小森くんとおとおともだち!

和楽々

プロローグ 籠り声


 コン。トントン。シャンッ。トトトトト……――。 

 室内に綺麗な籠った音が響いた。

 きっと、一週間の真ん中。おそらく、水曜日の午前中。東京の都市部よりは少しゆとりのある住宅街の一軒家。家の明かりは一つとしてない。いや、それまでではないか、一つはある。デスクライトだけが点いている。

 そのデスクライトがある部屋。カーテンは閉じたままで、外から切り取られたみたいなこの薄暗い空間の中、PCの光が顔を照らしていた。独り言が聞こえる。

「あと、少し……。ここを――よしっ」

 一番きついところを乗り切った。ノーツは多くないけど右手の複雑な指さばきに、左手の4拍子ごとに拍子数が変わっていくとんでもないエリアを叩き終えた。

 そこでは一人の人間が世間的にはマイナーな方のゲーム。いや、音楽ゲーム――通称『音ゲー』に熱く、奮闘していた。

 PCとつながっているモニターに少し前のめりになって目の前に置かれた特殊なコントローラーを連打するその様は一般的な言葉でいうと『ヲタク』だろうか。もしくは『変人』それか『見た目きしょきしょさんガチ勢』だろうか。まぁ、この閉ざされた部屋の中で誰かが見ているわけなんてないし、『ガチ勢』という言葉はまだ僕にはもったいないんだけど。

 そして、もし誰かがこんな様子の僕を見て、最初に思うこと。もしくは口にしてまで言うことはこうだろう。


 どうして、学校に行かないのか……。


 僕は、いわゆる高校一年生といわれる歳だ。もちろん試験を受けたので行くべき高校もある。制服も持っているし、山ほどの教材だってある。今は部屋の片隅でおねんねしている……。

 4月の春休みをとうに過ぎ、入学式なんてもちろん出ていない。本来登校しないといけない日付からは1週間半経過している。

 

 それでも僕は、学校に行かない。行っていない。


「…………」

 例の曲が終わり、僕はコントローラーから手を離した。フルコンボのランクSS。悪くはない結果ではあるけど、perfect(完璧なタイミングでノーツを叩くこと)を1つ逃してしまっているので最高とは言えない。ちょーおしいというやつだ。

 ――さっきまでの曲に夢中になっていたのも熱が冷めたのか、考え事をしてしまったのか少しテンションが下がってしまった。息を吸って、吐き出さずにそのままパソコンを操作し、音ゲーをおとした。椅子から立ち上がる。

 ぱすぱすっとスリッパの音を誰もいない家の中に響かせ、部屋を移動してリビングに向かう。相変わらず、リビングもカーテンが閉め切っていた。薄暗さも慣れてしまっているから何か変えようとは微塵も思っていない。冷蔵庫を開いて簡単な食事をとろう。だからここに来た。

「はぁ、惜しかったなー。あと少しでSSSランクだったんだけどなぁ……」

 インスタントのお米がレンジの中でぐるぐる回るのを見つめながらそんなことを呟く。いくつになっても独り言の癖は抜けることない。やめたい、けど体からは抜けることがない。

 黒いレンジの蓋に自分の顔が映る。何度も現実とは違うように、と願った顔はいまだ変わってない。中学の時からも何も変わってない。弱そうで、眉も内側を向いていて、うんざりする。小柄な体系に低い身長、幼い顔つき。赤紫っぽい目も汚れて見える。もっとああだったら、って何回考えたかな……。

 温まったインスタントのお米を取り出し、またまたお手軽で出来るほうれん草の冷凍品を解凍して、リビングの四人用テーブルに運ぶ。

 ……けど、どんなに嫌いな自分の身体だけど、髪の手入れだけは欠かさない。

 黄緑の髪はさらさらと動くたびに揺れる。前髪も今日も今日とて真ん中で分けている。これは視界がちゃんと広がるから良い。

 

 情けないことだらけでも、これだけはちゃんとしたいんだ。


「ん~! やっぱりウマしっ! 生きてるって実感するなぁ~」

 ほくほくと熱いご飯をほおばりながら自分の声が反響してきた。でも、僕はもうこの食事に夢中だ。誰もいないのに独り言? 変な人? じゃあ、独り言やその変人のレッテルでおなかは満たされるのか。という話になる。説を聞いてくれる相手がここにはいないけど。

 そうして、遅めの昼食を済ませた後。しっかりとごみを片付け、少ない容器の洗い物も済ませてしまった。ゴミ袋は満タンなので外に出し、口を結んで玄関に置いた。こうしとけば忘れることはない、さすがは、ぼくっ! ……なんて。

「よーし、これでおっけぃ。…………これからどしよ」

 大仕事をやり終えたみたいに大げさに手をぱんぱんっとはたいてみた。だけど虚無感にまた包まれる。理由は、言った通りだ。

 よく、ある。することがない時間。そりゃあ、学校に行っていないのがもちろんなんだけど。――きっと僕と同い年の学生はうとうとする時間帯の授業を頑張って受けているのだろう。 

