エスケープ・シネマゲーム
熊谷聖
第一章 シネマ・トラップ
第1話 リアル脱出ゲーム開始
映画館という世界は初めてだった。子供にとってその空間は特別な空間だった。広い空間、どこよりも暗い内装、大きなスクリーン、ふかふかの席。そして大きな音が出る音響装置。
子供にとっては映画館の大きな音は少し心臓に悪かった。皆、基本的に耳を抑えたりしてびっくりしないようにしていた。かくいう自分もいきなりあの大音量で爆発音など出された時には身体を上下に揺らしてしまうほどだった。
その日の映画は子供向けアニメの映画。付き添いで来ていた大人達は日頃の疲れを癒す為かつまらないからか、始まって数十分で眠りについていた。映画館とはある意味最高の託児所のような所なのかもしれない。扉は締め切られ、外にはスタッフがいて、子供が基本外に出る心配はない。その子供は今、目の前で上映されている映画に夢中だ。
だから狙われた。子供の後ろから肩を叩く。子供はゆっくりと後ろを振り向いて、目の前に出された棒付きのキャンディを見る。子供はそれを受け取ると、その人に手招きされて映画館の外に出た。
隣に座っていた親がふと目を覚ました時には、子供の姿はなかった。
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スマホのアラーム音が妬ましく鳴る。神谷あずみはスマホを布団の中から手を出して探し出して画面を見る。突然の明るさに一瞬目が見えなくなったがすぐに順応する。時刻は午前九時。アラーム音を止めると軋む身体に鞭を打って起き上がる。
「昨日の夜勤は地獄だった……」
介護士として働く神谷の職場は慢性的な人手不足だ。介護業界全体にも言えることだが、施設ばかり増やし、入居者も無闇矢鱈に入れたところで現場が回るような人員配置が出来ていないようではその施設は崩壊する。それを分かっているのか分かっていないのか、施設長は職員が辞めても正職員を雇わずパートと日雇いのアルバイトばかり採用してしまう。更には介助度の高い入居者も問答無用で入れまくり、早番早番日勤日勤夜勤なんて事もざらにあった。
ちなみに神谷の今週のシフトは準夜勤二連勤からの急な体調不良者の代わりの夜勤だった。
施設長に届くはずのない愚痴を零しながら今日なにか予定があったか確認する。
「あ、そっか。今日は玲香と会うんだっけ」
友人の篠田玲香との予定を先程まで忘れていたが、頭が冴えてくると徐々に記憶が蘇る。今日は友人と会う約束をしていた。しばらく会っていなかったが、神谷も久しぶりに友人に会えると思うと楽しみだった。篠田からのメッセージを一瞥してから急いで支度を始める。
『久しぶり!元気にしてた?この前会おうって約束してたけどお互い仕事の都合で会えなかったよね。あずみのシフトと私の予定が合いそうだったから勝手に日にち決めちゃったよ。ちょっと行きたい所もあるから早めに集合ね!』
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錦糸町駅に来るのは久々だった。大学までは東京に通っていたのでかなりの頻度で新宿や池袋等に来ていたが、就職してからは大宮駅から先には殆ど行っていなかった。これもろくなシフトを組んでくれない上のせいだ、と考えてから人が足りない中でも考えてシフトを作ってくれているリーダーのことを思い出して、心の中で謝る。
時間は午前十時。平日だからか何となく人が少ないように感じた。駅前のスターバックスで少し時間を潰していると後ろから思い切り肩を叩かれる。
「おい!あずみ返事しろ!」
「わっ!」
身体を大きく震わせて後ろを振り向く。幸いコーヒーはほとんど飲み終わっていたので中身が溢れることはなかった。
「あっぶないな……叩くにしても限度ってもんがあるでしょ……」
「ごめんごめん、でもずっと呼んでたよ?あんまり気が付かないから」
「え、本当に?それはごめん」
篠田玲香は既に注文していたのかオーツミルクラテを片手に神谷の隣に座る。
「いやー、久しぶりだね。大学卒業してからだからもう三年?」
「うん、お互い都合が合わなかったからねぇ」
篠田玲香とは中学からの友人だ。中学と高校の計六年間全て同じクラスであり家が近くという事もあって、普通の親友と呼ぶ関係の中ではかなり親密度は深い方だった。とは言っても、篠田の家族に関しては何も知らないし、姉妹や兄弟がいるのかも知らない。それでも友達として居てくれるだけで神谷にとっては嬉しかった。
