第6話

 精度に差はあれ、聖痕者は神力を知覚することが出来る。

 その能力を駆使して、参加者たちは死角からの攻撃に対応しようとしていた。

 ところが、その戦法には大きな落とし穴がある。


「がッ!?」

「どうし……ぐふッ!?」


 背後から1人の首筋に手刀を振り下ろし、振り向いた仲間の腹部に貫手を突き込む。

 それだけで2人の魔道具が赤く光り、失格となった。

 確かにこれだけ派手に光れば、気付かない訳はない。

 ちなみに、今の攻撃は本来なら命を絶つほどの威力を秘めていたが、2人とも意識を失っただけだ。

 この魔道具の効果は信用して良いだろう。

 そうして僕が、いくつかのことを確認していると、残りのメンバーがこちらに気付いた。

 だが遅い。

 再び乱戦に紛れ混み、相手の知覚外に消える。

 彼らは必死に僕の神力を探ろうとしているが、無駄だ。

 何故なら今の僕は、限りなく神力をゼロに近付けている。

 聖痕者である以上、完全に消すことは出来ないだが、それに近い。

 この状態なら1対1でも見失いかねないので、これだけの乱戦なら容易に姿を眩ませることが可能。

 加えて、いつまで審査が続くかわからない以上、なるべく神力を温存するに越したことはない。

 攻撃の瞬間だけ、必要最低限の神力を使うこの戦い方なら、短く見積もっても1週間はもつ。

 流石にそこまで長期戦にはならないだろうが、念には念をと言うやつだ。

 何にせよ、敵が聖痕者だからと言って、神力を探ることに集中してはいけない。

 そのことを教えてやろう。

 容易に相手の背後を取り、無慈悲な掌底を背中に叩き付けた。

 ボールのように吹き飛んだ参加者は声を出すことも出来ず、そのまま失格となる。

 残りの2人は驚きつつ、ようやく僕を視認した。


「くッ! この――」


 瞬間、何事かを言いかけた聖痕者の顎を右脚で蹴り抜き、意識を刈り取る。

 隣で崩れ落ちる仲間を目の当たりにしながら、最後の1人はそれでも戦う意志を捨てず、なんとか剣と盾を構えた。

 普通なら戦意喪失してもおかしくないが、選別審査大会に出て来ただけのことはある。

 残念ながら、僕には関係ないが。


「……!? こいつ……!」


 スタスタと歩いて、おもむろに間合いに侵入した僕に戸惑いながら、相手が反りのある剣を上段から振り下ろす。

 威力、速度、技量……全てにおいて標準以上だが、脅威にはなり得ない。

 余裕を持って回避した僕は、その運動エネルギーを乗せた右拳で顎を跳ね上げる。

 カウンターで決まった一撃は骨を粉砕出来るほどだったが、そうはならなかった。

 優秀だな、この魔道具は。

 1つのパーティを壊滅させた僕は、すぐに戦場を移動しようとして――後方に飛び退く。


「【フレイム】ッ!」


 直前まで僕がいた場所を含め、辺りを炎が焼き尽くす。

 数人の聖痕者が飲み込まれ、一気に失格となった。

 視線を転じると、3人の『攻魔士』の少女を中心としたパーティが、得意げに笑っている。

 リルムたち『攻魔士』は、神力を魔力に変換することで攻撃魔法の威力を上げるのだが、得意属性などは様々だ。

 ちなみに『治癒士』は回復系の魔法、『付与士』は補助系の魔法を得意としている。

 そして確かに審査の性質上、広範囲攻撃を得意とする『攻魔士』は有利な点が多い。

 だが……調子に乗り過ぎだな。

 次の標的を決めた僕は、右手に白い直剣を生成した。

 それと同時に『攻魔士』たちが神力を練り上げ、全周囲に火炎流を放つ。

 中々の範囲と威力で、多くの参加者を失格に追い込んだ。