 あぁ、ほんとに今から何しよう……。口にしたのにまた思ってしまう。

 音ゲー……は、結構な身体的疲労で疲れたし、本を読むは、本棚の本はもう何周もした。

 学校にも行ってないやつが何言ってんだ、って正論はもちろん反論のしようもないんだけど、だれかそう僕に言ってやってほしい……。

 けど、だけど――――。

『ピンポーン、ピンポーン』

 家のインターホンが鳴った。家にはもちろんのこと誰もいないので渋々玄関に向かう。久々に誰かと話すからうまく話せるだろうか、んんっとのどを鳴らした。

 ドアのスコープからちゃんと覗いてからそっと半分くらいドアを開く。外には赤い公務服を着ている二十代くらいの男性郵便員がいた。

「あ、はい……小森こもりです」

「あ、どうも! えー小森さん宛てに手紙が届いていますっ。サインいいですかぁ?」

 郵便員からペンをもらい『小森 裕(こもり ゆう)』と言われた通りサインをした。

「ありがとうございましたーぁ!」

 そうして、また忙しい社会人は次の住所へ向かうのであった――。

 そんなことはどうでもいい。(よくはない)

 さて、肝心の手紙だ。どうやら妹からのようだった。


『兄者へ』


「兄者て……」

 独特な呼び方と、初めての言われように思わず声にしてツッコんでしまう。

 妹はいつもこんな感じだった。ふざけている? というかお調子者だった。この先の書かれている内容もこんな感じだろう。続きを声に出して読んでみる。

『何やってもやる気が出なさそうなあたしの兄妹へ。二か月に一回くる妹からお手紙のじかんだよー! いよいよ中学は最後の年、前の弓道部ではね、大会で割といい成績をとれたんだぁ~! でもあたしは今野外キャンプ部、一番入りたかった部活にとうとうはいりましたぁーっっ!! お兄ちゃんはどうかな、なるべく学校にはいっててほしいけどまぁどーでもいいよね! あ、寮の友達からゲームに呼ばれたからこの手紙はここで終わるねー。ほんとはこんな手紙に時間かけているほどあたしは暇な女じゃないんだからね! じゃ、またにー! ――――鈴香(すずか)」   

 なんか、書きたいことをひたすらに詰め込んだ福袋みたいな手紙だった。書き方に関してもなんかウザさがあったし……。

 妹は、県外の中学校でいい感じの生活を送れているらしい。寮の友達ともいい感じみたいだ。部活も色んなのに入ってはやめてを繰り返して何かしらの成績を残している。

 昔からそうだった。強くて、兄である僕よりしっかりしている子。

 両親が亡くなる前からも、亡くなってからもさらに、自分で考える力が強くなって……気が付けば自分の個性を存分に発揮している。

 だから、この家にはいつしか誰もいなくなっていた。

 今では、もうひとり。

気が付けばその部屋に足を運んでいた。仏壇には遺影が横並びに並んでいる。ろうそくの火は点いていないけど、立ててある線香の先っぽはまだ少し熱を感じる。ちゃんと起きてからすぐに線香を立てて手を合わせていたのだ。僕だってこういうことはちゃんとできる子なのだ。

 ――――――――。

 少し、家族のことを考えたせいか、それとも暇すぎて死にそうになったせいか、もしくはその両方か。タイミングよくピロン♪ と通知が鳴った。シンリマのキャンペーンの通知だ。何百人中の何十人かにアーケード版のシンリマを無料でプレイできるチケットが――ガチャで――っ!?

「き、きたぁーー!!」

『新世界リマスター』略称『シンリマ』。スマホやパソコン、ゲームセンターでも数多く取り扱っているプレイの幅が広い僕が一番大好きな音ゲーだ。4×4の四角形のボタンを上の画面から流れてくるノーツに合わせて叩くという他とはかなり違った特殊な音ゲー。リズムとビートを完璧に刻むことに特化したのがテーマ。

 で、そのシンリマでの1周年記念のキャンペーンで、アーケード版の無料プレイチケットがなんと当たったのだ! なんてことだ! こんなことありえないっ! 

思わず海外小説の翻訳版みたいないい方になってしまう。けどしょうがない。

 わかりやすく説明すると、ゲームセンターにあるシンリマをこのもらったQRコードをピッとするだけで何回か無料プレイできるということ。これだからシンリマを推すことはやめられない! マイナーで人口は少ないかもだけどやっぱり僕はこの音ゲーが好きだ。周年万歳。報酬がおいしい。運営様万歳。

 急いでいつものお気に入りのジャンパーを羽織って、肩にかけるカバンに貴重品を入れていく。コンタクト用の目薬や財布、ハンドタオルにシンリマでは使わないけど一応軍手。そそくさと中にしまってお気に入りの靴に足を入れた。

 久しぶりの外。どんなきっかけでも外の空気を吸うことに多少の抵抗はある。いざ、玄関のドアノブを手にするとずっしりと重たいものが僕の体を包んだ。でも、たかが近所のゲームセンターだ。行きつけではあるし、そこまで距離もない。通行人なんて顔見知りは一人もいないだろう。うん……。いこう。

(誰かに会いに行くわけじゃないから――大丈夫だよね)