神谷の両親は物心つく前に事故で亡くなっており、叔父に引き取られたがそれも長くは続かなかった。その後は資産家の家に養子に引き取られたがそれもただ自分達の介護と一人息子の世話係をやらせる為だけだった。大学は篠田は情報工学部がある大学に、神谷は一応は名門大学と言われる大学に入った。それも資産家の父がいくら養子でも大学は見栄えだけでも良くしとけ、との事で友人だった理事長に金を積んで入学させた。今で言えば裏口入学というやつだったが、神谷自身も特に意義は唱えなかった。
「玲香はシステムエンジニアだっけ?いいねぇ、綺麗なオフィスで働けてんでしょ?」
「ちょっとやめてよ……確かにオフィスは綺麗だし立地もいいけど、エンジニアも夜勤はあるんだよ?夜中にシステムエラーとか起きたら朝までに夜通しで直さなきゃだし、営業とか取引先の無茶な期限を守らなきゃだし。そういう意味ではあずみの介護士とやってる事は変わらないよ」
「こっちは築三十年のボロ施設でやってんだ。一緒にすんな」
普通なら喧嘩に聞こえる会話も二人にとっては喧嘩とは思わない。ただ他愛もない話をしてるだけに過ぎない。もちろん本気で喧嘩したことはあるがいつの間にか忘れて笑いあっている。これが親友という繋がりの強さなのかもしれない。悪態をつきながらも神谷は篠田の少し間抜けな性格に救われていた。
ラテを飲み干すと篠田はスマホを操作しながら話す。
「最近は家族と会ってるの?大学は寮生活って聞いてたし、仕事始めてからも一人暮らしって聞いてたけど」
「そうだなぁ、かれこれ七年近くは会ってないかも」
「え?!そんなに!大丈夫なの?」
篠田の心配を他所に、神谷はどうせ今の家族にとって自分はそこまで重要な存在では無いのだろうと思う。資産家なので金は有り余ってるらしく、有難いことに生活資金をくれることもあるがそれも気まぐれ程度だ。自分達の養子なので下手な死に方されても困るのだろう。有能な息子と家を捨てて出ていった養子に一応は目を向けてはくれている事には感謝している。だが、もう家に帰るつもりはなかった。最悪、養子関係を解消してくれてもいいとも思っていた。
資産家の親っていいなぁー、と話していた篠田はケーキを追加注文して神谷と向き合う。
「この後、何も決めてないよね?」
「うん、ちょっと買い物したいくらいだけど、夜でもいいよ。まぁそれだとあと数時間何するって話だけど」
「ならさ、これなんかどう?いい暇つぶしにならない?」
そう言って見せてきたスマホの画面にはSNSの投稿画面が表示されていた。
『SHOWHOシネマズとクイズSHOCKがタッグを組み、映画館からのリアル脱出ゲームを開催!閉じ込められた映画館から謎を解いて脱出せよ!
無事、脱出に成功したら豪華景品をプレゼント!あなたにこの謎が解けるか……?
このイベントは抽選制度となります。当選者の方にはイベントの一週間前に当選メールをお送りしますのでご確認ください。また一週間以内にメールが届かない場合は落選となります。その際は落選メール等はお送りしませんのでご了承ください』
「え、マジで行くの?」
「だって面白そうじゃん。リアル脱出イベントとか初めてだし、暇つぶしになるじゃん?」
久しぶりに会ったというのに訳の分からない怪しいイベントに行くというのは一体どういう神経しているのかと思うが、思えば篠田は昔から信憑性の低い怪しいものを見つけては何かと試していく癖があった。試しにワンクリック詐欺のサイトに飛んでみたり、大人向けサイトからの身に覚えのない請求に対し、本当に電話して面白半分に話をしてみたりしていた。運良くトラブルに巻き込まれることは無かったが、運というものが本当にあるのならもう使い果たしている気がする。
「くだらない事するならもう帰るよ」
「あー!待って!ちょっと行くだけだから!本当に怪しかったらすぐ帰るから!お願い!」
「……」
「とは言っても、もう二人分で申し込んじゃったし抽選だったけど当たっちゃったし、このイベント込で時間も指定したから逃げようがないというか……えっと…………ご飯とか奢ろうか……」
神谷の冷たい視線に耐えきれず、篠田の自分の首を締める提案を受け入れることにした。正直、そこまでして行く価値があるとは到底思えないが夕飯代が浮くという思わぬ収穫があったので付き合ってみることにした。
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錦糸町駅のスターバックスは北口にあり、篠田の言っていた映画館は南口にあった。イベントの開催時刻は十三時半からだったためそれまで買い物などをして時間を潰した。軽く昼食を済ませると映画館に向かって歩いた。