 しかし――


「撃ち終わりが隙だらけだ」

「え!?」


 寸前で跳躍した僕は相手パーティの只中に着地し、軽くアドバイスしながら直剣を突き出す。

 背中から胸に掛けて貫かれたにもかかわらず、護衛役の『剣技士』は死亡することなく意識を断ち切られた。

 間髪入れずに背後の『格闘士』を袈裟斬りにすると、重い音を立てて倒れ込み、ピクリとも動かない。

 驚きのあまり硬直した『攻魔士』たちだが、慌てて魔法を発動させようとしている。

 ところが、どうやらこの少女たちは、固定砲台としての訓練しかして来なかったようだ。

 範囲と威力に比べて、拙い詠唱速度。

 更に言うなら、リルムのような身のこなしの良さもない。

 このようなわかり易い弱点を見逃すほど、僕は甘くないぞ。

 横並びの3人に向かって、直剣を水平に構え――


「今後は、単独でも戦えるように訓練した方が良い」


 一振りで仕留める。

 纏めて失格となった『攻魔士』たちは、仲良く並んで倒れ伏した。

 中には涙を溢している者もいるが、僕が気にすることはない。

 既に意識は別の参加者に向いており、どう動くべきか考える。

 そうして暫く戦い続けると、目に見えて失格者が増えて行った。

 片手間にリルムの神力を探ったところ、暴れ回っている気配が漂って来ている。

 だが、考えなしと言う訳ではなく、彼女なりの計算がありそうだ。

 元気いっぱいなリルムに触発されるように、僕もより一層苛烈な攻撃を仕掛けていると、遂に終わりのときが訪れる。


『そこまでです』


 姫様の凛々しい声を聞いた僕は直剣を消し、戦闘態勢を解いた。

 周囲を見渡すと、数人が欠けたパーティも込みで、残っているのはたったの20組。

 初めから決めていたのかは知らないが、約1割にまで絞られた訳か。

 言うまでもなくリルムの姿もあり、ニッコリ笑って、こちらにVサインを向けて来た。

 苦笑を漏らした僕は片手を挙げて応えると、もう1度辺りの様子を眺める。

 失格した聖痕者たちは悔しそうにしつつ、きちんと受け入れているようにも見えた。

 他方、残ったパーティは疲労困憊な組もあれば、余裕のある組もある。

 その中でもリルムや、ニーナに絡んだ大男がいるパーティ、『獣王の爪』はまだまだ余力を残していそうだ。

 リルムだけではなく、『獣王の爪』もこちらに気付いているようだが、特に接触して来ようとはしなかった。

 ただし感じる神力からは、敵対心がヒシヒシと伝わって来る。

 彼らとも、いずれは戦うかもしれないと思いながら、ひとまずは今後の展開を聞かなければならない。

 僕の内心が伝わった訳ではないだろうが、様子を窺っていた姫様が声を発した。


『皆さん、お疲れ様でした。 これにて一次審査は終了です。 続いて、二次審査を始めます』


 姫様の言葉を聞いた審査官たち数名が、会場の中心部に集まった。

 何が起きるのかと興味深く見ていると、協力して発動させた土魔法によって、四角いステージが地面からせり上がる。

 聖痕者でなければ魔法は大した力を発揮出来ないものの、こうした作業に用いられることは多い。

 このステージが何に使われるのか聞いていないが、おおよその見当は付く。


『二次審査と言いましたが、実質的には最終審査です。 内容は、残ったパーティ20組によるトーナメント戦です。 組み合わせは、こちらで決めます』


 もう最終審査か。

 どちらかと言うと、予選と本戦と言う感じかもしれない。

 となると、優勝者が同行出来るのだろうか?


