破滅の魔女はとんでもないモノを作りやがりました。それは、殺戮兵器と化した少年です

餅わらび

プロローグ

解放

満月の夜。青白い月明かりが真夜中の村を静かに照らす。


森林が近くに広がるこの村には、森林に住む魔物の脅威にいち早く気付くための物見櫓ものみやぐらが建っている。

しかしこの瞬間、深夜ということもあって物見櫓の見張り番は立ったまま寝てしまっていた。

だから気づくことができない。

1つの脅威が村に足を踏み入れたことに。


* * *


「さて、生命反応は…43。いや、44かしら」


黒いローブを身に纏いフードを深く被った女が1人、1本の杖を地面に突きながら村の貧相な門をくぐる。ちらりと物見櫓に目をやれば、そこに立つ男は体を揺らしながら寝ていることが確認できた。


女の握る杖は複数の木の枝を捻って束ねたような形をしている。女はそれを見張り番の男の方に向け、呟く。


「騒がれると面倒だから、まずはあなたね。

永遠に眠っていなさい。死よネヴュラ


女が呪文を唱えた直後、杖の先が黒く輝く。

次の瞬間、見張り番の男は音もなくその場に崩れ落ちた。


「ふん。じゃあ、始めるとしましょう」


女は何事もなかったかのように、改めて村の様子を見渡した。

乱立する木造の家々。ボロボロの井戸。そして石造りの小さな教会。

女は村人たちがそれぞれの家で寝ていることを確信し、行動を開始した。


煉獄の炎よ、灼熱の光よヴィアヴィステ•ファラティスナシア——」


女は愉快そうに呪文を唱えながら、村の中をゆったりした足取りで進んで行く。

やがてその視界に複数の家を捉えた彼女は、杖を横一線に一振り。


「——今、ここにネヌ•バースタ!」


瞬間、5つの家が爆ぜ、炎の柱が立ち昇る。

爆発音を轟かせながら白く輝く炎の柱は村一帯を明るく照らし、女はその光景を見て嗤いを溢した。


「ふふっ、15、16。残り28ね」


一瞬にして数多くの命を刈り取った彼女は、一切の躊躇いもなく村を進み続ける。


「ボン、ボン、ボン」


次いで3つの家を焼き尽くしたところで、女はようやく立ち止まった。

爆発音で目を覚まし、武器を手に取り外に出て来た村人たちが彼女を取り囲んだのだ。


「あら〜、随分と遅い登場ね。お仲間はもう半分以上死んでしまったけれど?」

「…くそっ、邪悪な魔女めが!これ以上好きにはさせんぞ!」

「ふふ、それはどうかしら。とても貴方達が私に勝てるとは思えないわ〜」

「ほざけ!…お前たち!行くぞ!!」


屈強な男が片手斧を振り上げながら女に向かって走る。

何人もの男たちが彼に続いて女に迫った。

全方位からの攻撃だ。

槍が、斧が、クワが、剣が。種々の武器が女に振り翳され——


「うふふ」


——しかし、彼女は焦る様子もなくフードの下で不敵に笑った。


彼女は即座に杖を地面に突き立てる。


地を這い燃やし尽くせバルディス•ヴィヒテ

「「「ぐぁぁああぁぁっ!!!」」」


女が呪文を唱えた直後、彼女の杖を中心にして同心円状に炎が噴き広がった。

それは一瞬にして村人たちを焼き尽くし、彼らは為す術なく黒焦げの死体と化した。


「ふっ」


女が杖を一振りすると炎が消え去る。

そして彼女はローブについた埃を払い、死体には目もくれず再び歩き始めた。


「さて、戦いに出たのは男だけ。女は家に残っているようね。あそこと、あそこと…あそこもかしら」


人を殺すことに何の躊躇いも抱かない彼女は、女子供が怯えながら隠れている家に狙いを定め、連続で魔法を放った。


「ボン、ボン、ボーン」


3つの家が爆発し、灼熱の柱が天に昇る。


「はーい、お掃除完了〜」


行動開始から10分と立たずに殺戮を終えた彼女は、メキメキと音を立てながら倒壊する家の横を通り過ぎながらフードを外した。

すると、フードの下からウェーブのかかった長い銀髪が現れた。


「ふぅ、少し暑いわね」


そのまま彼女は石造りの教会に向かう。

唯一この村で無傷の建物だ。

理由は単純。彼女の目的がこの場所にあるからである。


女は教会の扉を開けて中に入った。

縦長の部屋の奥には女神の銅像が鎮座し、そらにその背後にはもう1つ扉がある。

女はその扉のもとに向かい、扉についた2つの鍵を杖で叩き壊した。そして彼女は中に入る。


「さて、この下ね…」


扉の先は下に続く階段だった。ここからでは終わりが見えないほどずっと下まで伸びる階段だ。

光源もなく真っ暗だったので、女は小さな炎を杖の先に発現させ、それを光源として階段を進む。


カツン、カツンと杖が階段を突く音が響く。

こだまするその響き方からして、この空間がそれだけ広いということを察することが出来た。


そうして階段を下り続けること数分。

女はようやく目的地に着いた。


階段の最奥、そこには10メートル四方の広い空間が広がっていた。

しかし、このような地下にあるのだ。無論、ただの空間ではない。天井から伸びる鉄格子がこの空間と階段とを断絶している。

そう、ここは牢獄なのだ。


では、どのような者が捕えられているのか。

女は鉄格子越しに幽閉されている人物に声をかけた。


「あなた、意識はあるかしら?」

「…………だ、れ?」

「良かった。生きているのね」


この牢獄に囚われいる人物。それは1人の少年だった。

裸で、両手両足にかせをつけられ、ベッドも椅子も何1つない石の部屋に閉じ込められている。 

女の目的はまさにそこにいる少年であった。


「よく聞きなさい」


女が語気を強めてそう言うと、少年は力なくその顔を彼女に向け、汚れた赤髪の隙間から光の失われた赤い両目を覗かせた。


「今からあなたを助けてあげるわ。その代わり、あなたは私と一緒に来るの。いい?」

「……たすけ、て……くれる、の…?」

「ええ。助けてあげるわ。私にはそれができるの」

「……じゃあ、たす……けて……」


少年は掠れた声で縋るように女に願った。

その様子に満足した女は、右腕を鉄格子の隙間から差し込む。


「頑張ってこっちに来てちょうだい。私があなたに触れられる所まで」

「わかった……」


少年は足枷に縛られつつも何とか立ち上がり、足を擦り動かして女の手の届く所に辿り着いた。


「大変なのに頑張ったわね。じゃ、行きましょう。転移ガルト


次の瞬間、2人はこの場から跡形もなく消え去った。

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