第6話
精度に差はあれ、聖痕者は神力を知覚することが出来る。
その能力を駆使して、参加者たちは死角からの攻撃に対応しようとしていた。
ところが、その戦法には大きな落とし穴がある。
「がッ!?」
「どうし……ぐふッ!?」
背後から1人の首筋に手刀を振り下ろし、振り向いた仲間の腹部に貫手を突き込む。
それだけで2人の魔道具が赤く光り、失格となった。
確かにこれだけ派手に光れば、気付かない訳はない。
ちなみに、今の攻撃は本来なら命を絶つほどの威力を秘めていたが、2人とも意識を失っただけだ。
この魔道具の効果は信用して良いだろう。
そうして僕が、いくつかのことを確認していると、残りのメンバーがこちらに気付いた。
だが遅い。
再び乱戦に紛れ混み、相手の知覚外に消える。
彼らは必死に僕の神力を探ろうとしているが、無駄だ。
何故なら今の僕は、限りなく神力をゼロに近付けている。
聖痕者である以上、完全に消すことは出来ないだが、それに近い。
この状態なら1対1でも見失いかねないので、これだけの乱戦なら容易に姿を眩ませることが可能。
加えて、いつまで審査が続くかわからない以上、なるべく神力を温存するに越したことはない。
攻撃の瞬間だけ、必要最低限の神力を使うこの戦い方なら、短く見積もっても1週間はもつ。
流石にそこまで長期戦にはならないだろうが、念には念をと言うやつだ。
何にせよ、敵が聖痕者だからと言って、神力を探ることに集中してはいけない。
そのことを教えてやろう。
容易に相手の背後を取り、無慈悲な掌底を背中に叩き付けた。
ボールのように吹き飛んだ参加者は声を出すことも出来ず、そのまま失格となる。
残りの2人は驚きつつ、ようやく僕を視認した。
「くッ! この――」
瞬間、何事かを言いかけた聖痕者の顎を右脚で蹴り抜き、意識を刈り取る。
隣で崩れ落ちる仲間を目の当たりにしながら、最後の1人はそれでも戦う意志を捨てず、なんとか剣と盾を構えた。
普通なら戦意喪失してもおかしくないが、選別審査大会に出て来ただけのことはある。
残念ながら、僕には関係ないが。
「……!? こいつ……!」
スタスタと歩いて、おもむろに間合いに侵入した僕に戸惑いながら、相手が反りのある剣を上段から振り下ろす。
威力、速度、技量……全てにおいて標準以上だが、脅威にはなり得ない。
余裕を持って回避した僕は、その運動エネルギーを乗せた右拳で顎を跳ね上げる。
カウンターで決まった一撃は骨を粉砕出来るほどだったが、そうはならなかった。
優秀だな、この魔道具は。
1つのパーティを壊滅させた僕は、すぐに戦場を移動しようとして――後方に飛び退く。
「【
直前まで僕がいた場所を含め、辺りを炎が焼き尽くす。
数人の聖痕者が飲み込まれ、一気に失格となった。
視線を転じると、3人の『攻魔士』の少女を中心としたパーティが、得意げに笑っている。
リルムたち『攻魔士』は、神力を魔力に変換することで攻撃魔法の威力を上げるのだが、得意属性などは様々だ。
ちなみに『治癒士』は回復系の魔法、『付与士』は補助系の魔法を得意としている。
そして確かに審査の性質上、広範囲攻撃を得意とする『攻魔士』は有利な点が多い。
だが……調子に乗り過ぎだな。
次の標的を決めた僕は、右手に白い直剣を生成した。
それと同時に『攻魔士』たちが神力を練り上げ、全周囲に火炎流を放つ。
中々の範囲と威力で、多くの参加者を失格に追い込んだ。
