第34話 無血という選択
「て、敵襲!」
短弓隊が叫び、のんびりしていたゴブリン駐留部隊は俄に騒ぎ始めた。
駐留部隊は10名余り、砦というより焼けた村長宅か集会所だった家の中を片付けて改装したといった趣の防御拠点であり、要するにクライは農村兼名誉都市扱いされていた。
それは姉妹都市を繋いで、各地に年貢の如く小麦や野菜や家畜の肉を輸出していた村の一つだった為であり、焼け野原となり家畜は全て潰された跡となっては、杭で周囲を囲んだ田舎の農村と大して違わなかった。
こうした腹どころこそ、モンテンノーザの手から真っ先に守るべきだった。
だが、都市の血管である道路に潜んで分断し、孤立させて同時多発的に攻めたモンテンノーザの戦略に、防戦一方になった都市や村には他の都市を気に掛けるだけの暇はなく多くは見捨てられた。
その見捨てられた村の一つに自分達の数倍はいる軍がやって来た。
ゴブリン駐留部隊は慌てた。
だが、短弓の射程圏内まで近づくにつれて、様子が違うように見えた。
「ドグ!?」
部隊の副隊長ドグが、白い布にゴブリン語で『和解』を意味する言葉を白旗として掲げ、長弓を武装しているにも関わらず誰一人として、それを構えているものはいなかった。
軍の構成もかわっていた。
マントを着たエルフと武装したニ種類の獣人、そして、部隊長であるマグには判別できたがディナシーの騎士団長グウェインその人が、ぞろぞろと歩いて向かっているのだ。
戦うというより、ドグに村まで案内されてきた形である。
駐留部隊は短弓使いが弓を構えたまま、マグは沈黙した。
一体何が起きているのかと目を凝らす事態となった。
ドグは暴行を受けた様子はない。肩を並べ、何かを決意したように歩いてくる。
手に槍を持ったままだ。武器さえ取り上げられていない。
「砦の中のゴブリン駐留部隊に告げる!我が名はチョ・ドンウク!虎国より求めに応じ、モンテンノーザを討ちに来た者である!」
初めに声を挙げたのは、意外にもドンウクだった。
女を食い物にすることは虎国ではケセッキ(クソ野郎)と罵られる最低行為とされ、後宮を持つ王族であっても、例えば王が妻や側室でもない女を襲えば、王命で隠そうとしても問答無用で暴かれて問題となり、最悪、王が代替わりという形で弾劾される可能性もある重罪とされた。
それだけに、女を人質にするモンテンノーザのやり方に激昂していた。
良くも悪くも感情的で、義を重んじる武官のドンウクは怒りで誰よりも胸が一杯になっていたのである。
「ドグから話は聞いた!女達がさらわれ戦にかり出されたことを、このドンウク深く義憤を覚え、願わくばゴブリンの族長並びに女達を開放し、モンテンノーザの首を狙う所存である!従って、汝らとことに及ぶつもりは毛頭ない!この
村の砦の様子は、
「本当か!?本当にオレ達ゴブリンを救うゴブか?」
ゴブリン訛りのエルフ語で短弓使いが声を挙げ、部隊長がシッ!と強く否定したが、家族思いの短弓使いは止まらない。
「その前に懺悔しろ!」
エルフ隊でゴブリン語が分かるらしい一人が前に進み出た。
「お前達の神の名で!月の女神の審判の日の前に!畑を燃やし家畜を殺して家を焼き、男も女も子供も殺し、あまつさえおぞましい人肉食を犯した罪を懺悔しろ!そうしたら俺達の部隊の捕虜になるのを許してやる!被害を受けている俺達が、ここまで譲歩しても拒否するならば、生ぬるい獣人共に代わって俺達がお前らを皆殺しにしてやる!降伏か無駄死にか選べ!」
「隊長」
緑の顔を青くしたゴブリンがマグに告げた。
「俺は彼らに投降します。拒否する様なら貴方を殺してでも彼らに付いていきます。これは俺達駐留部隊だけの話じゃない。ゴブリン全体の問題を彼等は知って、動いてくれようとしている。600年も前の
声はウズマサ一行にも聞こえていた。
「投降する者は誰も殺さん。下り首をとる趣味は無い!お前達の証言を証拠に、エルフの将軍ティリウスに掛け合うつもりだ!」
ウズマサも声を張り上げた。
何か物を落とす音がした。恐らく武器だ。
その後、一人のゴブリンが屋敷砦から出てきた。グウェインの前に跪く。
「俺はこのクライ防衛を担当する指揮官のマグというゴブ。今の話が本当ならば、俺も部下も貴君らに投降する。勿論こちらの知りうる限りの情報も渡す。この命、貴君らに預ける。暗黒神の名にかけて、我々はこれまで犯した罪と非道を恥じる。」
ゴブリン訛りのエルフ語で語った後、素手のゴブリン達が全員投降した。
クライは無血で戻ってきた。ここで、グウェインの考えを受け、志願者のエルフ15名虎族5名犬士5名を守備隊としてここに置き、ティリウスの所までゴブリンらを連れて引き返す運びとなった。
その時、ウズマサは守備隊の犬士の一人にこっそり翻訳札の余りを渡した。
「命令は一つ、生きてまた会おう。」
ウズマサの言葉を受けて、残るホウイチ達が力強く頷いた。
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