『勝ち上がれば勝ち上がるほど評価は上がりますが、途中で負けても同行を許可する場合はあります。 なので、最後まで諦めないで下さいね』


 微笑を浮かべる姫様。

 可愛らしいが、発言内容には疑問を残すな。

 断言は出来ないが、結局のところ優勝しなければならない気がする。

 どの道、僕は誰にも負ける気はない。

 ニーナとも約束したしな。

 僕が気を引き締め直している間にも作業は進み、ステージが見事に整備された。

 尚、失格した参加者はどうするのかと思ったが、最後まで見届けるらしい。

 最終的に誰が選ばれるか、気になるのだろう。

 すると、巨大なガラスの映像が分割され、左側に姫様の姿、右側にトーナメント表が映し出された。

 それによると――


『第1試合は、シオン=ホワイトさん対リルム=ベネットさんです』


 と言うことだ。

 姫様の言葉を聞いた途端に、会場が騒めいた。

 何事かと思った僕は、それとなく耳を傾けてみる。


「リルム=ベネットって、『紅蓮の魔女クリムゾン・ウィッチ』の本名だよな? 参加してたのかよ……」

「驚いたね。 魔道具マニアで、普段は工房で研究ばかりしてるって話だったのに」

「かなり変人って噂もあるよね。 俗世間には極力関わらなくて、興味があることしか見えてないとか」

「でも、あいつが開発した魔道具って山ほどあるよな。 本人は見たことねぇけどよ」

「それより、個人名で紹介されたってことは、ソロ参加ってことですよね? 相手のシオン=ホワイトもそうですけど、たった1人で一次審査を突破するなんて……」


 どうやら、リルムは有名人らしい。

 魔道具マニアで変人と言うのが気になるが、一旦棚上げしよう。

 とにかく今は、彼女に勝つことだけを考えなければならない。

 そうして戦意を高めていると、ステージに立った審査官が魔道具を使って、全員に声を届けた。


『第1試合を始める。 シオン=ホワイト及びリルム=ベネット、ステージ上へ』


 指示に従ってステージに上がった僕の前で、リルムが不敵な笑みを湛えながら腕を組む。

 同時にトーナメント表の画面が切り替わり、僕と彼女の情報が映し出された。

 同年代だとは思っていたが、彼女も17歳で全くの同い年。

 体重の欄には「ひ・み・つ」と書かれており、良くあれで受付してもらえたものだと呆れた。

 胸中で僕が、何とも言い難い感情を抱いていると、周囲が別の意味で騒がしくなっている。


「おい! 2人とも可愛過ぎねぇか!?」

「あたし知ってる! シオン=ホワイトって、最近街で噂になってる子だ!」

「あの『攻魔士』の女の子、『紅蓮の魔女』だったのかよッ! 道理で強い訳だぜ……」

「こんな美少女対決、中々拝めない……って、男ぉ!?」

「はぁ? そんな訳……えぇ!?」

「嘘だろ……? 書き間違いか表示ミスじゃねぇのか……?」

「ぜ、絶対そうだよ! そうに決まってるよ!」


 好き勝手に言われているが、何も間違っていない。

 審査官ですら困惑していたようだが、その時間は長くなかった。

 すぐに意識を切り替えたようで、今は平然とした表情になっている。

 一応、流石と言っておこうか。

 対するリルムは無反応で、ギャラリーの声など聞こえていないかのようだ。

 少しばかり意外感を覚えた僕は、興味本位で尋ねてみた。


「キミは驚かないんだな」

「ん? 何の話?」

「いや、大抵の人は僕が男だと知って驚くか、そもそも信じてくれないんだ」

「あー。 まぁ、驚いたと言えば驚いたわよ。 でも別に、大騒ぎするようなことじゃないわね。 あたしにとって、シオンはシオンだし」

「……良い子だな、キミは」

「な、何よ突然。 褒めたって、手加減しないからね?」

「わかっている。 だが、僕にも譲れないものがあるんだ」

「上等よ。 さぁ、始めましょうか」


 獰猛な笑みを浮かべたリルムが、横目で審査官を促す。

 相変わらずマイペースではあるが、今回は僕も賛成だ。

 僕からも目を向けられた審査官は、1つ大きく咳払いしてから、手に持った魔道具に向かって声を発する。


『審査官のミゲルだ。 ここからは、わたしが審判と進行を務める』


 先ほども使っていたが、あの魔道具には声を大きくする効果があるようだ。

 ミゲルと名乗った審査官は30代半ばほどの男性で、着ている鎧や飾っている勲章から、王国軍でも高い身分だと察せられる。

 大事な選別審査大会の審判まで任されるのだから、それは恐らく間違いない。

 身体能力はさほど高くなさそうだが、感じる神力は研ぎ澄まされており、一流の『攻魔士』か『治癒士』、あるいは『付与士』ではないだろうか。

 下手をすれば、リルムを除くどの参加者よりも優れた使い手だが、今は関係ない。

 そう結論を下していると、ミゲル審査官が続きの言葉を述べた。


『基本的なルールは同じで、魔道具が赤く光ったら失格だ。 また、ステージ外に出ても失格となる。 空中なら許されるが、地面に触れた時点でアウトだ。 そして、先に相手を全員失格にさせたパーティの勝利となる。 ただし、パーティが勝利した場合でも、失格した者はそれ以降の試合に出られない。 以上だ』


