第34話「間男と元カノの転落」

「……なるほど、そういうことがあったのか」



 俺は、即座に親父に電話した。

 親父は、冷静だった。

 こういう時は、親父に任せるのが一番いい。

 金で、交渉術で。

 手段は色々だったが、トラブルの類は全部親父がそうやって解決してくれた。



「ああ、そうなんだよ。なあ、なんとかならないか?頼むよ?」

「なんだ、その程度のことか。まあ任せておきなさい。私がもみ消しておこう。こう見えて、かなり色々な方向に顔が効くんだ」



 そうだ、親父は大きな総合病院の院長を務めている。

 いわば、街の王様である。

 大抵のことは、示談で解決できるはず。

 大丈夫だ、どうとでもなる。

 親父が金を握らせればどうということはないのだ。

 塾長も色々と粋がっていたが、あいつの収入が低いのはよく知っている。

 せいぜいで百万も握らせておけば、首輪をつけることが出来るはずだ。



「さて、一応言っておくが、お前はしばらくおとなしくしていろ」

「ああ、わかったよ」



 さすがに、これは俺でもわかる。

 ここでさらに騒ぎを起こせば、親父でも庇いきれなくなる。

 過去に女のことで俺が問題を起こした時も、親父はこうして対処してくれた。

 というか、親父が爺さんに同じことをしてもらっていたらしい。

 好きな女を薬漬けにして強姦、写真を盾に脅迫したんだったか。

 我が父親ながら、恐ろしい。

 まあ、せいぜいで利用させてもらおうかな。



 ◇



「……大丈夫だよね?」



 私は、つい独り言を漏らす。

 夏山先輩は、「塾に行ってくる」と言って出かけていった。

 そして、帰ってきたと思ったら私そっちのけで誰かしらと電話をしていた。

 


「誰なんだろう……」



 誰と電話して、何の話をしているのか、それが知りたい。

 ついさっきまで、彼は浮気していたのだ。

 信じられなかった。

 私を愛していると言いながら浮気だなんて、正気の沙汰ではない。

 だから、私は不安だった。

 夏山先輩が今度こそ本当に、私を捨ててしまうんじゃないかと。

 それが怖かった。

 


「大丈夫、大丈夫だから」



 そう、自分自身に言い聞かせながら、私はそっと夏山先輩に近づき、聞き耳を立てる。



「ああありがとう、塾の連中に関してはさ、示談金をうまく用意しておいてくれ」

「……?」



 示談?

 どういうことだろう。

 もしかして、夏山先輩は私とは全く関係のないところで何かトラブルに巻き込まれているのだろうか。

 まあ私なんかよりずっと顔が広いし、そういうこともあるのかもしれない。

 正直言わせてもらえば、浮気されるよりずっとましだったので私は安心した。



「ねえ、先輩」

「大丈夫だよ、父さん。もう生徒に手を出したり、塾の講師に粉掛けたりしないからさ」

「え……?」



 先輩の口から出た言葉が、想像をはるかに上回る、否、下回るものだったがゆえに私は固まってしまった。

 夏山先輩は私がいることに気付いてないのか、ぺらぺらと喋り続けている。



「ていうかさ、今付き合っている女はいったん全員切ろうかなって思ってるんだよね。面倒くさくなってきたし、人員整理ってやつ?父さんも時々やってるよな」

「…………」


 

 もう言葉が出てこなかった。

 だって、私は、夏山先輩の彼女だ。

 けれど、それに何の意味があるのだろう。

 健五郎の彼女だった時は、その称号に意味があった。

 彼から、愛されて。

 彼は私だけを愛してくれていた。

 夏山先輩は違う。

 私以外にも彼女と呼んでいる人は沢山いて、私はその一人にすぎない。

 先ほどの会話ではバイト先の同僚や生徒にまで手を出しているらしく、いったいどれほどの数になるのか想像すらできない。



「いや、いや……」



 浮気相手の数すら問題ではない。

 だって、今夏山先輩は言ったのだ。

 今付き合っている彼女は、すべて捨てると。

 だったら、それは私自身のことも、きっと例外ではなくて。



「冬美?」



 夏山先輩が、気づけばこちらを向いていた。

 私が茫然としている間に通話は終わっていたらしい。



「おいどうした?もしかしてさっきの通話聞いてたのか?ダメだろ、人の電話を盗み聞きするなんてどういう神経して――」

「私を捨てるんですか?」

「え?あー、いやまあ、正直俺たちさ、一旦距離を置いたほうがいいと思うんだよな。さっきだって、めちゃくちゃショック受けてたし今も顔色悪そうだし」

「捨てるんですよね?」

「いやそれはさ、別に俺だって君のことが嫌いになったわけじゃないよ?たださ、お互いのことを想えばってことじゃん?それがわからないかな?」

「ははっ」



 夏山先輩は口がうまい。

 けれど、今ならわかる。

 きっと夏山先輩の私に対する感情は、健五郎の百分の一にも満たない。

 表面的な部分にばかり目を奪われて、私は何もみえていなかった。



「うわあああああああああああああああああああ!」




 私は、夏山先輩につかみかかった。

 もう何もわからなかった。

 ただ無我夢中で。

 直後、火花が散って、私の意識は暗転した。

 

 

 ◇◇◇


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