「そういえばさ、自分から誘っておいてあれだけどよく着いてきてくれたよね。しばらく映画館には近寄らないって思ってた」
「ん?あぁ、まぁ気が向いたからかな。いつまでも引きずってても仕方ないし」
「連れ去られそうになったんだっけ?知らない人に」
「うん……でも正直よく覚えてなくて、本当に起こったことなのかも分からない」
神谷はそれだけ言うと、少し記憶を巡らせる。篠田はこれ以上は追求しても良くないと思ったのか、この話題を口にすることは無かった。
神谷の言う連れ去られそうになった「事件」とは小さい頃のことだと思っている。なぜこうも曖昧なのかは言葉通り「小さい頃」の話であり、もっと言えば「連れ去られそうになったのが自分なのかも分からない」というような状況だからである。なら自分の事のように覚えているはずがないと思うが、何故か「小さい子供が連れ去られそうになっている」という記憶だけは頭に強く残っている。神谷自身、連れ去られそうになった覚えはないのだが自分のこととして記憶に残っていると言うことは、自分は連れ去られそうになったのだろう、と言い聞かせている。
自分に関係あるにしろ無いにしろ、それが原因で映画館にはあまり近寄りたくないという拒絶反応が出ていたのは事実だった。堂々巡りの様な思考を繰り返していると頭がおかしくなりそうだったので、思い出すのはやめる。
映画館があるショッピングモールに入ると、大きなメインフロアの壁に上映される映画のポスターがずらりと横一列に貼られていた。映画館はどこにあるのか分からなかったのでフロアマップを見るとやはり四階、ショッピングモールの最上階にあった。エスカレーターを乗り継ぎしながら篠田は呟く。
「何で映画館ってこういうショッピングモールとか商業施設だと大体最上階にあるんだろうね。ポスターが一階にあるのに観るのは最上階……何か疲れない?」
「映画館だけが目的でも最上階にあると必然的に他フロアを通らなきゃいけない。その間に色んな店が目に入って『せっかく来たから帰りにあそこの店寄っていこう』ってなりやすいから……?」
所謂シャワー効果というやつだが、建築上の問題とかもあるのだろう。 他愛もない会話をしていると、篠田は三階でエスカレーターを降りる。
「映画館はもう一個上だよ?」
「映画館に入るためのチケットがもう用意されてるんだって。イベントに申し込んでお金も払ってあるのにその上チケット代込じゃないってのはちょっと詐欺じゃない?」
「詐欺なのかは分からないけど……じゃあチケットはどうするの?」
その疑問に答えるようにメールの画面を見せてくる。
『篠田玲香様
SHOWHOシネマズリアル脱出イベントの当選おめでとうございます。当日についてご説明します。
当日、指定映画館があるショッピングモールの三階フロア、トイレ横のコインロッカー内に当選者の皆様のチケットが入っています。メールに記載された座席番号と合致するチケットをロッカーから取り、時間になりましたら映画館にお入りください。
チケットをお取りになりましたら、ロッカーはしっかりと閉めてください。
それでは、当日はお楽しみください。
座席番号
K-14
K-15
問い合わせ
株式会社ホワイトアウト』
そこはかとなく怪しい雰囲気を改めて感じるが、この篠田玲香という友人はもう後に引くつもりはないのだろう。それにしても抽選制のイベントでショッピングモールのロッカーにチケットを用意しておくとはかなり危険な橋を渡っている気がする。もしショッピングモール側の人間がいつまでも使われ続けているロッカーの中に映画館のチケットが入っていたら怪しく思うに決まってる。何よりそれで開けられてチケットを処分されたらイベントどころじゃない。
「今どき電子チケットでしょ。わざわざチケットをロッカーに入れておくなんてめちゃくちゃ怪しいじゃん」
「これもイベントの一環?」
「そんなわけないでしょ」
どこまでも楽観的な篠田について行き目的のロッカーに辿り着く。特に怪しい感じもなく真ん中あたりのロッカーを開けると、チケットを入れるにしては広すぎるロッカー内の真ん中に慎ましくチケットが置かれていた。束になっているチケットの中から指定された座席番号が書かれたチケットを取ると、しっかりとロッカーを閉める。
映画館があるフロアにたどり着くと、神谷はいわれのない不安感に襲われる。
「大丈夫?」
「多分。いや、大丈夫」
過去のことを知っているからか心配してくれている篠田に対し、弱々しい笑顔で返す。そもそも本当に自分の身に起こったことなのかも分からない上に、十数年前の話だろう。大人となった今、そんな訳の分からない不安に襲われているようでは情けなく感じた。