 なるほど、確かに大きな変更点はないな。

 気を付けることがあるとすれば、場外に出ないように立ち回るくらいだろう。

 内容を咀嚼していると、僕とリルムを順に見たミゲル審査官が口を開いた。


『質問などはなさそうだな。 では、両者ともに開始線まで下がれ』


 指示された僕たちは互いに距離を取り、それぞれ戦闘準備を整える。

 僕は右手に白の直剣を握り、リルムは神力を高め、強大な魔力を生み出した。

 これは……今まで、実力を隠していたのか。

 出会ったときは勿論のこと、選別審査大会が始まってからも、これほどではなかったからな。

 彼女の迫力に飲まれたギャラリーたちは、完全に腰が引けている。

 ミゲル審査官も固い面持ちを作りながら、役目を全うするべく右手を挙げた。

 そして遂に――


『試合……始め!』


 戦いの火蓋が切られる。

 瞬間、【身体強化】によって上昇した速度にものを言わせ、リルムに肉薄した。

 だが、それを見越していた彼女は、後方に飛び退りながら右手を前に突き出し、魔法を発動する。


「行くわよ!」


 大気を焼きつつ物凄い速さで飛来する、握り拳より2回りは大きい火の玉。

 初対面のときに放たれた火魔法……【火球ファイア・ボール】か。

 しかし、その威力や速度は比べ物にならず、当たれば火傷では済まない。

 それでも、僕にとってはどうと言うこともなく、容易に直剣で斬り飛ばす。

 ところが――


「それそれそれそれ!」


 止めどなく撃ち出される、膨大な数の【火球】。

 【火球】は初級魔法に分類され、『攻魔士』ならほとんどの者が使用可能。

 ただし詠唱を破棄した上で、これだけ練度が高く、尚且つ連続で撃てる者はそういないだろう。

 その上、リルムの【火球】にはアレンジが加えられていた。

 本来は直線状に飛ぶ火の玉が、回避した僕を追尾する。

 流石に必中ではないものの、避けるのが難しくなっているのは間違いない。

 このような芸当が可能なのは、彼女が【火球】と言う魔法を本質から理解しているからであり、それを分解、再構成した結果だ。

 言動は少々あれだが、リルムは紛れもない天才。

 もっとも、この事実を正確に認識出来ている者が、ここにどれだけいるか疑問だが。

 1発でやられることはないとしても、1度の被弾を切っ掛けに、押し込まれる可能性は充分にある。

 そのことを思えば、いきなり正念場だな。

 全ての【火球】を斬り裂き、避け、決して当てさせはしない。

 だが、守りを固めているせいで前に出るチャンスが作れず、膠着状態に陥ってしまっている。

 ギャラリーたちは、いつまで続くのかと戸惑っていたが、僕としても望ましくない。

 ここで神力を大量消費してしまえば、後の試合に響くかもしれないからだ。

 その思いはリルムも同じらしく、暫く時間が経過すると遂に痺れを切らす。


「もう、しつこいわね! そろそろ当たっても良いじゃない!」

「お断りだ」

「む~! じゃあ、これならどう!? 【爆裂炎イグニス・フレア】ッ!」


 叫ぶように紡がれた力ある言葉に応えて、火の精霊がリルムに力を貸し、僕を中心に魔力が膨れ上がった。

 不味い。

 頭がそう考えるよりも先に、高く跳躍する。

 その直後、先ほどまで僕がいた地点を中心に、大爆発が起こった。

 ステージを半球状に抉るほどの威力で、生身で受けたら肉片も残らないレベル。

 火属性の中級魔法、【爆裂炎】。

 無詠唱ではなかったものの、これを魔法名だけで発動する簡易詠唱で使えるとは……。

