第7話 悪役令嬢の成り上がり


 地下牢の兵士からチョークを借りて、数時間が経った。

 時計が無いから分からないけど、たぶん夜中だと思う。

 やけに静かだもの……。


 数十年ぶりにチョークを手にした私は、最初こそブツブツと文句ばかり言っていたけど。

 気がつくと、白いチョークを使って牢屋の床に絵を描いていた。

 やっぱり、私はお絵かきが大好きなのだと思う。

 こんな物でも、描いていると心が落ち着くもの。


「お、こんなもんかな? やればできるな、私って」


 と床に描いた絵を見て、ひとりで頷く。

 先ほど私にクッキーを差し入れしてくれた、ザリナだ。

 背が高くて綺麗なお姉さんって、感じだったな……。

 もうちょっと、ゆっくり彼女を眺めたら特徴を掴めそう。

 

 でも……”相手”がいないとつまんない。

 かと言って、今からキャラを追加するには、スペースが足りない。

 仕方ない。今度は牢屋の壁に一から描き直すかっ!


 ~翌朝~


「ふぅ~ これで完成だわっ」


 壁一面に百合カップルが、イチャついているイラストを描いたから、チョークが無くなってしまった。

 キャラだけじゃなく、背景にもこだわっちゃった。

 お花畑の上で、背の高い女性と可愛らしい女の子が口づけを交わしている。

 しかもディープキス。


「う~む。ナイスですわぁ」


 なんてたって、素材が一級品だもの。

 メイドのザリナと、本作の主人公オリヴィアを描いたから。

 10年以上デジタル派だったけど、アナログも味があっていいもんね。

 そんなことを考えていると、背後から叫び声が聞こえてきた。


「なぁああっ! 貴様、ユリ……なんてものを壁に書いてくれたんだ!?」


 と柵から顔を突っ込もうとする兵士。

 もちろん、岩みたいな大きな顔をしているから頭は入らない。


「え? お絵かきですけど」

「これのどこがお絵かきだ!? よりにもよって、アラン王子の婚約者であられる。オリヴィア様でこのようなものを……」


 そう言いつつもこの兵士は、どこかそわそわしていた。

 腰にかけている牢屋のカギを手に取り、扉を開けて……。

 気がつけば、私の隣りに立って一緒に壁の絵を眺めている。


「な、なぜだ……私はアラン王子に忠誠を誓ったというのに。この絵を見ていると、胸がこう……何と言えばいいのだ?」


 その言葉を聞いた私は、思わずほくそ笑む。


「はは~ん。兵士さんって百合がお好きなんですね?」

「ゆ、ゆり? なんだそれは……頼む、教えてくれ!」


 どうやら、興味津々のようだ。目が血走っている。

 私の両肩を掴んでブンブンと揺さぶるし。


「兵士さん、落ち着いてください。あなたに今起きている心情は、”キマシタワー!”というものです」

「き、来ました? 何が来たというのだ?」

「まあ、時間はたっぷりとありますから……」


 フッ、一人落ちたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る