しかし――
「撃ち終わりが隙だらけだ」
「え!?」
寸前で跳躍した僕は相手パーティの只中に着地し、軽くアドバイスしながら直剣を突き出す。
背中から胸に掛けて貫かれたにもかかわらず、護衛役の『剣技士』は死亡することなく意識を断ち切られた。
間髪入れずに背後の『格闘士』を袈裟斬りにすると、重い音を立てて倒れ込み、ピクリとも動かない。
驚きのあまり硬直した『攻魔士』たちだが、慌てて魔法を発動させようとしている。
ところが、どうやらこの少女たちは、固定砲台としての訓練しかして来なかったようだ。
範囲と威力に比べて、拙い詠唱速度。
更に言うなら、リルムのような身のこなしの良さもない。
このようなわかり易い弱点を見逃すほど、僕は甘くないぞ。
横並びの3人に向かって、直剣を水平に構え――
「今後は、単独でも戦えるように訓練した方が良い」
一振りで仕留める。
纏めて失格となった『攻魔士』たちは、仲良く並んで倒れ伏した。
中には涙を溢している者もいるが、僕が気にすることはない。
既に意識は別の参加者に向いており、どう動くべきか考える。
そうして暫く戦い続けると、目に見えて失格者が増えて行った。
片手間にリルムの神力を探ったところ、暴れ回っている気配が漂って来ている。
だが、考えなしと言う訳ではなく、彼女なりの計算がありそうだ。
元気いっぱいなリルムに触発されるように、僕もより一層苛烈な攻撃を仕掛けていると、遂に終わりのときが訪れる。
『そこまでです』
姫様の凛々しい声を聞いた僕は直剣を消し、戦闘態勢を解いた。
周囲を見渡すと、数人が欠けたパーティも込みで、残っているのはたったの20組。
初めから決めていたのかは知らないが、約1割にまで絞られた訳か。
言うまでもなくリルムの姿もあり、ニッコリ笑って、こちらにVサインを向けて来た。
苦笑を漏らした僕は片手を挙げて応えると、もう1度辺りの様子を眺める。
失格した聖痕者たちは悔しそうにしつつ、きちんと受け入れているようにも見えた。
他方、残ったパーティは疲労困憊な組もあれば、余裕のある組もある。
その中でもリルムや、ニーナに絡んだ大男がいるパーティ、『獣王の爪』はまだまだ余力を残していそうだ。
リルムだけではなく、『獣王の爪』もこちらに気付いているようだが、特に接触して来ようとはしなかった。
ただし感じる神力からは、敵対心がヒシヒシと伝わって来る。
彼らとも、いずれは戦うかもしれないと思いながら、ひとまずは今後の展開を聞かなければならない。
僕の内心が伝わった訳ではないだろうが、様子を窺っていた姫様が声を発した。
『皆さん、お疲れ様でした。 これにて一次審査は終了です。 続いて、二次審査を始めます』
姫様の言葉を聞いた審査官たち数名が、会場の中心部に集まった。
何が起きるのかと興味深く見ていると、協力して発動させた土魔法によって、四角いステージが地面からせり上がる。
聖痕者でなければ魔法は大した力を発揮出来ないものの、こうした作業に用いられることは多い。
このステージが何に使われるのか聞いていないが、おおよその見当は付く。
『二次審査と言いましたが、実質的には最終審査です。 内容は、残ったパーティ20組によるトーナメント戦です。 組み合わせは、こちらで決めます』
もう最終審査か。
どちらかと言うと、予選と本戦と言う感じかもしれない。
となると、優勝者が同行出来るのだろうか?
