第3話

 冒険者ギルドは大陸屈指の巨大な組織だ。

 冒険者ギルドに登録している冒険者の数は国一つの軍隊の数に匹敵するか、それよりも多く、冒険者の姿を見ない街の方が少ないだろう。

 当然、そんな巨大な組織の支部長を務められる者は優秀な者ばかりで、そんな支部長室でグレンとアリスの目の前に座っているルーナもまた優秀な人物であった。


「こんな東の端の方で、二人旅ねぇ?」


 グレンが冒険者ギルドに登録している証明でもあるドッグタグを見ながらルーナがグレンを見つめる。


 ——言い訳があるなら言ってみなさい。


 そう言いたそうな冷たい微笑をたたえたルーナを前にグレンは答えに窮していた。

 アリスも心配そうにグレンを見ているが、二人の関係性が分からないため、何も言えずにいる。


「……話せば長くなる」


 なんとかルーナの追求を躱そうと、グレンが捻り出した答えに、ルーナは呆れた様にため息をついた。


「……昔は可愛かったのになぁ」


「聞こえてるわよ!」


 思わず出てしまった呟きに、ルーナが吠える。

 子供から大人になった、という意味の言葉でもあるのだが、今のタイミングでは失言以外の何物でもない。

 本来であれば、ここからルーナのボルテージが上がりグレンが責め立てられるところだが、ここにはアリスという伏兵がいた。

 アリスという少女は少し天然で、少し世間知らずなのだ。そして、冒険者達の熱にあてられた彼女は今、少し舞い上がっていた。


「あ、あの! グレンさんとの関係は分かりませんが、私たちはそういう関係ではありません!」


「……はい? 私は別にそんなこと……」


 呆気に取られているルーナを置いて、深読みをしすぎたアリスの的外れなフォローはまだ続く。


「事情は……言えないですけど、私たち別に男女の関係では……」


「はい、ストップ」


 そこで笑いを堪えたグレンがアリスの暴走を止めた。


「とりあえず、アリスさん。別に俺とルーナはそういう仲じゃないですよ」


「……え?」


 アリスの顔が恥ずかしさで一気に真っ赤に染まる。


「す、すみません。私、てっきり……」


「確かに、俺たちは小さな頃からの付き合いですが、男女ではなく、兄妹のような関係ですから」


「そ、それは失礼しました。私、つい先走ってしまって」


「い、いえ、大丈夫よ。気にしてないわ」


 ここまで素直に謝罪をされては、ルーナも何も言えない。


「あ! 私……少し外に出ていますね。込み入った話もあるのでしょう?」


 アリスはそう言うとスッとソファーから立ち上がる。そして、グレンとルーナの返事を待たずに、サッと部屋から出て行った。


「何というか、変わった子ね」


「まぁ……そうだな」


 二人はアリスが出ていった扉を見つめて、そんなことを言い合った。


「それで? グレンは何してるの?」


 ルーナは視線をグレンに戻すと、少し不機嫌そうな表情でグレンに問いかける。

 何とか場が収まったことにグレンは安堵しつつも、言葉を選びながら説明を始めた。


「色々、あっただろ? 俺も少し思う所があって、旅に出ることにした。彼女——アリスさんとは、お互いトラブルに巻き込まれて共闘してからの付き合いだ」


 グレンのその言葉にすぐ返事は返ってこず、少し間が空く。

 そして、グレンの体感でたっぷり三十秒ほど沈黙が続いてから、ルーナが口を開いた。


「……色々、あったのも知ってる。でも……何も言わずに消えるのは違うんじゃない」


 先ほどの不機嫌そうな表情は影を潜め、俯きがちのルーナは寂しげにそう言った。

 そしてそんなルーナに返せる言葉は、グレンには一つしかない。


「すまなかった」


「皆もすごく心配してたし、怒ってた」


「すまない」


 ルーナの言葉と表情を見て、グレンは今さらになって後悔の気持ちを抱く。

 戦いを生業とする者達はいつも「死」と隣り合わせだ。

 それに加えて、グレンが皆の前から姿を眩ました辺りは色々なことがあり過ぎた。

 ルーナが最悪の想定をしてもおかしくないのだ。


「私も……もう、二度と会えないかと思って」


「ごめん」


 こんなにも自分が皆から想われていたことに、グレンは嬉しさを感じると共に胸が痛んだ。


「ふぅ。……とりあえず、分かった。許さないけど許す」


 ルーナは息を深く吐くと、グレンの目を見つめてそう返した。


「許すのか許さないのか、どっちなんだよ」


「返事は『はい』と『ごめんなさい』だけでしょ?」


「ごめんなさい」


 素直に謝るグレンにルーナは少し気をよくした。何よりも、彼ともう一度会えたことが嬉しかった。


「あの子、アリスさんだっけ? いつまでも外で待たせているのも悪いから、部屋に戻ってもらいましょう」


 気持ちが落ち着いて、機嫌が良くなったルーナはそう言って立ち上がると、支部長室の扉へ向かう。

 そんなタイミングでグレンから声が掛かり、ルーナは振り返らずに足を止める。


「それで、許す許さないってどういう事だよ?」


「勝手に居なくなったことは許したわ」


「じゃあ許さないってなにをだよ?」


「さぁ? 自分で考えなさいよ」


「えぇ……」


 グレンの情けない声が響き、ルーナはクスッと笑う。


 ——私を泣かしたことは許さない。


 そんな言葉は胸に秘めたまま、ルーナは扉に手をかけた。



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