「そういえばイベントの時間って何時?」
「えっと……十三時半だね」
「え?!十分前じゃん!」
腕時計は十三時二十分を示していた。篠田と神谷は急いでシネマ入り口に駆け込み、チケットを係員に見せる。係員はチケットを確認するとチケットを半分切り取り二人を案内する。
「左に曲がっていただいて、一番奥の9番シアターになります」
とりあえず入場はできたので走るのはやめる。篠田はよかったぁ〜、と安堵していたが神谷は何とも言えない違和感を感じていた。
「(急いでてよく見なかったけど、上映案内のモニターに私達が行くイベント名あった?)」
「どうかしたの?」
「え、あ、いや何でもない。早く行こう」
シアター入口には上映している映画のポスターが貼られていた。神谷達が入る9番シアターには何もポスターは貼られていなかった。せめてイベントのポスターくらい貼っておけよ、と思ったが最近はイベント会社も大変なのかもしれない、と謎の納得をしつつシアター内に入る。
その時、シアター入口の前に居たスタッフに声をかけられる。
「リアル脱出イベントにご参加の方ですか?」
「あぁ、はい。二人なんですけど」
「チケットを確認しますね……ありがとうございます。当選者の皆様が揃い次第イベント開始となりますので中でお待ちください。ちなみにイベント中は外への扉は開きませんので……」
「え、マジで閉じ込められるんですか?」
「……という設定です。お楽しみください」
中々メタな発言をするスタッフに苦笑いしながら二人はシアター内に入る。散々文句を言ってきたが、いざここまで来ると中々ワクワクしてくるものだ。脱出イベントで謎解きもあるというし、確かに良い暇つぶしにはなるかもしれない。
「豪華景品ってなんだろうねー」
「まぁあまり期待しない方がいいかも?」
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中に入ると既に何人かが席に座っていた。目の前の大きなスクリーンには、地域の会社のコマーシャルだったり映画館内でのマナーがループ再生されていた。二人は指定された座席に座ると、イベント開始まで少し緊張気味に待つ。
「ねね、これってさ本当に出られなくなったらどうする?」
「そんなわけないでしょ……それやったらリアルすぎるか、運営会社が監禁罪とかで訴えられるよ」
「でもさ、映画館で映画観る時って『避難経路はこちらです』『緊急時には係員の指示に従ってください』とかよく上映前にスクリーンに流れるけど、ああいうの見ると不安になるよね。映画館って意外と閉鎖的な空間だから」
篠田の言葉に確かに、と考える。映画をより楽しんでもらうために光を反射しない幕だったり、黒い塗装だったり、入場口と避難口の二つしか無い重々しい扉だったり。安全面に関しては十分すぎるだろうがもし万が一、映画館の中に閉じ込められたらこれ程不安になる空間もそうそう無いかもしれない。篠田のペースに乗せられて不安を募らせていると、扉が開く音がした。
「あ、最後の人かな」
「え…………」
「あずみ?どうかした?」
「いや、見た目厳ついなと思って。こう言っちゃあれだけどほぼヤンキーか反社にしか見えないよ……」
神谷は入ってきた男に聞こえないように声を潜めて話したつもりだったが、ちょうど男がこちらに向いて目を合せてきた。篠田は悪口言っていたのがバレたか、と冷や冷やするが男はしばらく二人の方を見た後、ヘラッと笑って軽く頭を下げる。
「遅れちゃってすみません。もしかして俺のせいで時間遅れてます?いやぁ、映画館なんて最近来てないから色々迷っちゃって」
「良いから早く席に座ってくださいよ」
神谷達の少し前の席にいた老夫婦の妻の方が男に冷たく言い放つも、男は気にする様子なくヘラヘラしながら席に座る。
男が座るのを見て神谷は周りを見る。自分達以外には七人程の参加者がいた。ただ雰囲気的にイベントに参加するような雰囲気は感じられず、気難しそうな老夫婦やつまらなさそうにしている女性など、このイベントに参加で合っているのかと確認したくなるほどだった。少しすると、館内が暗くなり、スクリーンの幕が上がっていく。
「なんかいよいよって感じだね……ここから何かやるのかな」
「にしてもちょっと何も無さすぎる様な……」
ヒソヒソ話していると、スクリーンに映像が投影される。そして大きなスピーカーから合成音声で作成された女性の声でアナウンスが流された。