『勝ち上がれば勝ち上がるほど評価は上がりますが、途中で負けても同行を許可する場合はあります。 なので、最後まで諦めないで下さいね』
微笑を浮かべる姫様。
可愛らしいが、発言内容には疑問を残すな。
断言は出来ないが、結局のところ優勝しなければならない気がする。
どの道、僕は誰にも負ける気はない。
ニーナとも約束したしな。
僕が気を引き締め直している間にも作業は進み、ステージが見事に整備された。
尚、失格した参加者はどうするのかと思ったが、最後まで見届けるらしい。
最終的に誰が選ばれるか、気になるのだろう。
すると、巨大なガラスの映像が分割され、左側に姫様の姿、右側にトーナメント表が映し出された。
それによると――
『第1試合は、シオン=ホワイトさん対リルム=ベネットさんです』
と言うことだ。
姫様の言葉を聞いた途端に、会場が騒めいた。
何事かと思った僕は、それとなく耳を傾けてみる。
「リルム=ベネットって、『
「驚いたね。 魔道具マニアで、普段は工房で研究ばかりしてるって話だったのに」
「かなり変人って噂もあるよね。 俗世間には極力関わらなくて、興味があることしか見えてないとか」
「でも、あいつが開発した魔道具って山ほどあるよな。 本人は見たことねぇけどよ」
「それより、個人名で紹介されたってことは、ソロ参加ってことですよね? 相手のシオン=ホワイトもそうですけど、たった1人で一次審査を突破するなんて……」
どうやら、リルムは有名人らしい。
魔道具マニアで変人と言うのが気になるが、一旦棚上げしよう。
とにかく今は、彼女に勝つことだけを考えなければならない。
そうして戦意を高めていると、ステージに立った審査官が魔道具を使って、全員に声を届けた。
『第1試合を始める。 シオン=ホワイト及びリルム=ベネット、ステージ上へ』
指示に従ってステージに上がった僕の前で、リルムが不敵な笑みを湛えながら腕を組む。
同時にトーナメント表の画面が切り替わり、僕と彼女の情報が映し出された。
同年代だとは思っていたが、彼女も17歳で全くの同い年。
体重の欄には「ひ・み・つ」と書かれており、良くあれで受付してもらえたものだと呆れた。
胸中で僕が、何とも言い難い感情を抱いていると、周囲が別の意味で騒がしくなっている。
「おい! 2人とも可愛過ぎねぇか!?」
「あたし知ってる! シオン=ホワイトって、最近街で噂になってる子だ!」
「あの『攻魔士』の女の子、『紅蓮の魔女』だったのかよッ! 道理で強い訳だぜ……」
「こんな美少女対決、中々拝めない……って、男ぉ!?」
「はぁ? そんな訳……えぇ!?」
「嘘だろ……? 書き間違いか表示ミスじゃねぇのか……?」
「ぜ、絶対そうだよ! そうに決まってるよ!」
好き勝手に言われているが、何も間違っていない。
審査官ですら困惑していたようだが、その時間は長くなかった。
すぐに意識を切り替えたようで、今は平然とした表情になっている。
一応、流石と言っておこうか。
対するリルムは無反応で、ギャラリーの声など聞こえていないかのようだ。
少しばかり意外感を覚えた僕は、興味本位で尋ねてみた。
「キミは驚かないんだな」
「ん? 何の話?」
「いや、大抵の人は僕が男だと知って驚くか、そもそも信じてくれないんだ」
「あー。 まぁ、驚いたと言えば驚いたわよ。 でも別に、大騒ぎするようなことじゃないわね。 あたしにとって、シオンはシオンだし」
「……良い子だな、キミは」
「な、何よ突然。 褒めたって、手加減しないからね?」
「わかっている。 だが、僕にも譲れないものがあるんだ」
「上等よ。 さぁ、始めましょうか」
獰猛な笑みを浮かべたリルムが、横目で審査官を促す。
相変わらずマイペースではあるが、今回は僕も賛成だ。
僕からも目を向けられた審査官は、1つ大きく咳払いしてから、手に持った魔道具に向かって声を発する。
『審査官のミゲルだ。 ここからは、わたしが審判と進行を務める』
先ほども使っていたが、あの魔道具には声を大きくする効果があるようだ。
ミゲルと名乗った審査官は30代半ばほどの男性で、着ている鎧や飾っている勲章から、王国軍でも高い身分だと察せられる。
