第2話 その名前を呼ぶな!

 しばらくして初期画面をすべて見終え、色々と考えに整理がついた。


 おそらくだが、あのゲームをこのクラスで知っている人は居ないと思う。このクラスの誰に言っても、全員が耳にしたことすら無いと言い切れるぐらいだ。それだけあのゲームは一般的な人気がなかった。


 タイトルは『なんかもう全部盛り込んで馬鹿みたいに遊ぼうぜ?』だ。巫山戯てんのかって思うが、これが面白いんだ。本当に。いやまじで。



 あのゲームはとにかくやることが多くて、逆に言えば出来ないことが少なかった。英雄的な動きをしても良いし、義賊RPで悪い貴族を懲らしめたり、盗賊RPで人攫いとかやってみたりしても良い。

 しかも面白いことに、とある貴族Aを殺したとしたら、今後のイベントにはその貴族Aは出てこなくなった。イベントが馬鹿みたいに大量に用意されているからこそ出来る芸当だ。


 だが、イベントが多い代わりなのか『全部盛り』にはメインのストーリーというものがなく、自分がやりたいようにゲームを遊ぶだけだった。偶発的に起こったイベントをこなしてゲームの世界で頂点を取るって感じ。


 しかも、どんな動きをしても良いのだから頂点を取るのも何でも良かった。


 例えば、薬草の王でも良かったし、無難に剣の王とか。定番で行けば冒険者の王、本当に建国して正真正銘の王になる、なんてのも良いと思う。犯罪チックな立場では、ギャングの王とか裏社会のボスなんて頂点の選択肢もあった。

 楽しみ方が多すぎて、いくつもサブ垢を作ってしまうのだ。課金が必要になってたけど、1つのデータにサブ垢を何個も作れたのもこのゲームの良い所だと俺は思う。



 ただ、どんな頂点を目指すとしても、共通してることが1つだけあった。それは設定の所の、人の数・種族の数・街の数・国の数・魔物の数・魔物の強さは、全て5にした方が良いという事。


 あのゲームはこの設定全てを5にすることで手に入るようになるアイテムとか、行けるようになる場所とかがいくつもあったのでこの設定はマストだった。

 設定毎にサーバーが用意されてはいたけれど、そういう隠し要素から盛り上がっていたサーバーはオール5鯖のみだった。当たり前だね。



 だから今回も俺は全ての設定を5にした。多分この設定は俺にのみあるのだろう。クラスメイト達が設定項目について一切口にしていないから確定でいいと思う。

 そうなると、俺が設定したモードがクラスメイト達全員にも適応されている可能性がある。まぁ少しハードモードになるかも知れないけど、みんな特別な力を貰えるみたいだし大丈夫だと思いたい。将来的には絶対にオール5設定の方が良いんだ。




 なんて感じに楽しめる要素がたくさんあって、確実にあれは神ゲーだった。だから、俺は未だになんであのゲームが人気じゃなかったのかが分からない。


 ちょっと人気がない理由を考えてみるか。


 うーん、ストーリーが無いっていうのはもしかしたら不人気の理由かもしれない。ドラ◯エにしろファイ◯ルファ◯タジーにしろ、ストーリーが面白いっていうのが人気の理由の1つとなっているのだから、そこがないのは少し残念だと思う人も確実に居るだろう。

 他には、イベントが有りすぎるっていうのも問題かも知れない。複雑なイベント発生条件があるものの、至る所にイベントが隠されているせいで「え? いまあの街戦争起こってるんじゃないの? 宝探し行くの?」なんて矛盾が起こったりする。それは確かに……俺も思ってはいた。

 後はフルダイブ型VRMMOゲームだったのも原因かも知れない。フルダイブ型は初期費用が相当掛かる。俺は同年代に比べたら圧倒的に収入が多かったが、普通の学生ではちょっと厳しいだろう。学生が手に入れられる限界の値段だと性能も落ちるから遊べはするものの上位には辿り着けない。



 まぁ考えつくのはそんな所だろうか。

 やっぱ、もっといろんなお店に売ってても良いと思うんだよな。俺だってあれは……あれは……あれ? 俺あれどこで買ったんだっけ?



 いくら考えてみても俺があのゲームをどこで買ったのか、いくらで買ったのかが思い出せなかった。首をひねっても、頭を叩いても思い出せない。


 うーーん、ま、良いか。とにかく、今俺が見ている画面はあのゲームのスタート画面の項目と全く同じってことが重要だ。そうなると気になるのがあれなわけで。


「ありえると思うんだよね」


 だってあのボタンがあるから。


 ワクワクする感情を抑えきれずに、俺は『設定』画面から戻って『続きから』を押す。そうすれば俺の最強のデータが見られ……


『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』


 は?