 通常この魔法は近辺に炎を撒き散らすはずだが、その様子はなかった。

 恐らく、【火球】同様にアレンジしている。

 撒き散らす炎を爆発のエネルギーに変換することで、威力を上げているようだ。

 またしても彼女の才能の片鱗を見たが、そのような場合じゃないな。

 今、僕の体は空中にある。

 著しく行動を制限されているこの状況では、【火球】の連射を捌き切れない。

 そう考えたのは僕だけではなく、リルムは勝利を確信した笑みを浮かべている。

 やはり、このままで勝てるほど、彼女は温い相手ではなかった。

 出来れば使わずに終わらせたかったが、やむを得ない。

 覚悟を固めた僕は神力を収束させ――


「な……!?」


 左手に、もう1本の直剣を生成した。

 通常の『剣技士』ではあり得ない事象を前にリルムは、目を皿のように丸くしている。

 しかし、すぐに立ち直った彼女は歯を食い縛り、【火球】を乱れ撃った。

 これまでで最大の数が襲い掛かって来たが、今の僕なら問題ない。

 両手の直剣を駆使して全ての【火球】を防ぎ、着地すると同時に全力で駆けながら、尚も殺到する火の玉を斬り裂く。

 リルムは愚直に【火球】を繰り出し続けていたが、どう足掻いても僕を止めることは出来ないと悟ったらしい。

 悔しそうに顔を歪ませた彼女が選んだのは、再びの【爆裂炎】。

 1発目よりも注がれた魔力は多く、ステージを丸ごと吹き飛ばせる威力が込められている。

 なるほど、自分も巻き込む危険を冒して、相打ちに持ち込む算段か。

 最後まで諦めない姿勢は立派だが……付き合うつもりはない。

 疾走を続けながら僕は、左手の直剣を矢の如くリルムに投げ放つ。

 虚を突かれた彼女は慌ててステージに身を投げ、辛うじて避けることに成功した。

 だが、その代償として溜めていた魔力が霧散し、【爆裂炎】が不発に終わる。

 その時点で敗北を悟った様子のリルムは、立ち上がりながら苦笑を漏らし、僕は――


「勝負あったな」

「……そうね」


 眼前に剣先を突き付けた。

 負けを受け入れた彼女は大きく溜息をついたものの、どことなく晴れやかな表情を浮かべている。

 あとは僕が止めを刺し、試合を終わらせるだけだが――


「何してんの? 早く斬りなさいよ」


 なんとなく、躊躇ってしまった。

 そんな僕をリルムは、怪訝そうに見つめている。

 いったい何をしているんだ、僕は……。

 斬ったところで死ぬ訳じゃないし、実際に他の参加者は何人も斬った。

 彼女だけ特別扱いする理由はない。

 頭ではそう思いながら、どうしても気乗りしない僕は、リルムに頼むことにした。


「すまないが、場外に出てくれないか?」

「え? なんでよ?」

「……キミを斬りたくない」

「……は?」

「おかしなことを言っているのは、重々承知だ。 それでも、言う通りにして欲しい」


 僕の願いを聞いたリルムは目をパチクリとさせていたが、次いでニヤニヤ笑い出した。

 嫌な予感がする……。

 そして、その予感は現実となった。


「え~? どうしよっかな~。 あたし、負けたくないし~」

「さっき、負けを認めていたじゃないか」

「さっきはさっき、今は今よ。 相手にトドメを刺す気がないなら、いくらでも挽回出来るじゃない」

「……その通りだ」

「でしょ? つまり、やろうと思えば大逆転出来るの。 それなのに、自分から負けるなんてやだな~」

「……望みはなんだ?」