大事な選別審査大会の審判まで任されるのだから、それは恐らく間違いない。
身体能力はさほど高くなさそうだが、感じる神力は研ぎ澄まされており、一流の『攻魔士』か『治癒士』、あるいは『付与士』ではないだろうか。
下手をすれば、リルムを除くどの参加者よりも優れた使い手だが、今は関係ない。
そう結論を下していると、ミゲル審査官が続きの言葉を述べた。
『基本的なルールは同じで、魔道具が赤く光ったら失格だ。 また、ステージ外に出ても失格となる。 空中なら許されるが、地面に触れた時点でアウトだ。 そして、先に相手を全員失格にさせたパーティの勝利となる。 ただし、パーティが勝利した場合でも、失格した者はそれ以降の試合に出られない。 以上だ』
なるほど、確かに大きな変更点はないな。
気を付けることがあるとすれば、場外に出ないように立ち回るくらいだろう。
内容を咀嚼していると、僕とリルムを順に見たミゲル審査官が口を開いた。
『質問などはなさそうだな。 では、両者ともに開始線まで下がれ』
指示された僕たちは互いに距離を取り、それぞれ戦闘準備を整える。
僕は右手に白の直剣を握り、リルムは神力を高め、強大な魔力を生み出した。
これは……今まで、実力を隠していたのか。
出会ったときは勿論のこと、選別審査大会が始まってからも、これほどではなかったからな。
彼女の迫力に飲まれたギャラリーたちは、完全に腰が引けている。
ミゲル審査官も固い面持ちを作りながら、役目を全うするべく右手を挙げた。
そして遂に――
『試合……始め!』
戦いの火蓋が切られる。
瞬間、【身体強化】によって上昇した速度にものを言わせ、リルムに肉薄した。
だが、それを見越していた彼女は、後方に飛び退りながら右手を前に突き出し、魔法を発動する。
「行くわよ!」
大気を焼きつつ物凄い速さで飛来する、握り拳より2回りは大きい火の玉。
初対面のときに放たれた火魔法……【
しかし、その威力や速度は比べ物にならず、当たれば火傷では済まない。
それでも、僕にとってはどうと言うこともなく、容易に直剣で斬り飛ばす。
ところが――
「それそれそれそれ!」
止めどなく撃ち出される、膨大な数の【火球】。
【火球】は初級魔法に分類され、『攻魔士』ならほとんどの者が使用可能。
ただし詠唱を破棄した上で、これだけ練度が高く、尚且つ連続で撃てる者はそういないだろう。
その上、リルムの【火球】にはアレンジが加えられていた。
本来は直線状に飛ぶ火の玉が、回避した僕を追尾する。
流石に必中ではないものの、避けるのが難しくなっているのは間違いない。
このような芸当が可能なのは、彼女が【火球】と言う魔法を本質から理解しているからであり、それを分解、再構成した結果だ。
言動は少々あれだが、リルムは紛れもない天才。
もっとも、この事実を正確に認識出来ている者が、ここにどれだけいるか疑問だが。
1発でやられることはないとしても、1度の被弾を切っ掛けに、押し込まれる可能性は充分にある。
そのことを思えば、いきなり正念場だな。
全ての【火球】を斬り裂き、避け、決して当てさせはしない。
だが、守りを固めているせいで前に出るチャンスが作れず、膠着状態に陥ってしまっている。
ギャラリーたちは、いつまで続くのかと戸惑っていたが、僕としても望ましくない。
ここで神力を大量消費してしまえば、後の試合に響くかもしれないからだ。
その思いはリルムも同じらしく、暫く時間が経過すると遂に痺れを切らす。
「もう、しつこいわね! そろそろ当たっても良いじゃない!」
「お断りだ」
「む~! じゃあ、これならどう!? 【
叫ぶように紡がれた力ある言葉に応えて、火の精霊がリルムに力を貸し、僕を中心に魔力が膨れ上がった。
不味い。
頭がそう考えるよりも先に、高く跳躍する。
その直後、先ほどまで僕がいた地点を中心に、大爆発が起こった。
ステージを半球状に抉るほどの威力で、生身で受けたら肉片も残らないレベル。
火属性の中級魔法、【爆裂炎】。
無詠唱ではなかったものの、これを魔法名だけで発動する簡易詠唱で使えるとは……。
