第23話 リアンから西方へ

 賊退治の後は特筆すべきこともなく、渓谷を越え無事、里安(リアン)までたどり着いた時、待っていたのは荒廃だった。

 リアンの家々は崩れ、壁は破壊の後が生々しくあった。

 一同が戸惑っていると、炎国のリアン外交官をなのる猿族の男がやってきた。登頂部に髷をゆい、その髷を囲う様な冠をつけている。

 猿族の男は左手で右手を覆うと、一同に猿語でこう告げた。

「虎国並びに阿島のお方々。リアンまでの遠路はるばる長旅ご苦労であった。」

「これはどういうことだ?」

 シウォンが困惑して語りかけた。

「リアンは魔方陣完成の祝都であるはずなのに何故建物が破壊され、人々が表にいないのか?」

「それは…」

 男はいい澱んだ後、一同を見渡すように話した。

「西方で魔王が復活したのだ。」

「魔王だと?」

 国際情勢に明るいササキが猿語で毛色を失った。

「そうだ。妖精共の住む西方世界において、魔王シュウ・モンテンノーザが甦り、西方の国々を瞬く間に制圧すると、我が炎国の魔方陣を侵略の移動手段として乗っ取り、各地でシュウ率いる魔王軍の攻撃を受けたのだ。魔方陣移動による世界交易に出た我が国はおろか、全ての善性の国々と世界は今未曾有の危機にある。」


 そこで!と男の声色が上がった。


「赤室猿帝陛下より詔を賜っている。陛下は、リアンまで来た文官を除く全ての兵士達を、魔王の治める西方世界の暗黒領に危急送り出し、また各国から魔王退治の為に国より派兵するよう、お命じになられた。我が軍は国内で魔法陣からきた魔王軍と戦い民の盾となり、貴君ら諸外国は魔王を倒す矛となる。」

 これは、炎国の民のために血を流せという一方的な宣告だった。


「魔方陣から魔王軍とやらがやってきているのなら、魔方陣をすぐに破壊すれば良いではないか?何故まだ魔方陣が組まれているのだ。」

「私は陛下の勅命を貴君らに下したまでだ。各国、力を合わせ魔王シュウを討て。それが陛下のお言葉である。移動した先でエルフの将軍から話を聞け。」

 ササキの疑問を男が排した。


 ササキがウズマサ達に訳すと、ウズマサ達は困惑した。

「つまり、直ぐ様、俺達は魔方陣移動して、その魔王軍討伐に参戦しろ、と言いたいのか?」

 一つ一つを確認する様にウズマサがササキに尋ねた。最早ため口である。

「そうだ。私は帰って朝廷にご報告申し上げねばなるまい。後から本隊という形で軍を組んでリアンに派兵することになるだろうから、お前達は先発として暗黒領に行って貰う。」

「そんな!」

 犬士の一人が声をあげた。

「言葉も通じない見知らぬ土地で、ただ戦えとおっしゃられても戦えませぬ!」

「これは命令だ」

 ササキは有無を言わさなかった。

「国同士の取り決めでそう決まった、と言うことだ。」

「だが、敵はどんな奴等で味方はどんな奴等か、そして見知らぬ土地で右左すら分からんのに戦は出来ない。エルフの将軍とやらに会えても話が通じない。ササキクラマチカノカミ殿」

 ウズマサは眉に皺を寄せて厳しい顔をした。

「何であれ、諸君らには行ってもらわねばならぬ。」

 ササキは、何か腹を決めたらしい顔でウズマサ達を見て、懐から木で出来た札を重ねて取り出した。

「この札は、阿島の魔術の粋を集めた、翻訳装置だ。札を手に持てばどんな言葉も意味が分かり、札を握って伝える意思を持って話せば、向こうの言葉に翻訳される。」

「こんな便利な物を何故今までとっておいたのです?」

 ウズマサは呆れた声をだした。

「通訳も外交官の仕事だ。陰陽師にこれを貰った時は仕事を奪うつもりなのかと思って懐に隠しておいたのだ。だが、頼む。これを使ってくれ。お前達には急だし酷な話かもしれないが、命令に従ってくれ。」


 ウズマサは札を受けとると、虎族の集団に向けて札を握った。


「これは対等外交の布石になる。この機会を生かし、必ずや戦果を上げる様に」

「分かりました。シウォン様、このドンウク必ずやシウォン様のご期待にお応え致します」


 翻訳機は順調の様だった。

 ウズマサは咳払いを一つした。

「犬士隊の皆。聞いて欲しい。翻訳機を失くさない様にすれば取り敢えず会話は出来そうだ。」

 犬士達はウズマサを見た。

「敵も味方も、そして、どの程度戦うのか、全く分からない。行って、戦って、魔王とやらを討伐したとして、阿島に帰れるのか定かではない。こんな任務を仰せつかって、誰もが混乱しているのは承知の上だ。俺自身まだ混乱している。ササキクラマチカノカミ殿の護衛をやると称して幾人か阿島に帰るという手もある。」

「犬豪殿!」

「俺の名前はウズマサだ!少し黙れ!」

 最後の命令口調にササキが驚いて黙る。

「だがこれは、世界を股にかけた大戦おおいくさらしい。上手く帰った所で本隊とやらに組み込まれて、改めて出陣する羽目になるかも知れない。酷な話だ。だが、やらねばならぬ。それならば、阿島の犬士ここにあり、と天下に見せてやろうではないか。」

「おう!」

 若い犬士が声を上げた。

「ここまできたら文句は言えぬ。せめてときの声を上げてリアンの魔方陣に乗り、戦場(いくさば)へ向かおうではないか!」

 ウズマサは初めて演説した。

「それは良い考えだ!」

 年を取った犬士も賛同した。



「いくぞ!エイ!」「エイ!」

「「オーーーー!」」



「エイ!」「エイ!」

「「オーーーー!」」



「エイ!」「エイ!」

「オーーーー!」


 三度鬨の声を上げた後、覚悟を決めたウズマサと犬士達、そしてダンキチまで猿族の男に促されるままリアンの街中心部へと向かった。

 中心部の建物は大きいが、建てた柱が何本も破壊されており屋根は頼りなく、ただ建物の中の魔方陣だけが不気味に輝いていた。

 床に描かれたそれは、中央に666と書かれた五芒星が描かれており円で囲まれていた。


 後からやってきた虎族の武官や兵も魔方陣の円の中に入る。

「ダンキチ。お前に札を一枚渡しておく。通訳係だ。蜜に連携がとれるように動け」

うけたまわりました。御主人様。」

 渡した札をうやうやしく捧げ持つダンキチの姿をみて、ウズマサは思わず笑みがこぼれた。


「移動は一瞬。暗黒領と抵抗する西方王国リファールにつく。ご武運あれ。」

 猿族の男の言葉と共に、円の中の一向は一瞬意識を失った。

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