「いってきまーす」

 誰もいないことが分かっているのに、リビングのほうに声をあげ、振り返ることなく重たい扉を閉じた。もちろん返事は帰ってくることない。誰からのアクションもない。それでも癖というのか、というのか。これでよかった。

 これで、いいんだ。



□ ■ □ ♪ □ ■ □             

 


 ドアを開けてから外に久々に出て思ったことは1つ。思わず口にしてしまった。 

「まぶしい……」

 世界の光はこんなにまぶしいものなんだ……。そう、ヲタクはよく主語を大きく大げさに表現してしまう。

 光に目を細めて、玄関の戸締りをしっかりして、弾む足取り、陽気な鼻歌、鳥はさえずり花は咲き乱れ――なんてことはなく、背負いカバンの前のベルトを頼みの綱のようにしっかり握りしめて、下の地面を見ながら道を歩いていく。前は髪の隙間からちらちら見えてはいるけど、必要はなく体が覚えている。どんな月日がたっても忘れない。

 住宅街から少し人通りの多い道に出てしまう。ばらばらの大きさなビルと、ごちゃっとしたお店が多い。歩道の車道側には木々が並んでいた。人と人との間をすらすら抜けて颯爽と目的地に――いけたらよかったんだけどね、単純に運動不足で歩くのが遅い。でも、時間はそこまでかからずに目的地に着いた。

 入り口前に立ち、建物の全体像を見てみる。そこは、近辺に並ぶビルと同じようで――。いや、うん。ちょっと? やっぱり結構低いかも? 明らかに近代感はなかった。三階くらいの高さまでしかなく、何やらおかしな会社や事務所名の書かれた看板がある。文字のところが霞んでいてよく見えない。まぁ古めの建物で、だいぶぼろ……味のある建物だ! レトロチックというか……。 

 一階の壁はレンガ作りになっていてツタや葉っぱが張り巡らされているのに対して、入り口は自動ドアで初めて来たときにもそのギャップに少しばかり困惑した。

もしかすると上の事務所とかには横にあるあまりにも黒ずんでいる階段を使わないといけないのかもしれない。あくまでメインはこの一階のゲームセンターということ、みたいな感じなのだろうか。でも、簡易的にいえばあまり人気がないということだ。人気にんきがなくて人気ひとけもない。

 なのでここは自分だけの秘密というか、誰にも教えたくないかなり雰囲気のいい場所だ。こういうところ大好き! 久しぶりの外出がここで胸がほっとする。  

 店に入って、室内の様子を見てみた。もちろんお客さんはいない。がらんとしていて、店の右側にあるレトロなゲーム台が静かに息をしている。名前の知っている格ゲーとかいろいろとあった。

 けど、用があるのはそちらではない、左側だ。一台ずつしか置かれてない結構ジャンルはたくさん音ゲーの中の一番角。隅っこのほうにやっぱりあった。パソコンでやっているシンリマ。アーケード版で目の前に置かれているその大きな機材にテンションが爆上げした。

「よし、やりますか……」

 指をぽきぽき鳴らして、鞄を横のホックにかける。そして手首をぐるぐる回した。音ゲーは準備運動が大事! まぁ、人それぞれかもしれないけど。自分にとってはこれはスポーツよりも体力を使うものなのだ。と、ろくにスポーツをしたことがない僕が言おう。

 うん準備運動は完璧、スマホのもらったQRコードを画面にかざしてボタンを適当に押す。ピローンとSEがながれて「welcome」とセリフが流れた。

 シンリマは家でやったものと同じく4×4のボタンを譜面に合わせて叩いていくという単純な音ゲー。けど、もちろん上から降るノーツは毎回見ながらやるなんて上級譜面は無理だから暗記するしかない。暗記と音を聞いてリズムを完璧に。シンリマは手数が大きい音ゲーとは違って、どれだけ正確にその曲の音を拾えるかが大切だからそれだけを意識してプレイしよう! ……ってホームページに書いてた。

 ボタンを叩くときはこのゲームの上級者がやっているみたいに、手で狐みたいな形を作って叩く。人差し指の先っちょで弾くように叩くと次のノーツも押しやすいし、なにしろリズムに乗りやすい。基礎的なことだと自分では思う。

 一周年というのもあるのかシンリマのアプデでシステムが大きく変わっていた。タイトルコールも画面もbgmも確かに少し近未来風になっていたというか、パソコン版はまだいつもと同じだったので新要素に触れて思わす目を輝かせてしまう。

 なので、本来はないのだがチュートリアル画面に入ってしまった。勿論、スキップして再度ログインしてくださいという画面に入る。どうやら一度リセット的なものがあったみたいだ。でもスマホのデータからアカウントを引き継げるみたいなので僕はもう一度スマホを画面にかざした。

 赤紫の髪をして笑顔で笑う制服を着た女の子のキャラと、ユーザー名が載ったカードのようなものが表示される。うん、間違いなく僕のだ。スマホから引き継いだので当たり前か。偽名は特に思いついてなかったので普通に『小森 裕(こもり ゆう)』にしている。今度変えておこうかな。

