ヒロインが拐われたので異世界を救ったノウハウで救い出す

@vampofchicken

遅刻、そして誘拐

 もともと「デートの時間に」と約束した時刻からは、もう確実に、三十分以上の遅刻なのだけれど、そんなオレが、彼女のところに到着してすぐに発した第一声は、


「わり、遅れた」


 の一言であった。

 震える拳を抑えつつ、健気にも三十分間オレを待ち続けた彼女──小鳥遊たかなしさゆりは「はぁ……」と深く嘆息をする。


「……デートに遅刻とは、不心得者ね」

「悪い悪い」


 でもさ、とオレは続ける。


「ヒーローは遅れてやってくるもんだろう?」


 蹴られた。

 それも二発。


ってぇ! 何すんだよこの暴力女!」


 更にもう一発。

 弁慶の泣き所。

 走る電撃。


「反省したかしら?」

「し、したした! 悪かったって!」

「ならよし」


 蹴られた患部をさすりつつ、オレはさゆりに「でもまあ、安心しろよ」と言う。


「今宵、最高の夜を約束するぜ」







「その後、顔見知りの魔物にさゆりがさらわれたので、普通に今捜索中だ。……今のところは犯人との交渉に応じるくらいしか、取れる対応は残されていない」


 出し抜けに何を言いだすのか、と思わず人差し指でメガネのフレームを持ち上げた僕だったが、しかし彼、榊原英雄ひでおは、その程度の些事は意に介さない……、構わず続けて、僕の混乱を一層、助長させた。


「前に、異世界に巣食う悪を倒して、異世界を救う機会があったんだけどな? そん時に倒し切れなかった残党が、復讐の為にこの世界に来たらしいんだよ」


 ふんふんなるほど、と相槌を打ってしまうのは僕の悪い癖だ──こんなことだから相談を持ちかけられるのだ。

 以前、英雄とは第三次世界大戦を惹起じゃっきする筈だった、某国の暴走を食い止めた仲なのだけれど、それ以来、彼は世界の危機に関する難題を突きつけられると、決まってこの僕に相談を持ちかけた。

 その度にいみじくも名案──と言っても英雄が勝手に会話からヒントを得ていくだけなのだが。だから彼にとって大事なのは僕ではなく、どうしてか僕から得られるキッカケの方だ──を思いついてしまう僕も僕なのだが……、それ以上に「それでそれで?」と続きを促してしまうのも、やっぱり、僕の悪癖なんだろう。

 

「奴には明確な弱点がある。俺が救った異世界は七十八っつほど数があるのだが……、奴の出身は四十七個目の異世界で、俺たちの世界で言う『金細工』や『十字架』が苦手だった。今も一応、相手から分からないよう、かなり小さいけれど、一定の効力を発揮するくらいの物は持っている……、具体的に言えば、鉛筆の芯くらいの直径で、縦に二センチくらいのサイズしかない、本当に小さいやつが。対策として」懐かしさに目を細めて、英雄はそう言った。そして続け様に「そしてその弱点は、その世界を巣食う全てのモンスターと共通のものだった」とも。

 困惑気味に僕は言った。「なら、それを使えばいいじゃないか?」

「勿論、隙があれば使うつもりだ。ここまで小さければ効果は薄かろうが……、奴はその世界での俺の親友を殺した仇でもある。だからこの状況は、誤解を恐れずに言えば、願ったり叶ったりでもあるんだ」

「親友を……? そうか……」冒険譚には悲劇が付きものである。しかし、悲しいものは悲しいだろう。「でも、それなら余計にどうして?」

「一度それで滅ぼされたんだ。対策してくるに決まっている」何やら、そこは自信のある風だった。

「そう、か……」僕は声のトーンをいくらか下げた。「マジックみたいにミスディレクションでも出来ればいいんだがね……」

「ミスディレクション、視線誘導、か」

「思いつきそうか?」

「微妙だ」英雄は素直かつ端的だった。


「なにやらいろいろ企んでいるな」


 背後から聞こえた声に踵を返し、英雄はその声の主をきっ、とめ上げた。


「ザクレン!」

久闊を叙するよおひさしぶり、サカキバラビデオ。こうして顔を合わせたのは、貴様が魔王様を倒して以来かな?」


 その男の、つまり、誘拐犯ザクレンの笑顔は、虚無主義ニヒリズム冷笑主義シニシズム悲観主義ペシミズムを足して、三で割らずに倍加したような……、ぞっとしない種類のそれであった。

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