第17話◇依願退職◇

「そうですね。」

「じゃあとりあえず一週間後にしましょうか?坂本さん予定はいかがですか?」

 明子はバッグの中から手帳を取り出して予定を確認した。来週の金曜日は午後から仕事が入っていた。

「私、今勤めている薬局の他にも、パートをしているので、合間を縫ってきます。来週のこの時間は仕事なのです。土曜日はお休みですか?」

「営業しています。お休みは、日曜日と祝祭日よ。」

「じゃあ来週の土曜日の午後一時で良いかしら。四月七日ね。」

「はい。じゃあ来週お伺いします。それまでに用意するものなどありましたらご連絡ください。」

「わかったわ。一週間後にはご主人の処分も決まっているでしょうからね。」

「ありがとうございます。」 明子が礼を言って事務所を後にしようとすると、大塚先生が言った。

「離婚は、特別な事でも恥ずかしい事でもないのよ。生き方の選択だから。前向きにね。人生の第二幕が開くのよ。」

 大塚先生は、見かけの通り破天荒な人らしく戸惑ったが、この先生を頼りにするしかなかった。明子は、事務所出るとユーカリ薬局に向かった。涼子に報告しておこうと思ったのだ。金曜日は午後から仕事だが、今日は弁護士に会うために、シフトを変わって貰った。ユーカリ薬局に着くと午後一時過ぎだった。店の駐車場には車が止まっていなかったので、お客さんは来ていないと思った。

「こんにちは。」

店のチャイムが鳴ると、事務所にいた涼子が出て来た。

「明子さん、こんにちは。どうしたの?」

「今、弁護士の所に行ってきたのですよ。」

「そうなの。」

「やっぱり調停することにしました。慰謝料や年金や退職金なんか私ではわからないし、協議離婚じゃ、また浩一にはぐらかされそうで。」

「そうよね。専門家に頼んだ方が良いよね。文書にしておけば法律的に確かだものね。」

「ご主人からは連絡あったの?」

「まだです。浩一はあてにならないので所長の山田さんに連絡とってみようと思います。」

「それがいいかもね。良かったね。他に連絡とれる人がいて。」

「ほんとに感謝しています。」

「あなたは偉いね。突然起こった予想もできない事にきちんと対処して。寝込んでしまう人もいるからね。」

「それは、先生にいろいろアドバイス貰って助けてもらっているからですよ。これからも相談に乗ってくださいね。」

「私で役に立つことなら。」

「先生、私、も一つ仕事しようと思うのですよ。求人広告見ていたら、この近所の「ハッピースイーツ」で販売員募集していたのですよ。」

「そう。近いよね。」

「ここの仕事のシフトは変えないで、空いている時間に働こうと思うのです。いいですか?」

「いいよ。私のことは気にしないで。」

「いえいえ。ありがとうございます。それと、調停が始まると決められた日に行かなければならないみたいなんですよ。なるべく、ここの仕事に重ならない様に、予定しようと思うのですが、どうしても無理な時は、休んでもいいですか?」

「いいよ。がんばってね。」 明子は、簡単に弁護士と会って話をした内容を涼子に伝えた。一時間ほど報告をして、ユーカリ薬局を後にした。途中スーパーで買い物をして家に帰った。リビングのソファーに座ってテレビのリモコンのスイッチを入れた時、携帯の呼び出し音が鳴った。画面には浩一と書かれていた。明子は深呼吸をしてボタンを押した。

「もしもし。」

「モシモシ。」

「オレ。仕事辞めたから。」

「クビ?」

「依願退職。」

「退職金でるの?」

「出るやろ。」

「私、弁護士の所に行ったけん。離婚するけん。」

 しばらくの沈黙の後浩一が答えた。

「わかった。」

「子供にも言うから。」

「うん。」

「離婚調停する事にしたから、あんたの所にも調停から呼び出しの通知が来ると思うわ。」

「わかった。」

 浩一は、「わかった。」としか言わなかった。もう話すこともないとは思うが、お互いに事務的な言葉を発するだけだった。

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