 よし、ようやくプレイできる。運営からの報酬と最大レベルプレイチケットを貰ってから何百曲と入っている画面になり曲を選ぶのだが、選択前に小さな写真とテロップが出た。新曲追加のお知らせだ。

「う~ん、流石にOootooさんの曲はないか……。ポップスとアニメが多い?」

 どうやら最近ネットで話題になった歌手と曲らしい。その曲が主軸で+4曲追加みたいな感じだった。知らなかったなぁ、こんな曲あるんだ。

 まぁ、ポップスだしええやろ。ボカロは専門外だから。みたいな、僕はそんなプレイヤーではない。声を大きくして言う! むしろポップスもボカロも大好きだ。それにシンリマに収録されている曲約250は全部プレイ済みなのでもちろんこの曲たちもやろう。クエストや地方イベントもあるからキャラや壁紙のゲットチャンスだ! やったね! ということでまずは今回の目玉とされている曲をやってみる。

「えっと『ミラーズスター』っていうんだ。なんだか、ボカロかJPOPかどっちか分かんない曲名だなぁ~」

 早速プレイ。ある程度予想してた通り、ポップスの明るい曲で、バンドのメンバー(ギターやベース)の音楽でなじみ深い楽器に電子音と打ちこみが混じった曲だった。歌っている女の人の声も透明感があって、かっこいい歌い方だった。

 最近、誰かが歌う曲はあまり聞いていない、というか音楽自体を単独で聞くことをしなかったからその曲は妙に魅かれた。とても、いいなって思った。

 けど、音ゲー自体の難易度はそう上手くはいかないようで、最大レベルを初見でクリアできるレベル。まぁ、いつも意味の分からない変拍子ばっかり叩いているから完全にマヒしているんだろうけど……。

「曲はかっこよかったなぁ、おしゃれだし、声はとても心地いいし、よかったけどー」

 まぁ、この曲は多分あんまりプレイしないだろうなぁ、これ以上聞くこともないかもしれない。そもそも、初めて触った初心者さんたちがやりやすいレベルにしたのだろう。新ユーザーをつかむのはとても大切なことだから。来いぃ~人口よぉ、増えてくれ~!

 さて、じゃあそろそろ僕の本当のプレイをやろう。

「う~んと、まずはじゃあ肩慣らし程度に……。あ、でもあえて凄まじいのやって一瞬で温める? うーん、悩ましいぃ……」

 試行錯誤のすえ、選んだ曲を最大難易度にしてプレイを始めた。この曲を初めてフル混んできた日は――う、ううっ、涙が出てくる……。

 この曲の最大のポイント、初見からの意味わからないやけクソ大量ノーツ。なんとか全部拾うことはできた。ゆ、指が痛い……けど泣き言は言ってられない。また正方形のゴムのボタンを叩き始める。 

 その後ろ姿といえば、時々大人の人が自前のばちまで用意して、いたって習い事である太鼓活動に全力を注いでいる姿や、黒の長ズボンに白シャツ、手にはもはやそれが体の一部だというように離れない軍手、その格好で洗濯機を叩いている姿。腰くらいのテーブルで手を光よりも早い速度で上げ下げしている姿と面影が一致していた。そこから、どれくらい時が経ったのか誰もわからない。


――――今は、何時かな?


 疲れに疲れた僕はゲームセンター内のベンチで休憩している。音ゲーは疲れないって言った人誰だ、その人おかしいよ……。

 鞄からペットボトルの水を取り出し、一口飲んでしまうと同時に入れ替わりでスマホを取り出した。黒の星の一つもない夜空のロック画面に映し出される時間を確認する。思わず、目を丸くしてしまった。

「っ! あれ、もう1時間半経ってたの!? ……そ、そろそろ帰ろうかな、流石にちょっとやりすぎだよね」

 鞄を担ぎ、自動ドアへ三歩歩いてまた止まってしまった。唸り声をあげて悩みに悩む。腕を組んで眉間を右手で触った。

「うーん、でもなぁ。帰ってもすることなーんにもないし、ここだとやることが目の前にあるからなぁ~。先生との勉強もまだ結構時間はあるし……」

 そこから綺麗な回れ右をしてまたベンチの前に戻ってきてしまう。むむむ、と閉じた目に力が入るが、スンとその力が抜けて肩を下した。

「…………帰ろ」

 いったい何を悩むことがあったんだろうか、もうかなりの時間音ゲーはしていたし、もう流石におしまい! ゲームは1時間まで約束だったでしょ!? と、きっとこの場にお母さんがいたなら典型的な怒られ方をされていただろう。

「――――っとと」

「――っ!? ……あ、す、スミマセン!」

 はぁ、とため息をついてから自動ドアをくぐる際にちゃんと前を見ていなかったから女の人とぶつかりそうになってしまった。少し大きめの段ボールを担いでいる。速攻に謝罪した。焦って頭を何度も上げ下げる。

 少し半目でクリーム色した髪の女性が床に段ボールを置いて僕を見る。ひ、ひぃっ

殴られる……?