「あ、やっぱりあんた、話が早くて良いわね。 そう言う人、好きよ」

「有難う。 それで、望みは?」

「もう、こんな美少女に好きって言われたんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ」

「そう言われてもな、あまり時間を掛ける訳には行かない」

「そうだけど……。 はぁ、仕方ないわね。 取り敢えず、それに関して教えてくれるなら今回は譲ってあげる」


 そう言ってリルムが指差したのは、僕の両手に握られた――左手の方は再生成した――直剣。

 まぁ、好奇心旺盛な彼女が、見逃すはずがないな。

 どの道、これに関しては話すことになるだろうから、特に問題はない。

 話さないで済むなら、その方が良かったが。


「わかった、少し待っていてくれ」

「えー? 今すぐ知りたいんだけど?」

「二度手間は面倒だから、我慢して欲しい」

「……あぁ、そう言うことね。 うーん、それなら別のことを聞けば良かったかしら」

「変更は却下だ。 恨むなら、興味に一直線だった自分を恨むんだな」

「むぅ、意地悪ね。 わかったわよ。 その代わり、絶対約束は守りなさいよ?」

「あぁ、任せろ」

「よろしい。 じゃあね」


 満足そうに笑ったリルムは踵を返し、ステージの外に向かう。

 しかし、急に足を止めたかと思うと、顔だけで振り向いて声を発した。


「斬りたくないって言ってくれたの、嬉しかった」


 少しだけ恥ずかしそうに言った彼女は、返事を聞かずに場外に跳び下りた。

 僕としても、何と答えたら良いかわからないので、正直助かる。

 こうして僕たちの試合は、奇妙な形で決着が付いた。

 周囲の参加者たちは唖然としており、ミゲル審査官も固まっている。

 しかし僕の視線に気付くと、プライドからか、それを感じさせないように振る舞って、声を絞り出した。


『し、勝者、シオン=ホワイト』


 勝ちが確定した段階になって、僕は戦闘態勢を解いた。

 静まり返っている会場を眺めて、やり過ぎたかと少し反省しつつ、もうあと戻りは出来ない。

 何かを言われる前にその場を立ち去ろうとしたが、やはりと言うべきか、そう都合良くは行かなかった。


「ま、待て、シオン=ホワイト!」


 魔道具の出力を切って、地声で呼び掛けて来るミゲル審査官。

 面倒に思った僕は溜息を堪えながら、大人しく振り向いた。


「何でしょうか?」

「何ではない! 今のはどう言うことだ!? 説明しろ!」

「今のと言うのは、何のことでしょうか?」

「とぼけるな! 2本の剣を使う『剣技士』など、見たことも聞いたこともない! 何か秘密があるのだろう!?」


 問い質したくなる気持ちは、わからなくもない。

 とは言え、この人が満足しそうな答えは持ち合わせていないのだが。

 何にせよ予想通りの展開になったので、いつの間にかステージに戻って来ていたリルムを手招きする。

 それを受けた彼女は嬉しそうに駆け寄り、ミゲル審査官は困惑していた。

 しかし、機先を制して文句を封じる。


「秘密と言う訳ではありませんが、一応の理由ならあります」

「理由?」


 明らかにミゲル審査官は、不審がっている。

 対するリルムは、ワクワクしているのを隠そうともせず、続きの言葉を待っていた。

 そんな彼女に苦笑しそうになったが、ここは真面目なふりをしよう。


「はい。 どうやら僕の聖痕にイレギュラーが起きて、先ほどのようなことが可能になったらしいです。 その代わり盾を使えないので、完全な上位互換とは言えません」

