第33話 三人称・炎の魔女迎撃戦

 電撃来日した北欧のカリスマファッションモデル、フレイヤ。

 彼女の正体は、人類に仇なす存在、黒魔女の一人であると判明した。


 新宿駅イベント会場において、フレイヤは一般市民の存在を無視して魔法を行使。

 炎の魔法と見られる。

 無から生まれた炎と、コンクリートすら溶かしていく熱量、火柱は空中を飛翔し、ビルの各所に穴を開けた。


 現代魔法と比較しても、その威力は桁外れ。

 すぐさま報道管制、通信規制を敷いて情報を隠蔽した。


 現在は迷宮省直下の補修チームが現場の修繕作業を行っている。


「奇跡的に人的被害はゼロ。よく死ななかったな」


 迷宮省ビル。

 地上六階の古びた建物ではあるが、それはダミー。

 本体は、地下に建造された十二階建ての建造物だ。


 最奥にて迷宮省長官、大京嗣也(だいきょう-つぐや)がレポートをめくる。


「現場で異なる魔女の出現を確認しました。ツイッピーにて活動を行っています、新人の配信者ですね」


「配信者にはちょこちょこ本物が混じっていると思っていたが……。なるほど。彼女が黒魔女の攻撃を防ぎ、無辜の一般市民を守ってくれたわけだな?」


「はい。記録の上でも、自分に攻撃を集中させ、弾いた魔法は人が存在しない場所に飛んでいくよう仕向けていました。これが我々の目を欺(あざむ)き、懐に入り込むための策略でないならば……彼女は我々の側の魔女ということになります」


「ふむ。では黒魔女は異なる魔女に対し、手加減していたように見えたか?」


「見えませんでした。ですがそれだけでは判断できません」


「よし。その魔女を監視しろ。味方であるならばこちらから接触するんだ」


 そこへ、緊急連絡が入る。

 迷宮省イントラネットを通じての報告は、長官と部下を青ざめさせた。


「監視下にある魔女が、包囲を破って逃走……!? いや、今回は穏便に抜け出したようだが……。バイクを奪い、これを炎で包みこんで変異。出現した炎の馬にまたがって郊外向けて走り出したと」


 長官が読み上げると、部下が頭を抱えた。


「やはり我々で無力化しておくべきでしたか……!? くそ、また被害が広がる……!」


「異界からもたらされた災厄であるダンジョンと、人から生まれ出た災厄である魔女。どちらも恐るべき相手なのは間違いがない。相手を知らずに仕掛けて、より大きな被害を呼ぶ可能性はあるだろう。未だ人的被害が無いことを幸いと思うしか無い。止めるには、俺が行かねばならなかっただろうしな」


 大京長官はそう言うと、ネクタイを緩めた。


「俺が出る。迷宮省機動部隊も出動させろ。黒魔女を止めるぞ」


「はっ!」


 炎の魔女迎撃戦が始まる。


 ※


 ハイウェイ上にて、炎に包まれたバイクが出現。

 馬のいななきとともに、道を焼き焦がしながら疾走するそれは、他の車両のオカマを掘って吹き飛ばし、タイヤを焼き溶かし、道路上に大混乱を振りまく。

 炎の馬とも思えるバイクの上には、女が一人。


 ブルネットだった髪が鮮やかなオレンジ色に変わり、瞳の色も同様に。

 炎をマントのように纏った、異形の女だ。


「フロータぁぁぁぁぁっ!! 舐めやがって、あのガキぃぃぃぃぃぃ!! 若い魔女風情が、あたしに喧嘩を売るなんざ百年はえぇんだよぉぉぉぉぉ!!」


 対向車線から、ふらふらと逆走する車が出現する。

 朦朧とした頭で高速道路に侵入してしまったお年寄りだ!