「お、君。ありがとございましたー」

「……?」

 頭だけ軽く下げるとまた段ボールをんしょ、と担ぎゲームセンターの中にあるレジのカウンターに置いた。僕はぼーっとその後ろ姿を眺める。――店員さん? 若そうな……すっ、とそこで自動ドアが閉まった。あんな人いたっけ…………。

「――ま、いいか。さーて家に帰ってシャワーを浴びよう」

 透明な自動ドアが奥のゲームセンターの黒い壁と重なって生んだ暗がりに、反射して映っていた僕のきょとんとする顔から目をそらし、歩き始めた。外を出ると少し曇っていて雨が降り出しそうな空になっていた。朝に天気予報を確認していないので、もちろん傘は持ってきていない。雨が降る前に帰れるだろうか。

 濡れて風邪をひくといけないからコンビニでビニール傘を買おうかと悩み、青と緑と白のコンビニにちらりと目を送るが、そこまではないか。最近は物価も上がってきているし、ネットでビニール傘がものすごく高くなっていると話題にもなっていた。「まぁ、流石に大丈夫――」

 ぽつ、ぽつぽつと鼻の先にちょこんと水滴が一滴触れたと思ったら、次第に雨が降ってくる感覚が短くなってきた。完全な通り雨だ。ざーざーと髪先が水で滴り僕の目を隠す。服はあっという間に重くなった。

「…………って言ったら降るよね。言霊ってあるのかなぁ」

 重たい足を一生懸命回して走り出すが、驚くほど進まない。そもそも歩幅が狭いので一歩の距離が短いんだ。むむむ、雨にも当たらない速度で家に帰れると思ってたのに、まさかこんなにも遅かったなんて。運動は昔から苦手だったけど……。

 腕を振り、ふと上を見上げてみる。灰色の雲をした空は斜めに針のような雨を降らす。僕が走っているから斜めに見えるだけだけど、窓から垂直にみる雨とは何か違ってて新鮮だった。

 きっと、ここ等の一帯に降る雨と、どこか遠くの町でも降ってくる雨は同じものなのだろうか。いや、けど雨雲は途切れているし、そこの地域で生まれた水蒸気が雲になるから厳密には違うのかな……。

 まぁ、当たり前なことを言ったら当たり前なんだけど、今日もどこかで雨が降るなんて考えると、そのどこかの中にいる自分はこんなにも〝ちっぽけ〟な存在であり、そこで生活しているというか、生きているというか、何か自分を三人称視点で見ているみたいに思える。

「いや、オシャレ、なの、かな、この、考え」

 息を切らしながらも独り言を呟く。雨が降っているとよく出てくる癖の独り言が誰にも聞かれないのがいいなぁ。そもそも、雨は嫌いじゃないし、僕には大切で、馴染みの深いもの。忘れられないし、忘れない。あれは、もうちょっと降ってたけど。

 雨の暗い感じや、悲しいことを思い出すときにもよく降ったりするし、男女の感動な出会い。あ、でもそれらはアニメやアニメやアニメか。もう、外に行かないしずっとアニメばっかり見ているからほんとによくないな……。それに〝あんなのは、アニメみたいな綺麗な話じゃないし〟

 前の話が一瞬だけ目に映った。そのときの情景が一部の写真のように思い出してしまったが、ふとするとまた消えた。

「――――っ」

 思わずバランスを崩して転んでしまいそうになるのをなんとか耐えた。そして、振り切るように走った。大切な記憶だけど思い出したくないんだ。

 気が付けばあっという間に家の前につく。なんだ、僕は結構速く走れたんだ!

 そんなことより早く中に入ろう。体中のあちこちが冷たく、雨水に濡らされている。シャツもズボンもパンツもぐちょぐちょだ。鞄だけは服の中に突っ込んで死守した。中の数少ない貴重品が濡れたら困る。

 いったいどうなっているんだろう、まだ、四月(なのかな? 最近はカレンダーを全く見ていないし、学校にも行っていないからわかんないけど、まぁ四月、くらい。きっと四月。おそらく四月。いや、うん、四月だ。たぶん)だというのに、雨が降るなんて……。でもあり得る話なのかな。常識知識がなくてツラい……。

 神様に何か悲しいことでもあったのかな。神様なんていないけど。

「ふぁ、寒い。早くシャワーを浴びよう……。っちしゅっ!」

 くしゃみが出て本格的に体が冷えてくるのを感じる。腕をお腹のところに巻きながら体をきゅっとして家にカギを開けた。久々の外出はこれでおしまい!

 水たまりを踏んで濡れた靴と靴下を脱いで靴はベランダに運ぶ。その際に、服から滴る水滴がリビングの床のタイルに落ちてびしょびしょになってしまった。とりあえず見て見ぬふりをしよう。バッグはソファーに投げる。なんか、なにもかもグダグダしていて、きっと誰が見てもイライラするだろう。まぁ、誰にも何にも言われることはないか。いまは、大至急だし、風邪ひくとほんとにまずい。看病する人はいないから。

 さて、体を温めよう。

 もうお風呂のところで服を脱いで、洗濯機の穴へぽいぽいっと投げ込んでいく。やった、全部シュート! よし、ぱーぺき! って、この距離だと普通か。

 雨の降った日にはよくお風呂ですることがある。最初は妹が始めたことだったけどそれを見て僕も真似をしてみた。タオルをスマホに巻いて自分が大好きな曲を流すんだ。普段のネガティブ思考もこれで忘れたりする。 