「イレギュラーだと……? そんな話、誰が信じると思っているんだ? 本当は不正をしたのだろう?」

「いやいや。 すぐに信じられないのは理解出来るけど、だからっていきなり不正もないでしょ。 逆に、何をどうすればあんなこと出来るってのよ?」

「う、うるさい、敗者が口を挟むな! と、とにかく! シオン=ホワイト、貴様は失格だ! 直ちに出て行け!」


 困ったな。

 リルムが援護してくれたが、どうにもこの人とは冷静な話し合いが出来そうにない。

 しかし、審査官に失格と言われてしまっては、ここまでだろう。

 無念ではあるが、今回は諦めて――


『待って下さい』


 ミゲル審査官の持つ魔道具を通じて、姫様の声が聞こえた。

 立ち去ろうとしていた僕は足を止め、ミゲル審査官は目を見開いている。

 リルムはこの展開を面白がっているのか、ニヤリと笑っていた。

 すると、どこからか僕たちを見ているのか、姫様が淡々と声を発した。


『ミゲル審査官、その方の失格を取り消して下さい』

「ソ、ソフィア様!? しかし……」

『2度は言いませんよ?』

「……かしこまりました」

『結構です。 シオン=ホワイトさん』

「はい、姫様」

『貴方の【身体強化】、本当に素晴らしいです。 神力を完璧に制御していて、美しくすらありました』

「恐れ入ります」

『貴方の強さは、2本の剣が使えるからなどではありません。 次の試合も楽しみにしています』


 言いたいことを言い終えたのか、姫様からの通信が切れた。

 ひとまず、助かったと見て良いんだろうか?

 苦々しい面持ちのミゲル審査官に目を向けると、心底不愉快そうに口を開いた。


「ふん、ソフィア様の恩情に感謝するんだな。 呼ばれるまで下で待っていろ」

「わかりました」


 一言で返事した僕は、サッサとその場をあとにした。

 これ以上関わって、余計に機嫌を損なわせるのは得策じゃない。

 もっとも、既に嫌われてしまったようだが。

 背中にミゲル審査官の鋭い視線を感じながら、ステージを下りる。

 主にリルムによってステージが損傷したので、修復作業に入るようだ。

 すると、僕に付いて来たリルムが、楽しそうに声を掛けて来た。


「良かったわね、お姫様が話のわかる人で」

「まったくだな。 本音を言えば、半ば以上諦めていた。 それはそうと、キミは信じてくれたのか?」

「イレギュラーのこと?」

「そうだ。 自分で言っておいて何だが、証拠はないからな」

「まぁね。 だから、今回も半信半疑かしら」

「半分は信じてくれるのか」

「うん。 だって聖痕に限らず、何にでもイレギュラーって起こるもんだし。 それより今は、他のことが気になってるのよね」

「他のこと? それは何だ?」


 隣に立つリルムに問を投げると、彼女は意地悪そうな笑みで言い切った。


「あんたの本当の実力よ。 あたしとの試合、手を抜いたでしょ?」

「そんなつもりはない」

「でも、明らかに底は見せてないわよね? 勘だけど」

「勘にしては、はっきり言うんだな」

「別に、責めてるんじゃないのよ? 本気にさせられなかった、あたしが悪いんだし」

「それを言うなら、キミこそ全力じゃなかっただろう?」

「あたし? どうしてそう思うの?」

「使った魔法が2つだけだったのも気になるが、【爆裂炎】をもっと上手く使えば、僕の足場だけを消し飛ばすことも出来たはずだ。 そうすれば、僕は場外に出て失格になっていた」