『本日は、SHOWHOシネマズとクイズSHOCK主催のリアル脱出イベントにご参加いただきありがとうございます!これから皆さんは提示されるお題に沿って謎を解いてもらいます。この謎を解かない限り映画館からは脱出出来ませんので、ご了承ください』
「へー、意外とちゃんとしてるかも」
「良い暇つぶしになりそうだね」
『制限時間は無制限。謎が解かれない限り永遠に映画館に閉じ込められたままです。非常口と入退場口の二つの出入り口にはそれぞれセンサーと爆弾が仕掛けられており、館内のいくつかの場所にもセンサーと連動した爆弾が仕掛けてあります。途中退出や棄権による退出はお辞めいただくようお願いいたします。万が一、途中退出で扉を開けた場合には爆弾が作動して命の保証は出来ません』
館内の照明が少しずつ暗くなっていく。あまりにも簡素すぎるイベント内容に不安を募らせていく。
『また、外部との連絡手段もイベントに集中していただく為にこちら側で遮断させていただきました。イベント終了まで外部との連絡は出来ません。そしてこのスクリーンでのメッセージは自動再生の為、不明点等は一切受け付けません。何か不明点等がありましたら、皆様自身で何とかしていただくようお願いいたします』
「ちょ、何それ……こんなふざけたイベントないでしょ?!」
「た、確かに……私もそれは思った」
神谷の憤りに篠田も頷いて肯定する。同じようなざわめきが周りからも聞こえた。リアルなイベント、設定にとにかく忠実と考えれば作り込みは凄いと思えるが何故か内容が作り込まれた設定、フィクションのようには思えなかった。しばらくの暗転の後、メッセージが再生された。
『それでは皆様、リアル脱出イベントをスタートいたします。挑戦していただくお題は一つのみ。それは『全員の罪を告白すること』です。この条件が達成されればゲームは成功となり、イベントが終了します。
アナウンスはこれにて終了いたします。皆様、よく考えてお答えください』
無機質な合成音声が、最後の言葉を冷たく言い放つと映像が終わる。それと同時に暗転していた館内に光が戻る。それ以上の運営側からのアクションは無かった。
館内にいる、厳密に言えばイベント参加の為に集まった9番スクリーン内にいる神谷達を含めた数名の客はしばらくの沈黙を貫く。それを破ったのは篠田だった。
「な、なんか凄い本格的でしたね!ほら、爆弾っていう設定もハラハラしませんか?」
「いや、設定にしたって何か不愉快よ。さっさと帰りたい」
篠田の昂りに一人の女性が顔を顰めて返すと、荷物をまとめて席を離れる。その女性が出口に向かう通路に消えたところで、いつまで経っても扉の開閉音がしないことに気がつき、篠田と共に後を追う。
その女性は扉の前で石になったかのように動かないで立っていた。
「あの、どうしました?出ないんですか?」
神谷が恐る恐る問いかけると、女性は神谷の言葉に耳を傾けつつ目線は扉の方に向いたままだった。神谷と篠田も目線の先にある扉に目をやる。
「え……何あれ」
扉にはいくつものレーザーの様な光の線が無造作に張り巡らされており、扉の取っ手の部分には何やら掌サイズの装置のようなものが設置されていた。それを見て神谷は先程流れたアナウンスの内容を思い出す。扉にはセンサーが設置されており、センサーは爆弾と連動していると。
確かに凝っているがさすがに本物の爆弾なわけが無い、ただの設定としてリアルさを出すためにこんな仕掛けをしているのだと言い聞かせる。隣で固まっていた女性が我に返ったかのようにはっ、と動き出す。
「作り込みだけはいいのね。センサーに触れたらスピーカーから爆発音でもするのかしら?」
女性は馬鹿馬鹿しい、といった様子でセンサーに触れることも厭わずに取っ手に手をかける。
その瞬間、スクリーン前の最前列の席の一つが乾いた音を立てて吹き飛んだ。
男性陣のうおっ、という声と女性陣の悲鳴が大きなスクリーン内に響き渡った。扉の前の女性は何が起きたのか分からない様子だったが、すぐに取っ手から手を離した。
神谷と篠田は顔を見合わせる。
「ねぇ、あずみ……爆弾ってマジ?」
「席が吹き飛んだね……そういえば玲香、さっき不吉なこと言ってたよね」
「え、なんか言ったっけ…………もしかして……」
篠田は先程までの自分の言動を思い返しながら、今の状況に合致する言動を思い出す。篠田は『あれ冗談に決まってるよ、まさか本気なわけないでしょ』と言わんばかりの焦り具合で神谷を見る。神谷は篠田の運の尽きを思い知った。
「私たち、本当に映画館に閉じ込められたのかもしれない」
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