 お風呂の中で音楽を流すとエコーがかかったみたいに響いて、自分が歌う声も跳ね返ってくるのでものすごく気分がいい。僕の声は嫌いだけど、歌うのはとてもいいことだ。

「ふふふ~ん、ただの音を~ ふーふんふーん~♪」

 自分でもうまくないのはわかっている重々承知だ。それでも音楽が好きだから。やっぱり、この気持ちはいつになっても忘れられない。頭からシャワーを浴びながら湯気が立ち上っていく。

 そして、自分のお気に入りの曲が終わると、音楽アプリの方が勝手に曲が流してくれる。浴室についさっき聞いたイントロが流れて、歌声が聞こえた。あれだ、え~っと…………あ、そうだ! ミラーズスターだ!

「あ、またこの曲……。やっぱり人気な曲なんだなぁ」

 やっぱりここのおまかせで流れてくるっていうことは世間的にもかなり有名なんだろう。シンリマだけとかじゃなくて。別に嫌いじゃないんだけど、さっきまで歌ってたからまだ歌詞の知らない曲が流れてここではお湯の音でメロディをちゃんと聞こうという気持ちになれないのでテンションが戻ってしまった。 

 まぁ、やっぱり嫌いじゃないんだけど、別にもうよっぽどのことがない限り聞くことはないんだろうな。って、これさっきも言ったような……。

 というか、もうに十分くらいシャワーと向き合って熱唱しているので流石に上がろう。シャワーとマイクだ。その様子を一発でテイクする。一本のマイクに白い壁。――何言ってるんだ、僕は。

 もくもくと、湯気が洗面台のところまで侵入してくる。その煙の中から手を伸ばして大きなバスタオルを取った。お風呂場で自分の体の水気を拭きとり、胸の上まで巻き付くことのできる(決して僕はちびではない。決して!)バスタオルを巻いたまま化粧台の前に立った。お湯で体を包んだあとに訪れたこの地帯はまるで別世界のように差がある。体が冷えてしまう前にタンスの中に入っているいつものシャツと長いズボンを身に着けた。

 ばっちりとダボっとした服に着替えた僕は、洗濯機と面会する。洗濯は意外と簡単だ。まぁ僕はこの直方体に頼りっぱなしなのだが、それでも時間はかからない。乾燥も洗濯もすぐに終わる。だからあんまりこの作業は苦じゃない。自分がすごいように思っていたらいつか洗濯機にわからされたりするときが来るのだろうか、いやないだろ、何を言っているんだ僕は……。

 まぁ、洗濯に時間がかからないのは服が僕一人分だからなのかもしれない。


             

□ ■ □ ♪ □ ■ □             



 シャワーを浴びてリビングに足を踏み入れたら途端にお腹がすいた。今日は外出もして運動(徒歩、音ゲー)もしたから仕方がない。お昼はたくさん食べたけど食欲には抗えないから。

 タオルで少し湿る髪を拭き拭き、キッチンに立った。晩御飯を済ませてから勉強にしようかな。うん、そうしよう。冷凍庫の奥底を漁る。

「えーっと、確か買い置きが……冷凍のとこに――――あった!」

 ハンバーグ的なお肉を取り出して、自分のスマホから料理アプリを開いた。気に入ったいい感じのレシピがあったらお気に入りの登録をしているので、その欄をスクロールする。今持ってるお肉でちょうど15分くらいのいい感じのレシピを見つけたのでそれを開いてキッチンの壁に立てかける。お米は……だるい! めんどい! だから~レンチーン! ほんとらくぅ~!

 しっかりとレシピ通りに手慣れた手つきで包丁を働かせて、野菜も盛り付けた。火の通ったお肉は火の通った色に変わるたびどんどんといい匂いが広がる。

 一人分の夕食と小食な僕には少ない量で済まることができるので、料理も時間はあまりかからない。コスパがいいっ!

「はーい、かんせーい!」

 キッチンの片づけもきちんとして……いやダジャレではなく。ご飯と作ったおかずを両手に持って自分の部屋に向かった。なんとおぎょうぎのわるいっ! けど、止める力はない。時計を見ると7時をちょっと過ぎくらいだった。もうすぐネット先生授業(僕が勝手にそう呼んでるだけ)が始まってしまう。

 パソコンを点けて通話機能(ディスコード)を開く。

「あ、もういる。待たせてしまったかな……」

 先生――『安藤先生(あんどう)』が僕と先生しかいないサーバーのボイスチャットチャンネルでオンラインになっていた。僕もそのボイスチャットに参加する。『弱くてもニューゲーム』という名前のチャットをダブルクリックした。そいえば、今になってもこの名前の理由は先生に聞いていない。なんでこうなんだろう。

 ポロン♪ と、軽い音がした後。電波を通して、スピーカーを通して、先生が口ずさむ歌声が聞こえた。いい意味で大人っぽくはない、少し男性大学生の声域に近い感じ。聞いてて、なぜか安心するような声。そんな感じ。

