【真実を語るもの】オーウェル「動物農場」

動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)

ジョージ・オーウェル (著), 水戸部功 (イラスト), 山形浩生 (翻訳)

発売日 ‏ : ‎ 2017/1/7


 ジョージ・オーウェルの「動物農場」の存在はあまりにも有名で、その内容が共産主義を寓話的に描いているということはしばしばどこかで目にし、耳にしてきた。だが、その肝心の内容はというといまいち手が伸びず、「よく知らない」というのが現状であった。そんな私に本書を読む動機を与えてくれたのが、2020年のホラー/ブラック・コメディ映画「ザ・ハント」である。

「ハント」は動物農場から「スノーボール」というキャラクターの名前を借りている。「ハント」では、スノーボールの名を冠された女性が、敵対する存在を煙に巻くような暗躍を見せる。いわゆる「無双」状態である。果たして「動物農場」は「ザ・ハント」にどのような影響を与えたのか。それを知りたくて手に取った。まあまあに不純な動機である。


「動物農場」は、動物たちが人間を農場から追い出して、自分たちの農場を作り上げるというストーリーで、動物=社会主義者、人間=資本主義者のメタファーになっている。

 動物たちは種類ごとにさらに細かな役割に分類される。豚=支配者層、犬=秘密警察、羊=盲信者、馬=労働者階級、ロバ=冷笑家、カラス=宗教家、鳥=プロパガンダ機関、人間=資本主義者といった具合に。

 豚は動物たちを支配し、動物たちは豚を信じるのだが⋯⋯。

 高邁な理想を掲げ、人間たちを追い出し、理想郷を手に入れたと思ったら、支配者層に富が偏在し、情報は制限され、秘密警察に一挙手一投足を見張られる、粛清も行われる⋯⋯といった地獄絵図が展開する。

 あろうことか、豚=支配者層は、かつてあれだけ憎悪の対象としていた人間たちと手を組み始める⋯⋯。


 ――といったふうに、革命後からスターリン時代までソビエト連邦の歴史を戯画的に描いている。

 なお、豚の中でも「ナポレオン」というキャラは「スターリン」、「スノーボール」は「トロッキー」をモデルにしていると言われている。

 先述した「ハント」で名前を引用された「スノーボール」は話の最中で失脚し、登場しなくなる。ただ、「あらゆる悪いことはみなスノーボール」が暗躍しているせいという「ナポレオン」の説明のなかでその名が囁かれるだけである。逆に言えば、そこまで暗躍している「スノーボール」はあまりに超人的すぎるので、その設定を逆手に取って「ハント」では最強の女性キャラにその名を関したのだとようやく納得する。


 さて、「ザ・ハント」に対する個人的な興味も解決したし、動物農場のメッセージ性もよくわかった。これにて本稿はおしまい⋯⋯とはならない。そうするにはもったいない。


 動物農場で起こったことは、ソビエトで起こったことを焼き直しただけではない。これは、人間の普遍的な振る舞いについて書いている。

 高邁な理想を掲げた組織/運動がやがて陳腐化し、崩壊するという過程を我々は幾度となく目にしてきたはずである。それは非常に短期間のうちに起こることもあれば、時間をかけて進行中のものもある。

 権力や富の集中、特権階級の誕生⋯⋯集団が生まれるときに副次的に生まれるそういった要素が運動や組織を腐らせる。必ずそうなる。例外はない。人が組織を作ったときに、陥りがちな錯誤・陥穽のカタログとして本作は読まれるべきだと断言しても、言い過ぎではないだろう。


 最後に、本書が出版されるかどうかの憂き目にあったことには触れておかねばなるまい。本書収録の序文やウクライナ語版の序文、役者あとがきなどによれば、「動物農場」は出版を断られ続けたようなのだ。今でこそ、スターリン時代は歴史的な失敗であり、それを避難する書物の出版にストップがかかることはないだろう。

 しかし、「動物農場」が書かれたのは、英露同盟が結ばれ、ドイツ・日本といった共通の敵と戦っている社会情勢の折り。そのような情勢下で、ロシアおよびスターリンに対して批判的になることはときのイギリス社会が許さなかったようなのだ。

 当時は、スターリンを糾弾する行為は、「非常識」だったのである。


 それでも、オーウェルはやってのけた。オーウェルがそこでくじけていたら、我々は「動物農場」を目にする機会がなかったかもしれない。

 真実を語ろうとするものはいつの時代も軽蔑され、「非常識」のそしりを受けることを覚悟しなくてはいけないのである。真実を語るものはオーウェルがしているようにしなくてはいけないのだ。

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