第7話 浮遊の断章 アクセル

 レビテーションとフロートの魔法は音が一切しない。

 これは強みだ。

 足元にゴブリンたちの姿を見ながら、天井ギリギリをふわふわと移動していく。


 自ら移動する力がない魔法なので、バタ足しないといけないのが玉に瑕だが。


 そうこうしていたら、横で気絶していたマシロが動き始めた。


「う……うーん」


「シーッ! 静かに!」


 彼女の耳元で俺が囁くと、マシロは目をパッと開き、じっと俺を見た。


「そのまま静かに。今、ダンジョンの中に巻き込まれてる。会社がダンジョンになった。テーブルを魔法で浮かせて、切り抜けて行っているから」


 マシロはしばらく状況が理解できなかったようで、口をパクパクさせたあと。

 ようやくささやき声を発した。


「あ、あなたは誰……? さっき見た写真の先輩の友達に似てるみたいな……」


 そうだったー!!

 俺は今、美少女の姿に変身しているのだった!


 先輩としての威厳というものは、特に気にしてはいなかったが、美少女化を知られるのはどうなのか。

 ここは他人のふりをしておくべきだろう。


「スパイスはねー、スパイスっていう魔法使いなの。安心して。あなたをダンジョンの外に送り届けてあげる」


 うおおお、少女めいた言葉遣い!

 背中がむずむずする!

 だがなんだろう。この……可愛らしい声で発すると、脳にα波みたいなものが広がっていく安心感。


 しっくりくる。

 この姿の時、こういう口調はかなりいいのではないか!?


 すぐにマシロは納得したようだった。


「冒険配信者の人ですね? あ、ありがとうございます。あの、先輩は?」


「あー、あの男の人はね」


 先に逃げたと言おうとして、待て待て、それじゃ俺がクズみたいじゃないかと気付いた。

 どうなったことにする?

 一人残った……。いや、それは死ぬだろ。


「あなたをスパイスに預けてから、別の逃げるルートを探してみるって言って移動していったかな。あなた、気絶していたから」


「そ、そうだったんですか。先輩大丈夫かな……」


 俺を心配してくれているのか!

 マシロ、いいやつだなあ。


 だが、いつまでもこんなやり取りをしていられない。

 通路が終わり、天井の高い倉庫に到着したからだ。


 そこには多くのゴブリンたちがひしめいており、中心にはでっぷりと太った巨大なゴブリンがいた。

 あれはなんだ。

 ゴブリンジャイアントとでも言うのか。


 周囲には、この巨人が破壊したらしい資材の山と、それが積まれていたであろうパレットが散逸している。

 あの資材を壊したのか!?

 とんでもない馬鹿力だ。


 あんなもの、幾ら書類を落としても倒せる気がしない。

 もっと重い、この倉庫に積み上げられているあの資材を雪崩させたり、放置されたフォークリフトを直接上から叩きつけない限り……。


「倒すための武器が無数にあるじゃん!!」


 思わず声を出してしまった!

 ふわふわ飛んでくるテーブルを、不思議そうに眺めていたゴブリンは、このひと声で俺に気付いた。


『ギャギャアーッ!』『ゴッブウー!!』『グッギャギャギャ!』


 ものを投げつけようとしているので、俺は慌ててテーブルを高いところまで浮かび上がらせた。

 ゴブリンジャイアントがこちらを見上げて、『ブモオオオオオ!』と叫んでいる。


『あの大きいのが一番強そうですねえ。きっとダンジョンのボスですよ! 存在そのものがマナの欠片と近しい力を放っています! あそこから糸のように魔力が繋がって、他の怪物は動き回ってるみたいですねえ』


「フロータ、見えるのか?」


 思わず口に出して応じたら、魔導書の声が聞こえていないマシロがギョッとしてこっちを見た。

 いかんいかん、フロータ、声を出してくれ。


『えー、おほん! 魔導書フロータには見えています。基本的な機能として、隠蔽されていない魔力の痕跡を追えるんですけど、これはあからさまですねー。あの大きいのをやっつければ、怪物はみんないなくなりますしダンジョンもなくなりますよ!』


