『無題』2

 大我は立ち上がって近くの自販機に飲み物を買いに行った。僕は痛む体を無理やりに起こしてベンチに座り、少し考えた。


 ――きっと栞さんも、大我のことがずっと気になっていたんではないだろうか。あの日、栞さんはずっと一人で文芸部の部室で大我が入部届を持ってくるのを待っていたんじゃないだろうかとさえ思う。


 少し前に瀬奈から、あの旧校舎で起きた怪奇現象の顛末を聞かされたことがある。勝手に僕が解決したと思っていたことはまるで足りていない推理で、笹葉さんは誰かほかに仕組んだ人間がいるのではないかと考えていた。


 僕はその犯人は栞さんなんじゃないかと思う。彼女は自身で桜のメモからあの鍵を使い、旧校舎に幽霊が出ると噂を作っておいた。そうすればほとんどの生徒は怖気づき旧校舎へは近づかなくなるだろう。そこに、大我が入部をすることで、あの静かな教室で二人蜜月を過ごそうと画策していたのだ。


 計算違いは入部したのが大我ではなく僕だったということ。だから計画は変更になった。


たしか僕が入部した時、彼女は確か部員が足りなくて廃部になるから友達を誘えと言っていた……。その友達というのはおそらく大我のことなんだろう。


怪奇現象を演じる必要がなくなった栞さんは瀬奈と僕を使って鍵が元の通り職員室に戻されるように手配したというのどうだろうか。もちろん、確証はないし栞さん自身に名探偵よろしく詰め寄るような無粋なことを僕がするわけがない。


 大我が缶コーヒーを二つ持って帰って来た。


「これでよかったか?」見ればミルクと砂糖のたっぷり入った缶コーヒーだ。


「おれは無糖派なんだけどな」


「まあ、そう言うな。オゴリなんだから」


 温かいコーヒーを受け取り両手に挟むと雨に濡れて冷えた体が温かくなった気がした。


「なあ、大我。文芸部に入らないか?」


「漫画研究部だろ。俺、漫画あんまし読まないぜ」


「それならおれだってそうだ。それに以前、栞さんがおれと大我をモデルに漫画を描きたいって言ってたしな」


「まさか、引き受けたのか」


「大我がその気なら構わないって言いておいた」


「あいつの書く漫画、BL専門だぜ」


「……」


「知らなかったのか? たしか〝あおいしおり〟と書いた紙を裏返しにして縦横を90度回転させるとペンネームになるんじゃなかったかな。あいつの描いた同人誌はネットなんかではそこそこ有名らしい」


「ああ……そういえばそんなペンネームの同人誌をどこかで見たことがあるような……まあ、何はともあれ、大我はおれの入部の勧誘を断りはしないだろう? お前は俺に借りがるわけだし、そのことで全部チャラにしよう」


 僕は缶コーヒーのプルタブを起して口をつけた。


「……甘い。甘すぎるよな」


 朝まで語り合い、それから家に帰った。大我が傘を差して駅まで送っていくと言ってくれたが断った。男とラブラブパラソルするつもりなんてない。コンビニで安い傘を買って、始発の電車に乗り、家に帰った。すっかり明るくなった部屋のカーテンを閉めて布団にもぐった。


 これで僕たちは以前のように三人仲の良い友人同士に戻れるのかはわからないが、なるべくならそうなってもらいたい。


 大我の強引、自分勝手なところは基本受け身の僕にはウマがあった。むしろ彼自身、そんな相性の良さを本能的に見抜いていたのかもしれない。それに笹葉さんと大我の二人が付き合うという話を聞いた時、笹葉さんを大我にとられたという感じはしなかったのだが、笹葉さんに対して大我をとられたという感情がなかったかといえばそれを完全に否定はできない気がする。


 僕は間違いなく大我に対して強く好意を抱いていたのだ。まさか栞さんがそこまで見抜いた上で僕と大我のBL漫画を書きたいと言ったわけではないのだろうけど……。


 雨音は勢いを増して窓を叩く、天気のせいもあって朝日が昇った後でも落ち着いて眠り続けられるくらいの暗さがあった。


 どうせこの雨なら花火は中止だろう。それにあの二人が別れたとなれば四人でお祭りに行く約束なんてあったものじゃない。せっかくだからこのままずっと寝ていよう。考えてみればみぞおちあたりが痛む、きっとしばらくは痣になるんだろう。思いながらまた眠りに落ちた。

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