第619話 INTERFACE ERROR:オブジェクトの座標値が実存値とズレています!

 対倶楽部戦線。まずは三幹部の一人、翠川へ向けて俺は空間を直結した──ワームホールを生み出す!

 

「1、2……3! お願いします!」

「《槍術》スマッシュチャージ!」

 

 生み出した空間転移の穴、向こうに見えるは翠川と女!

 即座に葵さんが、三叉槍を構えて突撃した。《雷魔導》なしの槍技、スピード重視の突撃技法か!

 

「《念動力》──さあ、行け」

 

 次いでエリスさんが、ワームホールを通りながら懐からナイフを三本取り出し、一本を翠川へ、二本を女性へと投げた。一息に2方向へスローイングする、これまた地味ながらすさまじい技量だ。

 スキル《念動力》でコントロール可能なそれらナイフは、直線軌道から機敏に、まるで生き物のように自在に動き出してエリスさんの思う通りに動く。

 

「何っ!? なんだてめえら!?」

「っ!?」

 

 翠川と女性の、驚愕の声が山々に響いた。奇襲成功!

 木々の隙間からも見える。捜査官二人が、現場に踏み込んだ!

 

 葵さんがフーロイータで翠川に突撃し、対応しきれないやつに攻撃を仕掛ける。咄嗟に身を捻ることしかできずに、槍の勢いに押されて背後に倒れ込む。

 そしてそこを逃さず葵さんは、体勢を崩した翠川の首を、三叉槍の刃と刃の間に収めるように地面に突き立てる。一瞬にして顔を青ざめさせた彼の、短い呻きが聞こえた。

 

「な……っ!?」

「捉えたっ! 能力者犯罪捜査官だ、大人しく捕まれっ!」

「はいそこの女の人も両手を挙げて、無抵抗でいなさいよー」

「あ、う……は、はい」

 

 苦悶に叫ぶ翠川に、すかさず組み付いて葵さんがその身体を押し倒して取り押さえた。両腕を押さえつつマウントを取る、抵抗させない体勢だ。

 同時にエリスさんが念動力で動かしているナイフを、翠川と女性双方に突きつけながら降伏を促す。

 

 見事な早業……まさしく一瞬で場を拘束した。

 能力者犯罪捜査官たちの手際の良さに感動すら覚えながらも、万一を考えて俺は俺で即座に次の行動に移る。ワームホールを閉じ、次いで翠川と女性の因果へと干渉するのだ。

 

 神魔終焉結界のサポートもあり、この程度の芸当は十分可能だ──空間転移封印。

 

「《バグスキルは封印されているから発動しない》!」

「ちいぃぃぃっ、《座標変動》──何!?」

 

 俺が権能を使用するのと紙一重で、組み伏せられた翠川が、なんらかのスキルを使用しようとして不発に終わるのを見る。

 封印に引っかかった。《座標変動》! それが翠川が持つバグスキルか。

 たしかに聞いたことのないスキルだ、紛れもなく、この世の理を乱す能力の一つのようだな。

 香苗さんも耳にしたのだろう、戸惑いながらもつぶやく。

 

「《座標変動》……?」

「おそらくそれが翠川の、バグスキルですね」

 

 名前からして完全に座標バグ──実際のいる位置とシステム上の座標がズレている不具合──を、引き起こしたゆえにフィックスされたバグスキルだと推測される。

 

 さしづめ対象物の位置情報における、縦横の座標を無理矢理改竄して、改竄後の地点に自分達がいるという形で因果を確定させるって効果かな。

 やはりシステム側の想定しているものとは別のプロセスで、空間転移を擬似的に実現したスキルなわけか。

 

 通常、システム側が想定している空間転移という現象そのものではない、というのが細かいながらも地味にポイントだ。

 A地点とB地点をひとつなぎにするワームホールを作るわけでなく、座標を改竄することで"今いる地点を、改竄後の地点だったということにする"というプロセスになる感じだろう。

 

「おそらくスキルとして落とし込まれる以前には、それこそバグを利用してどこへでも行けたでしょうけど……バグフィックスされたスキルがそこまで無法なものとは思いにくい。何かしらの制限があるとは思いますが」

「というか、システム上の座標というものがあるのですね。地理上の座標とはまた、異なるのですか?」

「ええ、まあ。システム側の世界地図と言いますか……平たく言えばそんな感じです」

 

 香苗さんと宥さんにも《座標変動》について、推測できるところを話していくわけだけど……これ、どう説明したものかな。GPSと言えば分かりやすいだろうか。

 衛星からのデータによって現在いる位置を伝えてくれるGPSは、電波の都合などによりちょくちょく位置がズレることがある。道を歩いているはずなのに、なんでか湖面を歩いていることになってたり、とかね。

 

 座標バグもつまりはそういう話で、実際に存在している地点とシステムデータ上の地点が、なんらかの要因によってズレてしまうって現象なわけだ。

 そしてそれを引き起こしてしまうと、場合によっては宇宙の果てだの概念領域だの、最悪システム領域にまで飛ばされかねない。それをどうにかスキルという形で修正したのが、位置情報改変スキル《座標変動》なんだろうな。

 

「ぐぁっ……!? な、なんだ!? なぜ俺のスキルが、《座標変動》が発動しないっ!?」

「初手から使ってきますよねー、当然」

「てめえらか!? てめえら、何をしやがったァッ!?」

 

 咄嗟に逃げの手を打とうとして、しかし不発に終わったバグスキル。それに対して動揺を隠せず叫ぶのが翠川だ。

 フーロイータの鋭い刃が翠川の動きを封じつつ、葵さんに体全体を取り押さえられて地面に倒れている。それでもなお戦意が衰えていないけれど、しかし何より疑問が先に来ているらしく混乱した様子で息を荒くしている。

 

「《座標変動》ね? 聞いたことないスキルだが、まあその辺は事情聴取がてらたっぷりお聞かせ願おうか、翠川均」

 

 もう一人、翠川とともにいた女性にナイフを突きつけながらもエリスさんが告げる。女のほうはすっかり縮こまっていて、時折強く目を瞑っている。

 判別しかねるな、この女の人。倶楽部関係者なのか、それとも何かしら巻き込まれた被害者なのか。エリスさんもそこが分からないからずっと、警戒しているのだろう。

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