 これを、炎の魔女は己への挑発と受け取った。

 避けること無く、加速する。

 真正面から突っ込んだ炎の馬が、逆走するHV車の半身を破壊しながらふっ飛ばした。


「ウグワーッ!」


 お年寄りが悲鳴を上げる。


 そこに到着するのが迷宮省部隊である。

 ヘリが上空から迫り、攻撃型ドローンを射出する。


 ハイウェイの封鎖は完了。

 年始までこの道路は使えなくなるだろうが……世間にはダンジョン案件だと通告し誤魔化せばいい。


 ドローンからは弾丸が射出される。

 炎の魔女は舌打ちしながら、これを蛇行して回避。


「炎の量が足りねえ! もっと多ければ、弾丸なんざ溶かしてやるのによお!」


 彼女は火種を探して周囲を見回すが、そこは迷宮省の手配通り、既に誰もが避難し、燃やせるものなどない。


「頭のいいやつがいやがるな? 人間のくせに、あたしをどうにかしようってのか? だが、甘え!!」


 魔女はUターンし、己が破壊した車両に到着する。

 ドライバーを救出していた迷宮省職員が慌てて銃を向けるが……。


「はっ!」


 魔女の目が輝くと、職員の制服が燃え始めた。


「う、うわあああああ!!」


 職員は慌てて服を脱ぐ。

 魔女はその間に、発火能力を使って車のエンジンに直接点火。

 爆発が起きた。


「あははははは!! これだよこれ!!」


 爆風を浴びながら、魔女の炎の髪がふた周り大きく膨れ上がった。

 そこに射撃するドローン群。

 だが、弾丸は魔女まで到達しない。


 溶けたのだ。

 圧倒的熱量が、彼女への攻撃を許さない。


 魔女は次々と車を破壊していき、その爆炎を自らに取り込む。

 炎があがればあがるほど強くなる。

 炎が炎を呼び、魔女はさらに強大になる。


 炎が魔法のコストを踏み倒す力となり、無限に炎を発し続ける。


 ついにハイウェイが燃え落ちる。

 魔女は炎が生み出した上昇気流に乗り、炎の馬で舞い上がった。


「ま、まずい!! あいつは想定以上の化け物だ!」


「長官の到着まで退避だ! 退避ー!!」


「特級戦力への連絡は!」


「駄目です! 留守電にもなりません!」


「八咫烏め! また夜通しゲーム配信をして昼は寝ているな!!」


 混乱する声を心地よく浴びながら、炎の魔女が手を広げた。

 腕に纏った炎が翼のように広がる。

 その幅数百メートル。


 範囲内に収まったドローンは、一度の羽ばたきで全てが焼き尽くされた。

 これが炎の魔女。

 古代の超異能の一人。


 それが、炎の魔導書を手にすることでさらなる化け物へと変化した存在だ。


 まさしく生ける炎となりながら、魔女が突き進む。


「待っていやがれ、クソガキ魔女!! あたしがてめえを、骨まで焼き尽くして灰も残らなくしてやるよ!!」


 炎そのものを推進力に、魔女が飛翔する。

 場所は、スマホを焼き尽くす前に記憶してある。


 SNSで挑発してきたのは、あのクソ生意気なツインテールの小娘に違いない。

 浮遊の魔女の弟子か。

 見たことがない魔女だ。


 ということは、新しい魔女だろう。

 そんなものが、百年以上の齢を経た炎の魔女に抗しうるはずもない。


 炎の魔女はゆっくりと降下を始めた。

 さらなる火種を補給するためである。


 だが、そこに追走してくる何かがあった。

 バイクだ。


 上には大柄な男が乗っている。


「んだあ? てめえは!!」


 魔女の目が光った。

 男の服が、バイクが燃えようとして……。


「フリーズボール!」


 魔法が放たれた。

 炎の視線が軽減される。


「現代魔法!? ガキのおもちゃみてえな魔法で、あたしの魔法を防ぐ? 使い手じゃねえか」


 男のバイクが寄せてくる。

