(42)裏面の理解者
〜〜〜〜〜
「なによ、これ……?」
長髪の女性はソファーに座った父親の肘掛けに足を組んで座りながら、そんな疑問の声を口にした。
目の前には異様な光景が広がっている。
壁がガラス張りになっており、隣にある部屋の様子が見えた。
そこは牢獄になっていて、何人もの女性がその中に囚われていた。骨と皮だけの状態でやせ細り、ピクリとも動かない者まで居る。
みんな生きているのか、死んでいるのかも分からない状態であった。
そんな地獄絵図を無表情で見詰めながら、父親はワイングラスに口を付けていた。
「なんだ、モイア……気に食わないのか?」
──気に食うわけがない。
モイアと呼ばれた長髪の女性は怪訝な顔になる。
嫌悪感を露わにするモイアを気にした様子もなく、父親は手を広げて誇らしげに言ったものである。
「すべて、俺の愛情の表れだよ。圧巻だろう? 俺の愛の大きさがそれ程までに大きいということだ。君にも分かるな?」
父親に理解を求められるが、モイアには分からない。
顔を曇らせ、冷ややかに父親を見たものである。
「あの子たちは、誰なのよ……?」
多くの女性が捕らえられている。皆、面識のない見知らぬ女性たちだ。
「みんな、俺のフィアンセたちだよ。俺の愛情を受けるなら、それなりに選ばれた人間でなければならない。金と権力をちらつかせることで、俺は随分と色々なものを手に入れられるようになったよ」
父親は顔を歪め、怪しく笑った。
その笑顔がモイアには悪魔のように見えて戦慄したものである。
「こんなこと……許されないわ!」
責めるようにモイアは父親を睨んだ。
「なら」と、父親はモイアの顔を見た。
「どうするのかね? 警察にでも連れて行くかい? そうなれば、もう君とも会えなくなってしまうがね……」
そう言う父親の目は、どこか悲しげであった——。
「……うっ……!」
その表情に、モイアも心を打たれてしまった。
本来ならば、このことを明るみにして彼を罰しなければならないのに──。
モイアは自分自身と葛藤した。
そして——このことを飲み込むことにした。
不信感・不満・怒り・嫌悪感——様々な感情が渦巻いたが、父親が見せた悲しげな表情から——信じる心が勝ったのであった。
それから、モイアは父親の付き合いで何度もこの部屋に足を運ぶようになった。
たまに、死体の処理を手伝わされることもあった。
「……たす……けて……」
掠れるような声で鉄格子の中から懇願されるが、目を瞑ることしかモイアにはできなかった。
「何をしてるんだろ、私……。でも……」
罪悪感に打ちひしがれた。
見殺しにしているのもそうだが、本来の自分の役割とは相反することをしている。
そんな行為に手を染めている自分に疑念も抱いてきた。
それでも、モイアは父親の罪を明るみにすることが出来なかった。ズルズルと、日ばかりが経っていった。
だが──薄っすらモイアは気付いていた。
いずれは自分も、この檻の中に入れられるのだ。
そして、父親のために──死ななければならない──ということを。
既に、モイアは監禁状態にあるも等しかった。
お屋敷の外には出してもらえず、地下の二つの部屋を行き来することだけを許された。
機嫌の悪い父親から、激しく暴行を受けることもあった。
死の一歩手前まで殴られたが——父親が自らを諌めたので事なきを得た。
「いずれは……」
最悪の結末を迎えない為に、何かしらの策を講じる必要があった。
「私も……」
そこから、モイアもその日に備えて動き出すことにした。
牢屋の清掃と称して牢屋内に細工を施した。
いずれ、自分がここに入った時のために——。
そのことは、父親には気付かれなかった。食料品をせっせと牢屋内に運んだが、咎められることはなかった。
留守の間を狙って行動を起こしたので、そもそも気付かれていないのかもしれない。
父親は、お屋敷を維持するため──こうした猟奇的な生活を維持する為に——きちんと働きに出ていた。いくつもの事業に手を出し、昼間は善人を演じていた。家を留守にする時間は長かったので、モイアも十分に動くことができた。
助けを求めることは——不可能だ。
敏腕な会長は誰からも慕われ、裏でこんな恐ろしいことをしているなどと誰が疑うだろう。失踪事件が相次いでいるにも関わらず、警察の疑いの目が父親に向けられることはなかった。怪しまれることはなく、父親はこうした裏家業を維持することが出来ていた。
そして、ついにその時が来てしまった──。
マグカップが床に落ち、中の液体が床に溢れた。
モイアの視界はぼんやりとし、意識が朦朧とした。
倒れたモイアを見下ろしながら父親は笑った。
「明日から、君には新しい場所で生活してもらうよ。そこで何をしていくべきか……君には分かるよね?」
とうとう覚悟していた瞬間が──訪れてしまったのであった。
〜〜〜〜〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます