第540話 三人娘の指導教官

「この度はお忙しいところ、ご足労いただき感謝に絶えません。御堂さん、山形くん。本当にありがとうございます」

 

 まずはじめにそう切り出したのは、一番年長のおじさんだった。年の頃、50にも届くんじゃないかなってほどだ。

 うちの父ちゃんより一回りは年上かな? くらいには年輪を刻まれた顔つきの、厳しいけど穏やかな声をした方だね。

 

「まずは名乗らせていただきたく思います。B級探査者、斐川です。山形くんには、春先のスタンピードの時に関口ともども、世話になったね」

「え……ああ! あの時の」

「あの時といい今回といい、俺たちは君には助けられっぱなしだな。いい歳をして情けない限りだ、ハハハ」

 

 力なく笑うおじさん探査者、斐川さん。

 スタンピードの時って言われても一瞬、ピンと来なかったんだけどすぐに思い出した。あの時、俺に突っかかってきた関口くんと口論していた探査者の人だ。

 

 あのあとすぐに狼人間の襲来、からの初シャイニング山形。そしてアドミニストレータ覚醒からのリーベが脳内に住み着いて、といろいろありすぎたせいでそれきりだった人なんだけど。

 まさかこういう形で再会するなんてなあ。合縁奇縁というか、不思議な成り行きだ。

 

 苦笑いして恥じ入る斐川さんの隣で今度は20代後半くらいの女性が、俺の方を見た。金髪のベリーショートヘアで、一目見てわかるくらい気のきつそうな美人さんだ。

 キッ、と目力のこもった瞳で俺と香苗さんをまっすぐに見据えて、その人は自分から名乗り出た。

 

「B級探査者、荒巻です。今回はどうも」

「あ、どうも山形です。C級です」

「S級の御堂です」

「よろしくおねがいします」

 

 なんていうか、怖い人だなあ……ムスッとしている感じで、取りつく島もないって感じ。敵意とかは感じないけど、どういうんだ?

 隣で香苗さんも訝しんでいる。え、なんか嫌われてる? みたいな、若干眉をひそめているね。

 慌てて斐川さんが、荒巻さんを遮るようにして俺たちに話しかけてきた。

 

「荒巻はちょっと感情表現が苦手というか、なんだ、はっきり言って人とつきあえないタイプなんだ。こんな態度の悪さだが、お二人にはしっかり感謝してることはどうかわかってもらいたい……荒巻! ちゃんとやれ!」

「がなるな! わかってるわよ! ……その、ごめんなさい。よく目つきも愛想も悪くて誤解されるの。今回はご迷惑をおかけしました。関口にご助言いただき、まことに感謝します」

「あ、いえ……すみません、なんか」

「こちらこそ失礼しました」

 

 彼の一喝に怒鳴り返して、荒巻さんがムッツリとした顔のまま、それでも頭を下げてくる。

 相変わらずこちらに向けての視線は険しい印象だけど、少し落ち込んだように眉を下げていた。どうやら感情によらず、生来の目つきらしい。

 

 となると、こちらのほうも変に捉えすぎたみたいだ。誤解したことについて謝る。年上の斐川さんへの言動を見るにめちゃくちゃ気がきついのは間違いなさそうなんだけど、それはそれとしてこちらに対してはそうでもないしね。

 誤解されがちというのも頷けなくはない、くらいの感想を持つ他ない人、って感じだった。

 

「じゃあ、最後に私が」

 

 そして次、荒巻さんの隣の女性が俺たちを見る。

 こちらはさらにお若い女性だ……香苗さんや宥さんと同じくらいだろうか? 黒髪をボブヘアにした、さっぱりした印象の顔立ちをした美人。ちょっと目に力が入ってない感じで、目力がありすぎた荒巻さんとは対極の印象だ。

 なんだろう、遠くを見ているみたいな、達観した目? どこか宙に浮く木の葉を思わせる眼差しで、けれどニコニコと笑いながらその人は名乗り始めた。

 

「A級探査者、早瀬葵です。普段は師匠と二人、世界中あちこち巡って探査してるんですけど、たまたま立ち寄ったこの県でなんでか指導員補助みたいなことを頼まれちゃいまして」

「そうなんですね。世界中を旅してらしたんですか」

「そうなんですよ。それでその経験を、新人さんたちに伝えてほしいって言われたんですけど……いやあ役立たずで面目ないです! はっはっはー!」

「そ、そうですか」

 

 独特の空気感というか、間合いを持つ人みたいだ、この早瀬さんという方は。普通に話してるんだけど、なんでかやけにのんきな印象を強く受ける。

 世界中を巡っての探査活動を行っているらしいし、そういう生き方をする中で身につけられた雰囲気なんだろうか? なんていうか、親しみやすいけど只者じゃないなって感じる。

 

 斐川さん、荒巻さん、早瀬さん。そして関口くん。

 この4人が本来おかし三人娘を指導していた、指導教官勢というわけだった。

 

「ま、立ち話もなんだしまずは座ろう。そう長くかけるわけじゃないが、落ち着けるなら落ち着かないとな」

 

 最年長の斐川さんに促されて、一同席につく。

 長テーブルに俺と香苗さん、関口くん。向かい合って斐川さん、荒巻さん、早瀬さん。ちょうど3人で向かい合う格好だね。

 椅子に座ってふうと一息。さあ落ち着いたぞ、というところで斐川さんがこほん、と咳払いをして話し始めた。

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