第3話 急転
「嫌な予感がする……」
どう見ても進みが悪い。
予定通りであれば、日が落ちる前に街に着いているはずだ。ところが、現在グレン達がいるのは平地にある森の中だ。
一応、この辺りは日中であればそこそこ人通りがあるのだろう。道はある程度整備がされており、間伐もしているのか木々の感覚も広い。
街に近づいているのは確かだろうが、グレンの記憶と感覚が確かなら、日が落る方が街に着くより断然早いだろう。
「しかしまぁ、本当に酷いなこれは……」
グレンは呆れた様子で呟く。
その視線の先では、冒険者たちが下品な話で盛り上がっている。当然、周囲の警戒などまるでしていない。
旅を通して騎士達もそんな冒険者達の様子には気が付いているが、見下すような視線を向けるのみで、今のところ注意の言葉一つもない。
肉壁にでもなればいい、という程度の考えで雇ったのかもしれないが、その壁役の一人に含まれるグレンからすればたまったものではない。
一人だけ警戒を緩めないグレンの耳には、油断しきった冒険者たちの会話が止まることなく入ってくる。
「それにしても聖女様かわいいよなぁ」
「あぁ、一度くらいヤラせてくれてもいいのにな」
「これで名前を憶えてもらっただろうし、もしかしたら俺も……ごっ」
そんな聞くに堪えない冒険者の言葉が、溺れたような声と共に途切れた。そして、そのまま人が倒れこむような重い音が響く。
「あ?」
「……敵襲!」
「急ぎ、陣形を組め!」
間抜けな声をだす冒険者達をよそに、グレンはすぐさま状況を把握して声を張り上げた。
騎士達もグレンの声にすぐに反応し、迎撃の体勢を取るが、有象無象の下級冒険者たちはそうはいかない。
「うぎゃ!」
「ぐげっ」
日は完全に落ちていないとは言え辺りは薄暗い。そんな状況で気の抜けた冒険者達が飛来する矢に対応するのは不可能であった。
ほんの短い時間であったが矢の雨が止んだ頃には冒険者の数は半分程になり、騎士も数名被害が出ていた。
グレンからすれば、この程度の被害で済んだのであれば幸運だと言えた。
「やはり、肉の壁にもならんか」
グレンは冷たい声でそんなことを言い放った騎士に内心で同意しながらも、緊張から強まる鼓動を落ち着かせようと深く息をする。
「くるぞ。構え!」
上級騎士のそんな叫びから、本格的な戦いの火蓋は切って落とされた。
開けた森の中でどこに隠れていたのか、無数の足音が押し寄せ、森のあちこちに人影が現れる。
悪い状況に舌打ちをしたグレンが右手の剣の感触を確かめる様に強く握ったところで、その人影の姿がハッキリとする。襲撃者の正体は不揃いな恰好をした野盗達であった。
ある程度統率が取れている辺り、盗賊団と呼べる規模なのかもしれない。
野盗と護衛が続々と接敵していく中、グレンの方にも手斧を握った髭面の男が駆けてくる。
「死ねや!」
男は走る勢いをそのままにグレンへと手斧を大きく振るう。
しかし、そんな雑な攻撃を受けるような甘い鍛え方をグレンはしていない。
グレンは半身を反らすだけでその攻撃を躱すと、すれ違い様に男の喉元へと剣を走らせた。
「……かひゅ」
喉から血を吹きながら倒れる男を見もしないで、グレンは次の行動へと移る。
その場で体を反転させ、流れるように前に一歩大きく踏み込むと、後方から斬りかかろうとしていた野盗の男の懐へと潜り込んだ。
「あ?」
その予想外な動きに、男からは間抜けな声が漏れる。
そして、グレンは不意を突かれて動けない野盗の心臓を剣で貫いた。
グレンはそのまま倒れこむ野盗を横に押しのけて倒すと、状況を確認するため周囲に目を配る。
いつの間にか戦場は混戦模様だ。
幸いというべきか、体を屈めて目立たない様にしていた聖女は無事な様子だ。
しかし、現在は彼女の周囲を守っていた上級騎士達も野盗の相手に追われており、彼女の側についている護衛は一人もいない。完全に無防備であった。
そして、そんな隙を野盗が見逃すはずもない。
グレンの目には数人の野盗が彼女を捕えようと足を進めているのが映っている。
グレンと彼女の間には十数メートルの距離しかない。直ぐに救援に駆けようとして、しかし、その道筋が不意に遮られた。
それもそのはずだ。たかが十数メートル。しかし、混戦模様の戦場を駆け抜けないといけないのだから、ただ走ればいいわけではない。
聖女の元に辿り着くためには、野盗と冒険者、そして騎士の戦いの間を潜り抜けていかなければならないのだ。当然、そのリスクは高い。
「あぁ、もう。やるしかないか!」
迷っている暇はない。
グレンは聖女のもとへと駆け出した。
一つ幸運であるのは、グレンが混戦を得意としていたことだ。
まるで空から見ているかのように敵と味方の位置を把握することができ、まるでガイドがあるかのように、進むべき方向が分かる。
「な、なんだ?」
混戦に飲み込まれ手一杯の彼らは、隼のように、曲芸師のように進んでいくグレンを捕えることは出来ない。
そして、グレンはあっという間に三人の野盗と聖女を射程範囲に捕えた。
怯えているためか黙ったままの聖女を前にして、三人は下品な笑い浮かべている。
「にしてももったいねぇな。こんな上玉を殺せってんだから」
「殺したことにして、こっそり持ち帰りゃいいじゃねぇか。なぁ兄貴」
野盗の一人が自身の兄貴分に声をかけたものの、返事が返ってこないことに首を傾げる。
「……? 兄貴どうし……た」
不審に思い振り返ろうとした瞬間、視界の隅で鈍色の線が走り、視界が傾く。
そして、ゆっくりと逆さまに落ちていく視界の中、最後に映ったのは弟分が首を切られる場面であった。
「間に合った……。大丈夫ですか?」
「……え? あぁ。申し訳ありません。少し取り乱しておりました。ありがとうございます」
差し出された手に、どこか状況を掴めていない聖女は混乱した様子だった。しかし、すぐに心を落ち着かせたのか、グレンの手を優雅にとり立ち上がると感謝を告げた。
聖女は控えめに距離をとると既に周囲の警戒に移っているグレンの横顔を見つめる。
「たしか、あなたは……」
「離れろ無礼者が!!」
聖女の声はかき消され、グレンは固い手甲で突き飛ばされ、膝をつく。
「お前ごときの下賤な者が聖女様に近づいていいと思うな」
「なんて無礼なこと……!」
どこか怒りを含ませた様子だった聖女だが、その怒りを直ぐに鎮めると、膝をついたまま体を起こさないグレンに心配した様子で声をかける。
「大丈夫ですか。私どもの騎士がすみませ……」
「私なら大丈夫です……」
「いや、でも……」
「大丈夫です」
「そう……ですか」
聖女はくぐもった声でそう告げるグレンに尚も声をかけようとするも、きっぱりと拒絶の色が入ったグレンの言葉に渋々と引き下がる。
「聖女様、その者が大丈夫だと言っているのです。野盗の数が減っている間に先へ逃げましょう」
「……はい。お気をつけて」
悲痛な表情を浮かべた聖女だったが、これ以上グレンに構うことなく、申し訳なさそうに騎士に先導されて足を進めた。
「くっそ。ここにきて……」
グレンは左手で胸元を強く握って、痛みをこらえるが、耐えきれず地に伏せる。
飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止めながら、グレンは強烈な痛みに耐えることとなった。
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