「――せーかいは~……♪ あれ? あ、小森くん。こんばんは」

「先生、こんばんは」

 安藤先生は、二十代くらいの若い先生で、とても温厚な、優しい先生だ。引き籠りな僕に対しても心優しく声色一つ変えずに接してくれる。それとなぜか可愛がられている。メロメロみたいな感じではなく、面倒見がいいみたいな感じだろうか。

 実のところを言うと先生は、昔、医学の道を歩んでいて大学も医学のかなりいいところ。天才ドクターみたいなのをドラマで見たことがあるが、実際にほんとの天才外科医みたいだった。先生との関わりがあったのは僕がそれを知ってから。この体をもって先生の優秀さを体感した。

 もしも「命の恩人は?」なんて質問をされたら、胸を張って声を大にして安藤先生と言える。いや、絶対に言う。

 「じゃあ、さっそく始めよっか。こないだのテキストの続きのページに――」

 僕は、先生の声に返事をしてから机の上のワークブックをパラパラめくる。そう、ネット先生授業。それはこのオンライン越しに先生から勉強を教わる貴重な時間。全教科記載されているこのテキストを先生は画面共有の機能を使って教えてくれているのだ。しかも無給! ほぼ毎日! 赤の他人の僕を!

 でも、これにはお金を払う、の代わりに僕には条件が出されている。

 モニターに映る安藤先生が液タブで書く赤い文字を目で追いながらまた問題をすらすらと解いていった。ここはそんなに難しくはない。昨日もやったから。けど、次の問題の答えは度忘れしてしまった。

「じゃあ、次だね。ここは何だと思う? 小森くんここ分かんなそうだけど!」

「え! よくわかりましたね! う~んと……⑨ですか?」

 安藤先生には何でもお見通しみたいだ。ドキッとしたなぁ~。

「残念! ここ覚えにくいよねぇ~。答えは⑧が入るね。まず一つ一つ順を追って、ストーリーとして覚えていこう。それなら他のも覚えれるからね。これは345年の頃に――」

 先生が解説するのを一つも聞き逃さないように相槌を打ちながらノートにまとめていく。わかんないところがあったら一度はい、と言いきちんと質問する。せっかく教わっているというのに、また同じ間違いはしたくない。さっきの問題は……くっ、今度は間違えないぞ!

 そうして、時間の針はぐるぐる、あっという間に3時間経過し――。

「よし! 今日はこれでおしまい! いいね、いつもしっかり聞いてくれるのが伝わるからボクはうれしいな~」

 机に広がったノートを片付ける。テキストの画面共有が消えると、先生が椅子の上で伸びをするように声が遠くなって聞こえた。きっと両腕を上に伸ばしているに違いない。先生は少し猫背だ。

「いや、ほんと毎日ありがとうございます」

「別にいいんだって。勝手にやっているみたいなもんだからさー。……それより」

 この通話アプリはノイズキャンセル機能にも優れているけど、それでもうっすらとキーボードのカチャカチャ音が聞こえてきた。あ、もう準備してる。

 これが僕の条件。

「はやく、『アワクラ』開いてよ」

 変にきりっとした声で先生が言った。画面の先では本当にきりっとした表情をしているのかもしれない。

「はいはい、もう準備していますよ」

  そう、何を隠そう先生は『大』の付くほどのゲーム好きなのだ。僕の画面に『OURS CRAFT』(アワーズクラフト)の文字が出てくる。このゲームはもう世界的にとても有名でゲームが好きな人なら知らない人はいないんじゃないのか、っていうくらいには人気なゲームだ。ジャンルはサンドボックスと呼ばれる――簡単に言えば目的がなく、ほんと砂場遊びのように遊べるゲーム。ストーリというストーリーもなく、建築や採掘、農業。ただゆったりするだけでなく、冒険なんかにも行ったり、それこそ誰かと雑談なんかしながらプレイするのに最適なゲームなのだ。 

 先生と僕は、そんなアワクラでオンラインのマルチプレイをしている。オンラインで距離の離れたところにいても、このアワクラのワールドでは近くにいるみたいに感じる。ゲームの世界に生きる、というのはまだ僕と先生の二人しかいないから到底言えないけど、ここではキャラが僕自身みたいにも見えた。一人称のゲームだから余計にそう思えてくるかもしれない。

 そのゲームで僕はハッと驚かされた。先生は建築のガチ勢だ。

 僕とやっていないときにもログインして、建築に資材を調達してはとにかく建物を建てまくる。一晩寝て、ふらりとインしてみればそこには前とは違った景色になっていた。一度リスポーンしたら先生が作り上げたビルの壁の中に埋まって窒息したこともある。

 そこまで僕は、先生ほどめちゃくちゃにプレイしているわけではないが、気が付けばものすごい街が出来上がっていた。

「ひぃっ! いやぁ~ね、小森くん。学校はね、大事だよぉ~?」

「……何を言ってるんですか、先生」

「小森くんはぁ、まだぜんぜーん若いんだから~」

 どうやら今日は珍しくお酒が入っているらしい。先生が自分でお酒が強いとは昔に言っていた気がするが、となると今日はもう何杯かいっているんだろう。……アワクラ内の学校の壁をポコポコ置きながら言う。あんまり呂律が回っていない。けど、プレイは正確で素早い。どうなってるんだ、この人は。

 そういえば、と先生のべろべろさに苦笑いしながら思い出したことがあった。

 確か、彼女と別れたときから酒癖がとても悪くなったとか、ないとか、それこそ酔いが回った時に自分で言っていた気がする。あれ? 先生ってこの感じ、意外な姿じゃないのかも?