通常この魔法は近辺に炎を撒き散らすはずだが、その様子はなかった。
恐らく、【火球】同様にアレンジしている。
撒き散らす炎を爆発のエネルギーに変換することで、威力を上げているようだ。
またしても彼女の才能の片鱗を見たが、そのような場合じゃないな。
今、僕の体は空中にある。
著しく行動を制限されているこの状況では、【火球】の連射を捌き切れない。
そう考えたのは僕だけではなく、リルムは勝利を確信した笑みを浮かべている。
やはり、このままで勝てるほど、彼女は温い相手ではなかった。
出来れば使わずに終わらせたかったが、やむを得ない。
覚悟を固めた僕は神力を収束させ――
「な……!?」
左手に、もう1本の直剣を生成した。
通常の『剣技士』ではあり得ない事象を前にリルムは、目を皿のように丸くしている。
しかし、すぐに立ち直った彼女は歯を食い縛り、【火球】を乱れ撃った。
これまでで最大の数が襲い掛かって来たが、今の僕なら問題ない。
両手の直剣を駆使して全ての【火球】を防ぎ、着地すると同時に全力で駆けながら、尚も殺到する火の玉を斬り裂く。
リルムは愚直に【火球】を繰り出し続けていたが、どう足掻いても僕を止めることは出来ないと悟ったらしい。
悔しそうに顔を歪ませた彼女が選んだのは、再びの【爆裂炎】。
1発目よりも注がれた魔力は多く、ステージを丸ごと吹き飛ばせる威力が込められている。
なるほど、自分も巻き込む危険を冒して、相打ちに持ち込む算段か。
最後まで諦めない姿勢は立派だが……付き合うつもりはない。
疾走を続けながら僕は、左手の直剣を矢の如くリルムに投げ放つ。
虚を突かれた彼女は慌ててステージに身を投げ、辛うじて避けることに成功した。
だが、その代償として溜めていた魔力が霧散し、【爆裂炎】が不発に終わる。
その時点で敗北を悟った様子のリルムは、立ち上がりながら苦笑を漏らし、僕は――
「勝負あったな」
「……そうね」
眼前に剣先を突き付けた。
負けを受け入れた彼女は大きく溜息をついたものの、どことなく晴れやかな表情を浮かべている。
あとは僕が止めを刺し、試合を終わらせるだけだが――
「何してんの? 早く斬りなさいよ」
なんとなく、躊躇ってしまった。
そんな僕をリルムは、怪訝そうに見つめている。
いったい何をしているんだ、僕は……。
斬ったところで死ぬ訳じゃないし、実際に他の参加者は何人も斬った。
彼女だけ特別扱いする理由はない。
頭ではそう思いながら、どうしても気乗りしない僕は、リルムに頼むことにした。
「すまないが、場外に出てくれないか?」
「え? なんでよ?」
「……キミを斬りたくない」
「……は?」
「おかしなことを言っているのは、重々承知だ。 それでも、言う通りにして欲しい」
僕の願いを聞いたリルムは目をパチクリとさせていたが、次いでニヤニヤ笑い出した。
嫌な予感がする……。
そして、その予感は現実となった。
「え~? どうしよっかな~。 あたし、負けたくないし~」
「さっき、負けを認めていたじゃないか」
「さっきはさっき、今は今よ。 相手にトドメを刺す気がないなら、いくらでも挽回出来るじゃない」
「……その通りだ」
「でしょ? つまり、やろうと思えば大逆転出来るの。 それなのに、自分から負けるなんてやだな~」
「……望みはなんだ?」
「あ、やっぱりあんた、話が早くて良いわね。 そう言う人、好きよ」
「有難う。 それで、望みは?」
「もう、こんな美少女に好きって言われたんだから、もっと嬉しそうにしなさいよ」
「そう言われてもな、あまり時間を掛ける訳には行かない」
「そうだけど……。 はぁ、仕方ないわね。 取り敢えず、それに関して教えてくれるなら今回は譲ってあげる」
そう言ってリルムが指差したのは、僕の両手に握られた――左手の方は再生成した――直剣。
まぁ、好奇心旺盛な彼女が、見逃すはずがないな。
どの道、これに関しては話すことになるだろうから、特に問題はない。
話さないで済むなら、その方が良かったが。
「わかった、少し待っていてくれ」
「えー? 今すぐ知りたいんだけど?」
