わず一人苦笑いをしてしまう。


(あの子たちには気の毒だけど、その都市伝説は嘘なんだよねえ。私もその噂が出始めた当時は確かめようと躍起になったけれど、結局無駄だったからなあ。)


なぜ梨華はその噂が嘘であると断言できるのか。それは単に自身がこのゲームの古参プレイヤーであり、また同時に噂話を検証しようとしたプレイヤーであったというだけではない。


では何故か。


「よし、今日も”彼女”に会いに行くぞ~」


それは、梨華がなんとなく始めたアーカディア・オンラインを今日まで続けている理由であり、発売初日から今日まで、ほぼ毎日会いに行っている”彼女”こそ、あの都市伝説となったNPCだからである!


***


「こんにちは、守衛さん。通ってもいい?」


「………梨華様ですね。はい、大丈夫です。どうぞ。」


彼女たちから離れた梨華は足早に宮殿へ向かい、いつものように守衛さんに許可を貰って中に入る。守衛さんが梨華を見て毎回何か言いたげな顔をするのは……まあ、色々な理由がある。


そうして向かうは、宮殿内にあるクエスト受注所……から少し離れた、とある休憩室。


目的地にたどり着いた梨華は、逸る気持ちを抑えながら、そう扉をノックしようとした、瞬間。


ーガチャ。


「………やはり今日もいらしたのですね、英雄様。」


梨華の目の前に現れたのは、艶のある黒と純白な白のエプロンを纏った一人のメイド服姿の女性だった。女性にしては高身長な彼女は、足元まであるフリルの控えめなロング丈のスカートと、背中まであるさらさらと光沢のある黒髪を、低めの位置で結わいており、まさに”清楚”そのものであった。


「おはよう、ソフィア。今日も来ちゃった。元気してた?」


「ええ、いつもどうりです。英雄様は…元気そうですね。」


「えへへ…まあね。私はソフィアに会えれば、それだけで元気になるからね。」


「……そうですか。」


ソフィアと梨華では、身長に20センチ以上の差があるため、いつも話をするときは梨華が見上げる形となる。ソフィアが高身長なのと同時に、梨華が小さいことの結果である。


「ところでソフィア。そろそろ私のこと、梨華って呼ぶ気になった?」


「…英雄様、クエスト受注所はあちらになります。私は仕事が残っておりますので、これくらいで失礼させていただきます。」


「相変わらず淡泊だね~。まあ分かった、行ってくるね。ソフィアも仕事頑張ってね。」


「はい、ありがとうございます。」


いつもと変わらずソフィアに手を振り、梨華はソフィアに背を向ける。


これが梨華にとってのルーティンだった。ゲームにログインして、まずは彼女に会う。梨華とソフィアの間には温度差があり、会話と言えるのかはいささか怪しいが、それでも梨華は満足だった。


(…やっぱり、ソフィアは変わらないねえ。まあ、好感度システムが搭載されていないから、当たり前と言えばそうなんだけど。話せるだけ運営に感謝だけどね。元々、ソフィアはだったわけだし。)


そう。彼女は、表向きはメイドであるが、その裏の顔はとある反王室派の組織から派遣された”暗殺者”であった。


そのため、王宮関連のクエストを進めていくと、最終的に彼女が敵となり戦闘することになる…というのがほとんどのプレイヤーが辿るルート。正規ルートといってもいいかもしれない。


しかし、このルートとは別の裏ルートも存在する。それは、簡単に言えば彼女の所属する組織を含む半王室派を先回りして潰しておくというルートだった。ただ、このルートは正直かなり難易度が高いと同時に、複雑で、正規ルートと比べて何十倍と時間がかかる。


そのため、ほとんどのプレイヤーは正規ルートを通っていた。そしてほんの一部のプレイヤーのみが、裏ルートを目指していた。しかし両者に報酬の違いは全くないため、裏ルートを攻略するのは、ほとんどいないのが実状だった。


もちろん、梨華はそんな裏ルートを攻略した数少ないうちの一人である。


なんとしてでもソフィアを死なせたくない(そもそも戦いたくない)という思い一心で裏ルートを攻略し、ソフィアを宮殿内に留まらせることに成功した。


因みに、攻略後に見たある攻略サイトで裏ルートについて『報酬に違いはないので、わざわざ裏ルートを目指す必要は全くない』という記事を見つけた梨華は、怒りに震えた。そうして、その攻略サイトの管理者に対して、思いのままに遺憾の意を伝え…まではしなかった。


まあ、確かに言いたいことは分かる。別に、ソフィアに関してはプレイヤーとほとんど接点がないまま戦うわけだし、時間をかけてまで助けるものでもないというのが普通かもしれない。


ただ、発売初日からたまたまソフィアを見つけた梨華にとっては、彼女こそがこのゲームを今日こんにちまで続ける理由であったために、ソフィアを死なせないことこそが報酬だと(心の中で)声高らかに叫びながら、過酷な裏ルートを攻略していった。


そうして、ソフィアを生き残らせることに成功したのだが、もともと敵として設定されていたからか、ソフィアには好感度システムが実装されていなかった。具体的には、他の多くのNPCに存在する好感度ゲージが無く、個別クエストも存在しない。いわゆる、”ただのモブ”といってもいいかもしれない。


(話題になっていた当時はともかく、今となっては、ソフィアに話しかけようとする人は滅多に見なくなったからなあ。元々敵設定だからか、初期値の好感度が低めだし、ずっと話しかけても私のことを一度も名前で呼んでくれなかったし…。あの”噂”は、いったいどこからきたのやら……。)


まあ、ソフィアと話せるだけ幸せだと、梨華は満足していた。そうして、梨華はまたいつものように宮殿内のクエスト受注所へ向かっていった。


ーだからだろうか。梨華は気づかなかった。いや、ずっと気が付いていなかった。


梨華の背中を見つめる、ソフィアのその視線、その碧い瞳が…他のNPCとは異なっていて、熱を帯びていることに。






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