 彼の手には、物騒な獲物が握られていた。

 ウォーハンマーである。


 それが振り回された。


 炎の魔女はこれを半笑いで受け止めようとして、その一撃に炎の一部を吹き飛ばされて笑みを消した。

 炎の馬が慌てて距離を取る。


 ウォーハンマーの一撃がかすり、車体の一部を持っていかれたためだ。


 今ここで、足を失うわけにはいかない。


「確か、日本に行くなら注意しろってみそっかすが言ってたな……。てめえ、極東の特級戦力の一人か!」


「いかにも。迷宮省長官、大京嗣也だ。止めさせてもらうぞ、炎の魔女!」


「ばーか! 誰がてめえと真っ向からやり合うかよ! クソガキ魔女を焼き尽くして、火種を補給してから相手してやるぜ!! おら! 燃やし尽くせ!!」


 炎の魔女が、炎の馬に手を当てた。


 馬のいななきが一際高くなる。

 まるで断末魔のようだ。


「まさか!!」


 大京長官は察した。

 己の馬の命を燃やし尽くすことで、一瞬で超加速するつもりであろう。


 爆発的に炎が広がった。

 それは大京長官を巻き込むことをも意図したのだろうが、通じない。

 旋風のごとく振り回されたウォーハンマーが、炎の渦を叩き伏せた。


 だが、その時には炎の魔女は遠く……。

 赤い軌跡を残しながら、遥か先を走っていた。


 炎の魔女に通常の乗り物では接近できない以上、これを追尾することは不可能。

 位置だけは分かる。

 時間を掛けて追うしかない。


「くっ……! 対魔型ヴィークルの開発が必要だな……!」


 魔女は道路に炎の軌跡を刻みながら、音速に迫る速度で移動した。

 走りながら、炎の馬が溶け崩れていく。


 だが、目的地は眼の前だ。

 完全に形を失おうとしている炎の馬を、彼女はその場で乗り捨てた。


 己にもついた慣性を、着地と同時に道路を溶かし、地面を溶かし、どろどろの液体にしながら受け止めさせる。

 広範囲が放射状のクレーターに変化した。


 魔女の影響下にあった場所が、どれもガラス質になり輝いている。


 眼の前には、古ぼけた小さなビルがあった。

 その前に、黒いツインテールの少女が立っている。


「チャラちゃん! ハイエース隠して! 壊されちゃう!」


「マジかよ! まだローン残ってるんだけど!」


「一括で買ってないの?」


「他にも出費嵩んでるんだよ! ヒャッハー! ちょっと移動させるぜえー!!」


「じゃあチャラちゃんが戻ってくるまで、スパイスが時間稼ぎするねー」


 ツインテールの少女が、炎の魔女に向き直った。


「てめえ、ふざけてんのか!?」


 炎の魔女が叫ぶ。

 魔女同士なら、言葉が違ってても意思が伝わるのだ。


 相手の幼い魔女は、にんまりと笑ってみせた。

 クソガキの笑みだ。


「配信してんだもーん! 楽しくやんなきゃ! じゃあスパイスはダンジョンに行くね。魔女さんこちら、手の鳴る方へーお尻ぺんぺーん」


 彼女はにんまり笑顔のまま手をたたき、くるっと回ってお尻を叩いた。


「こ、こ、こ、こ、この、クソガキィィィィィィィィ!!」


 炎が吹き上がる。

 それは古びたビルを焼き尽くさんばかりに広がるのだが……。

 不思議なことに、ビルには焦げ跡一つつかない。


 ここはダンジョン。

 現実と異界が混ざりあった場所だ。

 外側から破壊することはできない。


 既に、幼い魔女の姿はダンジョンの中に消えていた。


「ガキが……! 殺す……絶対に殺す……!!」


 魔導書を奪うと言う目的すら忘れて、炎の魔女は踏み込む。


 最も新しき魔女、黒胡椒スパイスの術中に。 


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