【悲劇的な美しさ】三島由紀夫「金閣寺」
金閣寺 (新潮文庫)
三島 由紀夫 (著)
発売日 : 2020/10/28
言わずと知れた日本文学の金字塔。「金閣寺放火事件」という実際の事件をテーマにした小説である。本書を私が手に取った理由は、中村明著『比喩表現辞典』(講談社学術文庫)という本でよく引用がされていて、その洗練された表現に興味を持ったからだ。勉強目的ではじめた読書は、やがて塗り替えられていった。三島の描いた作品世界の濃厚さに取り憑かれてしまったのである。
物語は、吃音を持った主人公の溝口が、金閣寺の美しさに魅せられ、やがて破壊しねばならないと言う意志を持つにいたる様を描く。
吃音から伝えたいことが伝えられず、コミュニケーション不全に陥り、溝口は心の内的世界に安住するようになっていた。また、不能の父と欲の強い母を持ち、その心が形作られてきた。
金閣の美を「やがて灰になる悲劇的な美しさ」として理想化し、しかし、その理想化のせいで現実のものの美しさを否定してしまう。それは彼を不能にさせ、他人に対する攻撃性を育てる。窮地に追い詰められ、そして最後には金閣に火を付ける。その心模様が大きなスケールで描かれている。
巻末の情報によると、本作は連載物だったようで、章ごとの引きが良く、まるでサスペンスドラマを読んでいるかのようであった。
今回読んで、心を虜にさせられたのは、まさに文学の効能である「言葉にできなかったことを言葉にしてもらえた」という感覚が得られたことだ。本書は、事件について書いた本であるが、青春について書いた本でもある。読んでいくうちに、あの日あの時の思い出がいくつも花開いた。溝口が内的世界に篭りがちになるところや相手の悪意ある反応を期待して行動しまうところなど、書き出したらキリがない。
また、興味深いのは溝口のキャラクターが、ドイツの心理学者エーリッヒ・フロムが「悪について」で提唱した「悪」の三要件に当てはまることである。すなわち、「ネクロフィリア的(死的なものへの愛着)」「悪性のナルシシズム」「近親相姦的欲望(集団・帰属からの分離への拒否)」に当てはまるのである。それぞれの詳細な説明はここでは省くが、「当初、実物よりミニチュアの金閣を好んだ」「自分が犯罪を犯し新聞に載るところを想像的に語り聞かせた」「俗世の人間が金閣に来ることを嫌がっていた」といったところにその悪性が垣間見える。暴力を振るい、感銘を受ける瞬間もある。
三島がフロムを読んでいたか、フロムが三島を読んでいたかは知らないが、とにかく、ここにおいて文学と心理学研究との奇跡の一致を目撃した。
重厚な味わいを持った作品であり、読み解くのは容易ではない。ここで偉そうに語っている私も、その真髄に触れたとは言い難い。これからも繰り返し繰り返し読むことになるのだろう。
未読の方には、是非とも一読することをお勧めする。三島の深遠な思想にたどり着くことはできなくても、必ず心のどこかに引っかかりを残していくであろうから。
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