第1戒 白くて赤い世界〈Ⅰ〉

 二〇二五年十二月二十四日。

「お父様、お母様……お姉様」

 血まみれの部屋・・・・・・・の中心に佇む少女は、蚊の鳴くような声音でそう呟いた。

「申し訳ございません……。でも、わたくしは……」

 元は銀白色をしていた畳は、おびただしい量の血に浸され、かつての高級感も趣も失っている。

 手中の日本刀・・・と、畳の上に放置した薙刀・・は、刃こぼれと錆でボロボロになっている。しかし、少女にはもう関係のない事象だ。

 赤い室内で果てた三人の血縁者を見下ろし、少女は静かに涙を流した。


 * *


 屋敷の戸を開ける。返り血を浴びた少女は、異様に白い外の景色に違和感を覚える。現状の自分の姿も相まって、異世界にでも放り込まれた心地だ。

 雪。よく知るものなのに、すぐに認識に至らなかったのは、自分の思考と感情が鈍麻になっているからだろう。

 これからどうするか。もちろん決まっている。自首して、死刑を待つ。しかし、本音を言えば、今すぐにでも死んでしまいたい。自分などのために、多額の金銭と長い時間が浪費されるのは申し訳ない。

 断罪を望む気持ちと、他者への迷惑を最小限に抑える――自死を望む気持ち。優先すべきは、果たしてどちらか。

 そんな中、空気が変わった。

「あら……こりゃサンタもドン引きだわ」

 少女の思考が遮られたのは、前方に人の気配が現れたためだ。

 俯いていた少女が恐る恐る顔を上げると、目の前に立つ二人の人間と視線が合った。

 声の発信者とおぼしき若い女性と、背の高い男性。いずれも若い。二十代の――半ばにすら達していないように見える。

 少女はこの二人を知らない。彼らが何者で、いつからそこにいたのか、何一つ分からない。

「ドン引きで済みますかねぇ? 昔の俺なら、たぶん白目剥いてぶっ倒れて頭打って死んでるッス」

「あっそ」

 血まみれの少女をよそに、緊張感のない会話を交わす二人。彼らの会話に口を挟む勇気は、少女にはない。無理だ。

「ところで、そこのあんた」

「!」

 初めて少女に声を掛けてきたのは、女性の方だった。

「何人殺したの?」

「え?」

「臭いからして、だいたい三人くらいかしら?」

「な……っ」

 悪寒が背筋を這う。目の前の女性は、何を言っているのか。少女の罪を詳細に至るまで見抜いた上に、その事実を動揺の一つもなく受け入れている。

「ぶっちゃけ、誰を殺ったんスか? 家族? だとしたら、俺達の仲間にスカウトするッス!」

 男性が少年のような無邪気な眼差しで、意味の分からないことを言い出す。呆然と立ち尽くす他ない少女に、彼は更に続ける。

「家族を最低一人殺ってれば、俺達のギャング・・・・に加入する資格が得られるッス。もし自首とか自死とか考えてんなら、それは間違いッスよ!」

「ま、間違い……?」

「大間違いッス! でも、俺達の仲間になれば、基本死なずに罪を重ね放題ッスよ!」

 眩暈がしてきた辺りで、女性が男性を小突いた。

すばる。いい加減、その大声なんとかしたら? 騒ぎになる前に戻んなきゃなんないのに」

「あ。また失念してたッス」

「さっさとずらかる・・・・わよ」

 女性が険の強い目を少女に向ける。

「あんたもよ」

「え? わ、わたくし……でございますか?」

「他に誰がいんの?」

 険の強い目に怯む。少女は気圧されるがままにこくこくと頷いて、正体不明の二人組に連行された。



【To be continued】

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死人のアコード 福留幸 @hanazoetsukino

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