新婚さんと間違えられる
「なぜ、姫様が自ら......」
「しっ! 私のことは“マリ”と呼んでって言ってるでしょ!」
宿の受付に向かいながらもまだ、ナインはブツブツ言っている。対してマリーンは張り切っていた。受付に来ると、宿の受付をしているおかみさんが気軽に声をかけてくる。
「いらっしゃい!お泊り?」
「こんにちは。そうよ、私とこの人のほかにも3人いるわ」
「へえ、そうなの。 で、あんた達は夫婦かい? ダンナさん、いい男だね!」
「何!?オレは……」
鬼マジメに反論しようとしたナインをマリーンはどついた。
「そう、新婚なの! 後から来る3人は使用人よ。これからしばらく新婚旅行を楽しむつもりだから、ちょっといい部屋をリーズナブルに、お願いできると嬉しいわ」
マリーンがためらいなくウソ話をするので、ナインは驚愕した表情を浮かべた。
「おめでたいね! じゃあ、特別にワンランクアップして2部屋付のデラックスルームに案内してあげるよ。料金はそのままでいいからさ、また帰りにうちを利用しておくれ」
「やった~ありがとう!」
嬉しそうにマリーンははしゃいだ様子を見せる。喜んだのはワンランク上の部屋に泊まれるのではなく、交渉がうまくいったからだが。
荷物は自分達で運ぶ必要があるとのことで、一度宿を出ると、馬車を停めた場所まで戻る。
「ひ、ひ、姫様! なぜあのようなウソを言うのです!しかもペラペラペラペラと......!」
「何よ、また文句?ウソも方便って言うでしょう?うまくやりくりするための知恵でしょ」
「やりくりしなくても十分、資金はあるのです! オレは冷や汗が出ました!そんなことをするなど……」
クドクドとお小言が続いている。文句を言い続けるナインがうっとおしい。
「“ダンナさんいい男だね”って言われていたからいいじゃない」
「8歳も年上で身分も違う男を姫様の夫だなんて……!」
「別にウソなんだからいいじゃない。 それに、恋するのに年齢や身分なんて関係ないわ」
「大アリですッッ!!」
ナインが大声で抗議したので、馬車置き場のまわりの人までこちらを見ている。
「何をまた言い争っているんじゃ。うるさいのぉ。ナイン、お前は声が大きすぎるぞ」
ベックはめんどくさそうに言う。
「宿のおかみさんが私達を見て夫婦と間違えたから、カンチガイを利用していい部屋を用意してもらっただけよ。それをナインが気に入らなくて文句を言ってくるの」
「何じゃ、それしきのことで何で怒っているのじゃ、ナインは」
「ベック様!? 姫様の対面を気にしているあなた様がそのようなことを言うとは!」
「もう旅に出たのじゃ。必要なのはマリーン様が姫君だと気付かれずに安全に旅をすることじゃろうが。この分からず屋が」
ベックが杖でナインをコツンと小突く。
「お前は融通が利かなすぎるぞ」
「リム様まで…… お二人がそう言われるのならば、理解しようとは思いますが」
「ナイン様って石頭」
ワザとなのか、空気を読まずにルンナがサラリと言い放ったので、その場にいた皆は笑ってしまった。ナインは一人ふてくされたが。
「とにかく、荷物を部屋まで運びましょう」
リビングと2つのベッドルームがある室内に荷物を運び終えると、皆一息つくことにした。
窓からは街の様子が眺められる。街近くに流れる川のほとりではサンドイッチをほおばる人の様子が見えた。
「ねえ、ランチはあの人達みたいに川べりでサンドイッチを食べない?」
マリーンの言葉にリムやルンナは窓から川べりの様子を眺めると、すぐに賛同してくれた。
「姫様が川べりで食事をなさるなど!」
「だから、お前はルンナにも石頭だと言われたばかりだろう。大丈夫だ。マリーン様は庶民達の生活を学ばれたいだけだ。それに、いつまでも姫様なんて人前でも呼ぶな。“マリ様”だ」
リムのとりなしもあり、一同は露店で購入したサンドイッチを手に川べりに向かう。太陽光が降り注いではいるが、心地よい風が吹いているので丁度良い気温だった。
マリーンは青空の下、野菜と生ハム、トマト、フレッシュチーズが挟まれたサンドイッチをかじる。あまりの美味しさに思わず、“う~ん”とうなった。リムやベック、ルンナもうなずいている。
「美味しいわね!」
「ホントに!マリ様の意見は大正解でしたね!」
ニコニコ顔のルンナが言うと、ルンナの隣にて大口でサンドイッチをほおばっていたリムもあまりの美味しさのためだろうか、神に祈りを捧げているのが見えた。
マリーンの隣に座るベックも歯が衰えてきたとはいえ、美味しそうに食べている。チラリと端に座っているナインを見ると、彼は黙々とサンドイッチを食べていた。食べっぷりからするとオイシイのだろう。
(さっきは文句言ってたけど、何だかんだで美味しそうに食べてるじゃない)
マリーンの視線に気付いたナインは気マズそうにそっぽを向いた。ふん、とマリーンも違う方を見る。そんなこんなで一同は食事が終わると、明日から本格的に始まる旅に備えてゆっくりとすることにした。
マリーンはルンナと出店に並ぶアクセサリーや小物を眺めたりして楽しみ、男性陣は明日の工程を確認した後は、それぞれ思い思いの時間を過ごしているのか姿は見当たらなかった。
夕食は宿自慢の料理だというチキンの丸焼きを食堂で食べた。ここでも多くの人が楽しそうに話しながら食事する様子を見て、マリーンは新鮮な気持ちで過ごしたのだった。
食事も終わりマリーンも早めに就寝しようとしたのだが旅の興奮からかなかなか寝付けず、そっとベッドを降りると水を飲みにリビングへと向かう。
水を飲んでいると、どこからともなく歌声が聴こえてきた。窓際から外を見ると宿前の広場に吟遊詩人がいて、ギターを片手に歌っているではないか。俄然、興味をそそられた。
(夕食の時、皆、結構な量のお酒を飲んでいたわよね。皆がぐっすり眠っていることだし、これは1人で探検するチャンスなのでは?)
吟遊詩人がいるのは宿の真ん前であるし、自分1人でも十分行って帰って来れそうだと、マリーンは考える。
マリーンはまた新たな企みを実行しようと動き始めたのだった。
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