「だったら話が早いね。やっつけよう! そのためには、例の断章の手がかりがあればいいんだけど……」


『あの大きいの頭を見てください。王冠みたいなのを被っているでしょう? そこにページが突き刺さってます』


「あーっ、なんてところに」


『一旦身を隠してから、回り込んでゲットしましょう、主様が』


「俺、じゃない、スパイスがやるのぉ!?」


『他に誰がいるんですかー!! 主様、ファイト! 応援してます! フレーッ、フレーッ! ほら、あなたも!』


「えっ、私も!? フ、フレーッフレーッ! あのう、これ、配信で流れたりしてます……?」


 マシロはまだ俺を冒険配信者だと思っている。

 そうだよなあ。

 こんなとんでもないことできるの、配信者しかいないもんなあ。


「本放送で流す時は顔にモザイク入れるね」


「お、お願いしますー!」


 そんなリップサービスをしたあと、俺は倉庫の片隅にテーブルを浮かせた。

 資材の山に隠れる形だ。

 ゴブリンたちが俺達を探して動き回っていたが、しばらく息を潜めていたら、飽きたらしくてまた地面をうろうろし始めた。


「じゃ、じゃあ、行ってくる」


『ファイトォー』


「スパイスさん、がんばって!」


 なぜ俺の名を!?

 と思ったが、よく考えたら一人称がスパイスだった。


 応援されたら、ちょっとだけ体にパワーが漲る気がする。


『このダンジョンという空間では、他者からの信仰が魔力となって対象を強化するみたいですねえ。おもしろーい。誰だろう、こんなシステム作ったの……』


 フロータが意味深な事を呟いている……。

 だが、俺はそれどころじゃない。


 ゴブリンジャイアントに気づかれないよう、資材と同じ色の麻袋を掴み、倉庫と保護色になって近づく……。

 そーっと、そーっと。


 レビテーションが無音というの、強力なアドバンテージだな。

 よし、ここから平泳ぎ!

 加速だ!

 時速4kmが6kmくらいになった。


 ぐっと手を伸ばしたら、ゴブリンジャイアントがその瞬間に『ウーン』とか伸びをした。

 あっ、バカ!


 伸びをした体勢で目を開けたら、ばっちり俺と目が合った。

 ゴブリンジャイアントがポカーンと口を開ける。


「ども~。スパイスでぇーす」


 俺はにこやかに微笑み、手を振りながら、やつの王冠に刺さった断章を引き抜いた。


『モ、モ、モガーッ!!』


 青筋を立てて叫ぶゴブリンジャイアント。

 そこから素早く離れようとする俺!

 いかーん!

 巨大な腕が伸ばされる方が早い!


『主様! スロットが追加されたはずです! 断章をスロットに差し込んでください!』


 フロータの声が響き、俺は「あ、そうか!」と気づく。

 平泳ぎで天井に向けて移動しつつ、魔法を装備する画面を展開した。


 いわゆる、俺のステータス画面だ。

 スロットが四つになっている。

 ここに、新たな断章を……イン!


 物理的に差し込めるんだなこれ……。


 断章の名が表示された。


【浮遊の断章 アクセル】


 アクセル……!?

 つまり、加速ってことか。


「素早く移動だ、アクセル!!」


 すぐさま発動する。

 真後ろまでゴブリンジャイアントの腕が迫ってきていたのだが、その寸前で、俺の平泳ぎが加速した!

 天井が一瞬で眼の前に迫る!


「うおおーっ! 華麗にターン!!」


 壁を蹴り、天井を蹴り、俺はレビテーション状態のままターン!


 天井を背にして、倉庫を見渡すことになった。

 俺を、無数のゴブリンと、その中心にいるゴブリンジャイアントが見上げている。


 みんな戦闘態勢だ。

 だが、俺まで攻撃を届かせるのは難しいようだ。


 物を投げて頭上に当てるの、大変だからね。

 俺にとっては、倉庫は武器の宝庫だ。


 見渡す限りの資材が、パレットが、フォークリフトが、全て武器になる。


「反撃開始だぞ。目にもの見せてやる!」



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