(47)協力プレー
本棚の裏から現れた隠し階段を、ウトネは用心深く覗いたものだ。
男性警察官のところに一度戻って相談するという選択肢もあったが——父親のことを足止めしてくれている、今の隙に、調査をするのが最善であろう。
そもそも、お屋敷の中にこんなものを隠しておいて、何もないはずがない。
ウトネは地下へと続く階段を下って行った。
階段を下りると、廊下は二股に分かれていた。右か左か——扉が二つあるだけ。
ウトネは何となく左手にある小綺麗な扉に向かうことにした。
扉の前に行くと、ノブを回してみた。
罠はないだろうが——自ずと、扉を開けるのも慎重になってしまう。ゆっくりと扉を開けて、部屋の中を覗いた。
そこに広がっていたのは──アンティークの家具が並んだ小綺麗な部屋。ただ目を引くのは、壁の一面がガラス張りになっていることであった。
そのガラスの向こう側に見えるのは景色などではなく──恐らく、隣にあると思われる部屋の様子であった。牢屋であろうか。暗がりに鉄格子が見えた。
ふと、何かが動いたように見えた。
薄暗くてはっきりとは分からなかったが、人影のようである。
「姉さん……?」
見覚えのある姿が見えたような気がして、ウトネは目を凝らした。しかし、薄暗くて相手の姿をハッキリと捉えることが出来ない。
「おーい、姉さん!」
それでもウトネは叫んで、ガラスを叩いた。
確証があったわけではないが、そう察していた。
──すると、反応があった。
暗がりの中の人物は、キョロキョロと首を動かした。
「あー、やっぱりそうだ。ここに居たんだ」
その人影の動きで、ウトネは確信したらしい。余り驚いた様子もなく、ウトネは呟いたものだ。
「勝手に人様の家を出歩くのは感心せんなぁ」
声がして、サーッと、ウトネの顔から血の気が引いた。
ウトネはゆっくりと振り返った。入り口を塞ぐように——父親が立っていた。拳銃の銃口をこちらに向けて、怒りに満ちた表情を浮かべている。
「お前、何者だ? 最初から俺に目をつけて、ここに来たようだが……」
「彼女の……姉さんの妹だよ」
そう言って、ウトネはマジックミラーの向こう側に居る長髪の女性を指差した。
「変だと思ったんだよねー。職務に真面目な姉さんが行方を晦ましちゃうんだもん。普通、何かあったんじゃないかと思うでしょ? 腐っても一流の刑事さんだったんだし、訳もなく失踪だなんて、あるわけがないじゃない」
「なる程なぁ。姉妹の絆って奴か。執念でここまで辿り着いたということか。それは面白い……」
「別に、絆とか愛だとか、そんなんじゃないよ。明らかに色々と可笑しかったからさ、放っておけなかっただけ。失踪事件を調査していた姉さんが消え……その後を引き継ごうとする者には圧力が掛かる。……何かあるって思うでしょ? そりゃあ。こっちだって、警察官なんだから」
ウトネは使命感が強いらしい。だから上層部からの圧にも屈さず、極秘裏に調査を進めていたのだ。その執念が叶って、ここまで辿り着くことができたというわけである。
「……あぁ、そうだ……」
父親は何やら思い付いたらしく不敵な笑みを浮かべた。
そして、行動に移そうとした時であった。
──ガタッ!
——廊下の奥で物音がした。
父親は驚いたように振り返り、銃口を廊下へと向けた。ウトネへの警戒も緩めていない。ウトネが動けば、すぐに発砲してくるだろう。
「何者だ! こっちに来い!」
そう叫びながら父親は、部屋の中の壁を背にする位置に移動し、全方位を警戒した。
──誰も姿を現さない。
父親は舌打ちをすると、銃口をウトネへと向けた。
「居るのは分かっているんだぞ! なんなら、この女に向かってぶっ放してやってもいい! どうなんだ!」
「やれやれ……」
おっとりとした口調と共に、男性警官が両手を上げながら扉の外から姿を現した。
「これはいったい、なんの騒ぎだい?」
「先輩……」
ウトネは呆れたような顔になる。ここで一緒になって捕まって、どうするというのだろう。
そんな男性警官の登場に、父親は激しく動揺したようになる。
「糞っ! 薬が効かなかったというのか!」
「薬ぃ?」
男性警官は訝しげな顔になる。
「薬なんて入っていたのかい? でも、ご覧の通り、ピンピンしているよ」
悔しそうに唇を噛む父親に向かって、男性警官は肩を竦めてみせた。
「……ちぃっ、糞っ!」
父親は銃口を男性警官へと向けた。完全に、意識がそちらに向いていた。
——今がチャンスだ!
ウトネはその隙を見逃さなかった。
駆け出し、一気に父親との距離を詰める。
頭に血が上っていた父親の反応が遅れ、銃の照準をウトネに合わせることができない。
その間に、ウトネは父親の腕を取り、投げ飛ばした。床に捻じ伏せ、手に持っていた拳銃を奪い取った。
「観念してもらいましょう。もう、これでお終いですね」
一瞬の間に父親を鎮圧したウトネは、父親から奪い取った拳銃を部屋の隅に投げ捨てた。
「……クッ! 糞……!」
眉間に皺を寄せた父親は、観念したのか、項垂れたものである。
「ナイス! お手柄だ!」
男性警官が側に寄り、ウトネの肩をポンッと叩く。
「先輩のお陰ですよ。囮になってくれたから」
「いや、俺は何もしていないさ」
男性警官は苦笑したものだ。
——本当に何も役に立っていなかったのだが、そこは社交辞令である。
「本署には俺から連絡しておくよ。お前は姉のところにいってやれ」
男性警官はウトネに代わり、倒れている父親の腕を取った。
「大人しくしろよ。お前の態度によっては、痛い目をみることになるだろうさ」
そして、後ろ手に手錠を嵌めたのであった。
ウトネは安心したものである。
なんだかんだ言って、一人ではどうしようもなかっただろう。男性警官をこの場に連れて来て良かった──と、そんな感謝の気持ちを抱いたものである。
「おいおい、早く行ってこいよ。後は俺に任せろって」
未だに動かないウトネに業を煮やしたらしく、男性警官が再度促した。
「はい、分かりました。隣の様子を見てきますね」
ウトネは敬礼をすると、のそのそと歩き出した。
隣の部屋へ向かいながら、ウトネの頭の中には様々な思考が巡ったものである。
──姉に最初に何て声を掛けたら良いだろうか。
ただの挨拶で良いのだろうか。
久し振りだから、気の利いた台詞の一つでも言ってやるべきか──?
そもそも──。
──姉と再会出来て嬉しいのか?
ブンブンと、そんな気恥ずかしい感情を払拭するように、ウトネは首を振るったものである。
「別に、そういうんじゃないし……」
安堵し、気持ちが浮かれていたウトネは──頭の片隅に抱いた違和感の正体に気が付くことはなかった。
そして、無警戒のまま、牢屋のある部屋の扉を開けたのであった。
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