「簡単に言ってくれるけど、【爆裂炎】ってコントロールが難しいのよ? そんなに上手く行かなかったと思うけど」

「それでも、キミなら出来たと思う」

「……根拠はあるの?」

「勘だ」

「あっそ」


 それっきり、リルムは口を閉ざした。

 そんなに言いたくないんだろうか。

 だとしたら、これ以上しつこくするつもりはない。

 そう考えた僕は、そのことを伝えようとしたが、寸前にリルムがポツリと声を落とした。


「そんな方法で試合に勝っても、あんたを倒したとは言えないでしょ?」

「ルールを活用するのも、立派な戦法だと思うが」

「あたしは納得出来ないわね。 どっちにしろ、あんたには通用しなかった気がするし」

「さぁ、どうだろうな」

「否定はしないんだ」

「少なくとも、何かしらの対処はしたに違いない。 成功するかは別問題として」

「ふーん、成功するかは別問題……ね。 まぁ、そう言うことにしておいてあげる」


 僕のあやふやな返答が、リルムは気に入らないようだ。

 そのことに苦笑しかけながら、誤魔化すように別の話題を持ち出す。


「そう言えば朝から気になっていたが、その本は何だ? ただの飾りと言う訳じゃないだろう?」

「教えない」

「そうか」

「……普通、もうちょっと粘らない?」

「僕も散々答えをはぐらかしているからな、こちらだけ要求する訳には行かない」

「誠実なんだか不誠実なんだか、良くわかんないわね……。 まぁ、良いわ。 特別に少しだけ教えてあげる」

「良いのか?」

「こう言うのは全く知らないよりちょっと知ってる方が、いろいろ考えてモヤモヤするもんなのよ。 あんたも、その気持ちを味わいなさい」


 ニンマリと笑いながら、そんなことをのたまうリルム。

 今後こそ苦笑した僕だが、お言葉に甘えて教えてもらおう。


「じゃあ、よろしく頼む」

「オーケー。 この本は、魔導書グリモアって魔道具の1種なの。 魔導書の性能はそれぞれ違うけど、どれもかなり特殊な力を宿してるわね。 すっごく貴重な魔道具で、現代の技術では作成不可能って言われてるわ。 その理由として大きいのは、魔法の力を書物に保存する方法が確立していないことかしら。 物に魔法の効果を付与すること自体は、不可能じゃないわ。 『付与士』なんて、まさにそうだしね。 けど、それをずっと持続させようと思ったら魔法を発動させ続けないといけないから、現実的じゃないの。 つまり、魔導書の作成を実現しようと思うなら、書物そのものに特殊な効果を持たせる必要がある訳で……」

「わかった。 もう良い、有難う」

「あら、そう? もう少しくらいなら、教えてあげても良いけど」

「いや、充分だ。 それより、そろそろステージの整備が終わりそうだから、試合を観よう」


 少しとはいったい。

 放っておいたら、いつまでも語り続ける勢いだ。

 魔導書に興味はあるとは言え、今は選別審査大会に集中するべきだろう。

 僕の気持ちが伝わったか定かではないが、リルムも大人しくステージ上に目を向けた。


「そうね。 あ、さっきも言ったようにあんたの強さが気になるから、暫く観察させてもらうけど良いわよね?」

「駄目と言ってもするんだろう?」

「わかってるじゃない。 あと、あたしに勝ったんだから、優勝しないとただじゃおかないわよ」

「言われるまでもなく、初めからそのつもりだ」

「強気なところも好きよ。 さて、次の相手は誰かしらね」

「戦うのは僕だぞ?」

「わかってるわよ」


 その後は2人並んで、試合についてあれこれ話しながら観戦した。

 リルムとは今朝会ったばかりにもかかわらず、随分と打ち解けたように感じる。

 僕に友だちはいなかったが、彼女に対する気持ちはそれに近い気がした。

 向こうは僕のことを、研究対象くらいにしか思っていないかもしれないが。

 そんなことを思っている間にも試合は進行し、選別審査大会は終わりに近付いて行った。

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