「おいおいちょっと待てよ」


 俺は大量の時間と金をかけて育成したデータが開けないことに焦り、少しイライラしながら画面を何回もタップした。


『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』

『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』

『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』

『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』

『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』


 何度やっても結果は同じだった。


 嘘だろ……どうすりゃ良いんだよ。あれだけ育てたデータがあるのに初めからやれってか!? 理不尽だろそんなの! 運営! どうにかしてくれよ!


 俺がそんな事を心のなかで願ったからか、単純に時間切れだったからなのか。


「あ……」


 また黒い空が割れて、赤色の不吉な月が顔を覗かせた。そうなれば当然のごとく、ミロカエルも一緒に出てくる。



 それに気づいてクラスメイト全員の顔が固まる。さっきまではキャラメイクやら何やらで少し騒がしかったのに、それが嘘かのように静かになった。


「みんな~キャラメイクは出来たかな? 地球での顔からあんまりかけ離れたものには出来ないけど、美人だったりイケメンだったり、身長伸ばしたりスタイルを良くしたり。少しは良い方に動かせたでしょ~? 異世界は美形が多いからそっちの方が良いと思ってさ! じゃなきゃみんな……ぷぷぷっ」


 ミロカエルがそんな事を言い出す。


 やばい、どうしよう俺まだキャラメイクしてないぞ。今からでも『はじめから』にした方が良いのか? いやでも俺の人生をかけたと言っても過言ではないデータが無駄になってしまう。いやでも日本に居ないならデータとかどうでもいいのか!? でも俺の時間とお金がぁ!


「じゃあだいたいみんな決まってるみたいだし、残り3分であっちの世界に送るね~! 決めてない人は早く決めないと、力無い状態で行くことになるよぅっ!」


 ミロカエルがニヤニヤと笑いながら俺達のことを見てくる。皆が時間がなくて焦っているのを楽しんでいるみたいだ。なんとも悪趣味なやつだ。


 そんな悪趣味なやつが、話は終わりだとばかりに飛ぶのをやめて俺の所にやって来た。やめろ、クラスメイト達の視線が痛いじゃないか。


「君はどんなキャラメイクにしたんだい?」


 ミロカエルが右手の親指と人差指を輪っかにして、俺の板を覗き込んでくる。この感じからしてミロカエルは人の板が見えるらしい。


「これは――ッ! 君、どこであのゲームを手に入れたんだい!?」

「あのゲーム? ……もしかして『全部盛り』の事ですか?」

「しっ! その名前をここで出しちゃ駄目だよ。他の天使が覗き見してるんだ、バレたら連れて行かれる」


 ミロカエルが物理的に俺の口を塞ぐ。

 あのゲームをやってるだけで他の天使に連れて行かれる? ミロカエルがこんなに焦るほどやばいことが起きる? そんなまさかぁ。


 とは思うものの、ミロカエルは額に汗をかいて周囲をキョロキョロと見渡している。どうやら本当にまずいみたいだ。


「……分かった。もう言わない」

「それで良いよ」


 2人して一息つくと、ミロカエルが小声で話し始めた。


「これで僕の登場を1番に見つけたのが君だった理由が分かったよ。あのゲームをやってたなら天使の隠形なんて意味が無いよね」

「そうなんだ?」

「そうだよ」


 なんだか良く分からない理論で良く分からない事を言われる。何から何まで全部意味不明だ。


「一旦あのゲームをどこで手に入れたかは置いておこう。でもそうなると、なんで君は『続きから』を早く選ばないんだい? あのゲームをやり込んでたなら、強いまま再出発できるでしょ」


 ミロカエルが心底不思議そうに囁いてくる。

 という事は、俺のデータが開かないのは仕様じゃなくて本当にバグってことか? 俺もしかして堂々と文句言って良い感じか?


 俺はそう思ってミロカエルにさっきのあれを見せる。


『データが破損しているか、再生の出来ない場所に存在してます』


 忌々しいこの画面を。


「こう表示されて『続きから』が出来ないんだ。俺だって出来る事なら最強のデータちゃん達で始めたかったよ。これバグじゃないか?」

「え……え……」


 俺がこの画面を見せると、ミロカエルの目がどんどんと開かれ、口がアワアワとしだして肩も小さく震えてくる。まるで叫ぶ前兆――


「ええぇぇええぇえ!! もしかして君『サウザンド・チェリー・ブロッサム』なのぉぉぉおぉおぉぉ!?!?」

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺とミロカエルの叫び声が辺り一帯に響き渡ったのだった。

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