第49話 祈り

 コンサートホールにたどり着いたときには、日が暮れていた。

 間に合わなかったかもしれない。

 半ば、そう諦めかけていた。


 防音の、重い扉を開ける。

 曲が、流れていた。

 客席越しに、目があう。

 杉崎がいた。

 大勢の前で、吹奏楽部の生徒は演奏をしていた。何重層にもなる楽器が、僕の鼓膜を揺らした。その中で、僕は杉崎を見つけた。


 目があったのは、ほんの一瞬だった。

 すぐに視線は指揮者に戻り、真剣な表情で彼女は演奏した。でも、少しだけ、彼女が微かに笑ったように見えた。


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 友だちのいる大学生活は楽しかった。

 授業でペアを組むときに一人ぼっちになることはなかったし、昼休みに誰かと話しながら食べる昼食の美味しさを知った。心が安定していた。ずっと一人で、誰かから笑われているような気がしていた高校時代とは大違いだった。これが「まとも」だと思った。


 でも、日に日に、どうしてか、苦しくなった。

 友だちが誰かと小声で話しているとき、僕の悪口を言われているような気がした。被害妄想だと分かっていても、どうしてもその想像は消えてくれなかった。


 友だちはできても、結局人の心は分からなかった。誰が誰を好きで、誰が誰を嫌いなのか。表面上は仲が良さそうに見えても、裏ではどう思っているか分からなかった。みんなそうやって、嫌悪を隠すのが、どうやら正しい人間関係みたいだった。


 僕はその流れについていけなかった。だって、そうじゃないか。人からどう思われているのか分からないなんて、死ぬほど怖い。特に仲が良いと思っていた人に嫌われていたら、もう立ち直れないような気がした。本当、どうしていいか、分からなかった。


 だから僕は、また小説を書き始めた。

 自分が変わるために、現実と向き合うために、精一杯の祈りをこめて。


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 演奏が終わり、吹奏楽部の生徒が立ち上がり客席に礼をする。

 杉崎はなぜか僕の方を見て、笑いをこらえるような仕草をした。

 僕は拍手をした。


 コンクールが終わると、ホールは静かになった。客席にはおそらく、吹奏楽部の両親や友だちのような人達だけが残っていた。

 僕のいる場所ではなさそうだった。僕は出口に向かおうと舞台から背を向けた。

 そのとき、だった。


「智也くん!」


 懐かしい声が、聞こえた。

 

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