第7話 カイリの回想
「逃げられた………」
カイリは教会の門の前でぽつりと呟いた
後を追ってフェンが到着する頃には、既にみさきは教会内に去ってしまい、カイリだけがぽつりと残されていた
「カイリ様?」
フェンが声をかける
「………。」
応えは無い
フェンは主君の返事を待った
「いや、すまない。帰るぞ。」
そう言って、先程通ってきた協会の柱に手をかざし、指で文字を描くと、王宮に戻るために柱に向かって足を進めた
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カイリは王宮に着くと、先程の出来事を整理した
この国は数年前の内戦から波及した戦による被害地と政権の立て直しで忙しい
地方の視察、朝廷の会議、他国との交流、各所の挨拶回り、根回しに交渉…ありとあらゆることを片付けなければいけない
王の玉座が不在となっている今、その王位を継承する自分が何かと表立たなければならない。
昨日は地方視察の帰り道、側近のフェンと、その配下の者を数名連れて王都に向けての帰宅路にその森は突如現れた
「この森はまさか…」
カイリがつぶやくと、
「カイリ様。魔力の壁で覆われています。中へ進むことは困難かと」
フェンが周辺を偵察して報告する
雲ひとつない星空と、満月に照らされ、神秘的に輝いて見えるその森は、カイリの心を引き寄せた
「私は少し森を見てくる。お前たちは王都に戻っていろ。明け方までには戻る。」
「しかし!!」
側近の静止をふりきって、森へと馬を進める。
森はカイリを受け入れるかのように道をあけ、進むべき方向を指し示した
道を進むと、そこには満月の光が満ちた小さな泉があった
馬から降り、泉に近づく
(こんな場所が…)
泉にはプカプカと1人の娘が浮かんでいた
(この森に人が?!)
意識がないのか、目は閉じていて、完全に体は脱力していた。その光景がとても綺麗で少しの間見入ってしまった
(こんなところで何を?生きているのか?それとも…)
とりあえず、沈む前にその娘を助けようと、泉に足を進める。
水に触れた瞬間、サッと水がなくなり、水に浮いていた娘は驚いたのか、溺れたようにもがいて落ちていく
とっさに魔法で落下を防ぎ、娘の元に駆け寄ると、腕の中に収めた
透き通るような白い肌
腕の中にすっぽり収まった華奢な体…
娘の目が開き、色素の薄い茶色い瞳と目が合った
さすがに状況が呑み込めない
この娘が人なのか、はたまた人以外のものなのか……
「何者だ?」
と問うと娘もだいぶ混乱しているようで、言葉が出てこないようだ
体が少し冷えていそうだが、人肌の体温は感じられた
どうやら妖精や精霊の類ではないようだ
下ろすと、フラフラと歩き出した
危ない!
とりあえず娘を支えながら小さな社まで歩いた
そこには1枚の割れた鏡が飾ってあり、それを見て娘は絶望の表情を見せた
優しく抱きしめて、大丈夫だと言ってやりたいところだか…。と、自分の湧いて出た衝動的な感情に少し驚いた
娘の顔色は青白く、あまり体調が良さそうには見えない。このままさっきのようにフラフラ歩かれても心配だ
(何故ここに?何をしていた?どこからきた?どうやって?)
この娘について知りたいと思う気持ちが高まっていった
木陰で休ませると少し落ち着いたようだったので、聞きたいことをつらつら述べた
(しまった。これでは尋問のようだな…)
困惑した表情が見てとれ、ひと呼吸して、仕切り直した
娘はみさきと名乗った
(みさき…か。)
少しお互いの話をして、帰れないと言っていたので、みさきを送っていくことにした
この森は特殊な魔力で覆われた森
入口も出口も分からないが、入ってきた時のように、森が出口へと導いてくれるだろうと思い、馬を走らせた
予想通り森を抜け、無事に王都へと帰還した
フェンが心底心配した表情で出迎えた
(フェンにはいつも心配をかけてばかりだな)
この優秀な側近であれば、無数ある教会のうちのどこなのかも特定出来るかもしれない
フェンに聞き取りを任せると、娘が住む教会が特定された。わかりやすい場所で助かった
『マリア』の守護する大聖堂は王都の浄化の要のクリスタルが配置され、そこで王都全体の魔力の浄化を担っている
『マリア』については秘匿とされている部分が多く、しかしながらこの国にとって重要な存在である『マリア』は未知な存在だった
半年後にはこの国の王となるカイリとしては、『マリア』という、その未知な存在について知っておく必要があった
王都の主要箇所には特殊な転移の魔術印を施している。人目に触れず移動するには便利な魔法だ
それを使ってみさきを送り届けた
この聖堂の使用人なのだろうか?
満月の夜に導かれた不思議な出会いと、心に灯った暖かい気持ちを思い返し、顔色の悪さも気がかりな彼女を中まで送ろうとした矢先
腕を振りほどき、逃げ去られてしまった
別れを惜しむ暇もなく、足早に去っていくみさきの後ろ姿を呆然と見送った
(嫌われた……のか……?)
(なぜ!!!??)
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「フェン」
静かに名を呼ぶと、そばに仕えていた側近が礼をとる
「マリアに挨拶に行く。使いを出しておけ」
「今日。でございますか?」
「そうだ。日が落ちたら一応人目につかぬように向かう」
「かしこまりました」
教会に向かう口実を作り、なぜ嫌われた?という、このモヤッとした想いを晴らすべく、午後からの書類の山にサクッと目を通していった
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