「二度手間は面倒だから、我慢して欲しい」
「……あぁ、そう言うことね。 うーん、それなら別のことを聞けば良かったかしら」
「変更は却下だ。 恨むなら、興味に一直線だった自分を恨むんだな」
「むぅ、意地悪ね。 わかったわよ。 その代わり、絶対約束は守りなさいよ?」
「あぁ、任せろ」
「よろしい。 じゃあね」
満足そうに笑ったリルムは踵を返し、ステージの外に向かう。
しかし、急に足を止めたかと思うと、顔だけで振り向いて声を発した。
「斬りたくないって言ってくれたの、嬉しかった」
少しだけ恥ずかしそうに言った彼女は、返事を聞かずに場外に跳び下りた。
僕としても、何と答えたら良いかわからないので、正直助かる。
こうして僕たちの試合は、奇妙な形で決着が付いた。
周囲の参加者たちは唖然としており、ミゲル審査官も固まっている。
しかし僕の視線に気付くと、プライドからか、それを感じさせないように振る舞って、声を絞り出した。
『し、勝者、シオン=ホワイト』
勝ちが確定した段階になって、僕は戦闘態勢を解いた。
静まり返っている会場を眺めて、やり過ぎたかと少し反省しつつ、もうあと戻りは出来ない。
何かを言われる前にその場を立ち去ろうとしたが、やはりと言うべきか、そう都合良くは行かなかった。
「ま、待て、シオン=ホワイト!」
魔道具の出力を切って、地声で呼び掛けて来るミゲル審査官。
面倒に思った僕は溜息を堪えながら、大人しく振り向いた。
「何でしょうか?」
「何ではない! 今のはどう言うことだ!? 説明しろ!」
「今のと言うのは、何のことでしょうか?」
「とぼけるな! 2本の剣を使う『剣技士』など、見たことも聞いたこともない! 何か秘密があるのだろう!?」
問い質したくなる気持ちは、わからなくもない。
とは言え、この人が満足しそうな答えは持ち合わせていないのだが。
何にせよ予想通りの展開になったので、いつの間にかステージに戻って来ていたリルムを手招きする。
それを受けた彼女は嬉しそうに駆け寄り、ミゲル審査官は困惑していた。
しかし、機先を制して文句を封じる。
「秘密と言う訳ではありませんが、一応の理由ならあります」
「理由?」
明らかにミゲル審査官は、不審がっている。
対するリルムは、ワクワクしているのを隠そうともせず、続きの言葉を待っていた。
そんな彼女に苦笑しそうになったが、ここは真面目なふりをしよう。
「はい。 どうやら僕の聖痕にイレギュラーが起きて、先ほどのようなことが可能になったらしいです。 その代わり盾を使えないので、完全な上位互換とは言えません」
「イレギュラーだと……? そんな話、誰が信じると思っているんだ? 本当は不正をしたのだろう?」
「いやいや。 すぐに信じられないのは理解出来るけど、だからっていきなり不正もないでしょ。 逆に、何をどうすればあんなこと出来るってのよ?」
「う、うるさい、敗者が口を挟むな! と、とにかく! シオン=ホワイト、貴様は失格だ! 直ちに出て行け!」
困ったな。
リルムが援護してくれたが、どうにもこの人とは冷静な話し合いが出来そうにない。
しかし、審査官に失格と言われてしまっては、ここまでだろう。
無念ではあるが、今回は諦めて――
『待って下さい』
ミゲル審査官の持つ魔道具を通じて、姫様の声が聞こえた。
立ち去ろうとしていた僕は足を止め、ミゲル審査官は目を見開いている。
リルムはこの展開を面白がっているのか、ニヤリと笑っていた。
すると、どこからか僕たちを見ているのか、姫様が淡々と声を発した。
『ミゲル審査官、その方の失格を取り消して下さい』
「ソ、ソフィア様!? しかし……」
『2度は言いませんよ?』
「……かしこまりました」
『結構です。 シオン=ホワイトさん』
「はい、姫様」
『貴方の【身体強化】、本当に素晴らしいです。 神力を完璧に制御していて、美しくすらありました』
「恐れ入ります」
『貴方の強さは、2本の剣が使えるからなどではありません。 次の試合も楽しみにしています』
言いたいことを言い終えたのか、姫様からの通信が切れた。
ひとまず、助かったと見て良いんだろうか?
苦々しい面持ちのミゲル審査官に目を向けると、心底不愉快そうに口を開いた。
「ふん、ソフィア様の恩情に感謝するんだな。 呼ばれるまで下で待っていろ」
「わかりました」
一言で返事した僕は、サッサとその場をあとにした。
これ以上関わって、余計に機嫌を損なわせるのは得策じゃない。
もっとも、既に嫌われてしまったようだが。
背中にミゲル審査官の鋭い視線を感じながら、ステージを下りる。
主にリルムによってステージが損傷したので、修復作業に入るようだ。
すると、僕に付いて来たリルムが、楽しそうに声を掛けて来た。
「良かったわね、お姫様が話のわかる人で」
「まったくだな。 本音を言えば、半ば以上諦めていた。 それはそうと、キミは信じてくれたのか?」
「イレギュラーのこと?」
「そうだ。 自分で言っておいて何だが、証拠はないからな」
「まぁね。 だから、今回も半信半疑かしら」
「半分は信じてくれるのか」
「うん。 だって聖痕に限らず、何にでもイレギュラーって起こるもんだし。 それより今は、他のことが気になってるのよね」
「他のこと? それは何だ?」
隣に立つリルムに問を投げると、彼女は意地悪そうな笑みで言い切った。
「あんたの本当の実力よ。 あたしとの試合、手を抜いたでしょ?」
「そんなつもりはない」
「でも、明らかに底は見せてないわよね? 勘だけど」
「勘にしては、はっきり言うんだな」
「別に、責めてるんじゃないのよ? 本気にさせられなかった、あたしが悪いんだし」
「それを言うなら、キミこそ全力じゃなかっただろう?」
「あたし? どうしてそう思うの?」
「使った魔法が2つだけだったのも気になるが、【爆裂炎】をもっと上手く使えば、僕の足場だけを消し飛ばすことも出来たはずだ。 そうすれば、僕は場外に出て失格になっていた」
「簡単に言ってくれるけど、【爆裂炎】ってコントロールが難しいのよ? そんなに上手く行かなかったと思うけど」
「それでも、キミなら出来たと思う」
「……根拠はあるの?」
「勘だ」
「あっそ」
それっきり、リルムは口を閉ざした。
そんなに言いたくないんだろうか。
だとしたら、これ以上しつこくするつもりはない。
そう考えた僕は、そのことを伝えようとしたが、寸前にリルムがポツリと声を落とした。
「そんな方法で試合に勝っても、あんたを倒したとは言えないでしょ?」
「ルールを活用するのも、立派な戦法だと思うが」
「あたしは納得出来ないわね。 どっちにしろ、あんたには通用しなかった気がするし」
「さぁ、どうだろうな」
「否定はしないんだ」
「少なくとも、何かしらの対処はしたに違いない。 成功するかは別問題として」
「ふーん、成功するかは別問題……ね。 まぁ、そう言うことにしておいてあげる」
僕のあやふやな返答が、リルムは気に入らないようだ。
そのことに苦笑しかけながら、誤魔化すように別の話題を持ち出す。
「そう言えば朝から気になっていたが、その本は何だ? ただの飾りと言う訳じゃないだろう?」
「教えない」
「そうか」
「……普通、もうちょっと粘らない?」
「僕も散々答えをはぐらかしているからな、こちらだけ要求する訳には行かない」
「誠実なんだか不誠実なんだか、良くわかんないわね……。 まぁ、良いわ。 特別に少しだけ教えてあげる」
「良いのか?」
「こう言うのは全く知らないよりちょっと知ってる方が、いろいろ考えてモヤモヤするもんなのよ。 あんたも、その気持ちを味わいなさい」
ニンマリと笑いながら、そんなことをのたまうリルム。
今後こそ苦笑した僕だが、お言葉に甘えて教えてもらおう。
「じゃあ、よろしく頼む」
「オーケー。 この本は、
「わかった。 もう良い、有難う」
「あら、そう? もう少しくらいなら、教えてあげても良いけど」
「いや、充分だ。 それより、そろそろステージの整備が終わりそうだから、試合を観よう」
少しとはいったい。
放っておいたら、いつまでも語り続ける勢いだ。
魔導書に興味はあるとは言え、今は選別審査大会に集中するべきだろう。
僕の気持ちが伝わったか定かではないが、リルムも大人しくステージ上に目を向けた。
「そうね。 あ、さっきも言ったようにあんたの強さが気になるから、暫く観察させてもらうけど良いわよね?」
「駄目と言ってもするんだろう?」
「わかってるじゃない。 あと、あたしに勝ったんだから、優勝しないとただじゃおかないわよ」
「言われるまでもなく、初めからそのつもりだ」
「強気なところも好きよ。 さて、次の相手は誰かしらね」
「戦うのは僕だぞ?」
「わかってるわよ」
その後は2人並んで、試合についてあれこれ話しながら観戦した。
リルムとは今朝会ったばかりにもかかわらず、随分と打ち解けたように感じる。
僕に友だちはいなかったが、彼女に対する気持ちはそれに近い気がした。
向こうは僕のことを、研究対象くらいにしか思っていないかもしれないが。
そんなことを思っている間にも試合は進行し、選別審査大会は終わりに近付いて行った。
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