「いやいや、先生もまだ20代ですよね?」

「それでもさぁ~時間の流れは速いよぉー? とーんってなったらシューンって過ぎて行っちゃう」

「どこの何の、とーんと、シューンですか……。先生。まったく、ちょっとは水も飲んでください」

「はーい」

 授業を教えてくれていた先生は。どこにいってしまったのでしょうか。

 返事の通りに水を取り入ったせいか、酔いで頭が回っておらず放置し、先生のアバターがモンスターたちに襲われている。ばちっ! べしっ! とダメージ音が二度続いた後、僕が先生に群がるモンスターを薙ぎ払った。まったく、素早くて正確とは確かに言ったけど、今なら前言撤回ができる。「お、守っててくれたの」とマイクが拾う先生の声がしてから、棒立ちだったアバターが動き出した。

 それから安藤先生は少し喋らなかった。饒舌だった口も特に何も言わない。だけど、何も言わないのは、よく目の前の建築に集中しているときに僕も先生もよくなることなので、あんまり気にはしなかった。2人で言葉がなくとも共同作業がスムーズに進んでいく。最近、ずっと力を入れていた学校の建築が今日、今ついに完成した。

「よし、これで………かんせーい!」

「……ふぅ。やった! まぁまぁかかりましたね」

「そうだねー! 結構いい感じなんじゃない?」

 最後のブロックをはめ込んだ学校の屋上に、先生と寝転ぶ……は、このアワクラにはないので普通に突っ立った。今回はかなりの巨大建築だったため資材も大量に消費した。けど、それに値する建築にはなったと思う。

 学校に行かないやつが何学校なんて作ってんだって? アワーズクラフターの建築勢なら学校くらいは一度作り上げるもんでしょ!

「あーほんとにいい感じだね、この学校」

「……そうですね」

 とことこと先生は作った廊下を歩き続ける。モデルになったのは僕の中学のときの感覚だけど、イメージや雰囲気、ブロックの色味、建築方式なんかはやっぱり先生の方が詳しい。学校での感じることや、その雰囲気をはなすとき――――きりきりと胃が痛んで先生に内緒で胃の痛みを和らげる薬を飲んだ。……適量より、少し多めに。

 そう、そうだった。

 いつもこんな感じ。

 中学で廊下を歩くとき、視界はこのゲーム内の夜のようにいつも暗かった。

 僕は、先生が1つの教室に入った後を追う。先生は黒板の前のほうに。僕は後ろの扉から、中学三年生のときに座っていた席のところに行った。一番後ろの、左から2番目。ゲームの画面とは言っても、それはまるで本物みたいに見えてくる。

 脳裏に響くノイズとともに、一瞬。の風景が重なったように見えた。

 ゲームの木のテーブルはきれいなままだ。

「……」

 下唇を噛んでしまう。マウスを持つ手がそっと抜かれてキーボードからも手を放してしまう。画面をちゃんと見れない。いつの間にか、椅子の上で体育座りしながら俯いていた。体のサイズはずっと変わらない。あまりにも、椅子はでかい。

 波打つ血液がどくどくと体を蝕み、黒く邪悪な糸が体を締め付け上げる。視界が滲んだインクみたいに透明な何かが揺らめいた。

(「…………僕だって……――。――……ずっと――――」)

 耳に直接喋りかけられたみたいに、先生の声が聞こえた。それは深く、目を覚ますみたいに。いつしかの、まぶしい天井で聞いた、あの時みたいに。

「……りくん。小森くん。大丈夫かい? 寝落ちしちゃってた?」

「……ぁ、先生。何ですか、もしかしてずっと声かけてました?」

「え? あぁ、まぁそうだね。でも、全然ついさっきだよ?」

「――ホント、すみません」

 あぁ、またやっちゃった。これは僕の悪い癖だ。一度世界に入ったり、集中したりしたら別の次元に入ったみたいになる。ほんとよくない……。

 けほ、こほと、空咳を先生がした。さっきの声と言い、少し酔いが冷めたのだろう。声がいつものちょーかっこいい声に戻ってる。いいな~ちょっと憧れ……。

 安藤先生がいつの間にか、本当に先生みたいに机と机の間を通って、僕の席に来た。いつのまにか、あたりがカクカクしたアワクラの世界からどんどん現実世界の環境に染まっていく。コツコツと歩く音が木のブロックに聞こえる先生のアバターも、そこにいたのは安藤先生本人で、音も革靴が床を歩く音に変わった。

 すらりと背が高くて、さらさらで少し長めの髪。くせっ毛な髪は右目を隠し、黒縁の眼鏡に、その奥の優しそうな瞳。何一つ、僕が最後に見たときから変わらない。イケメンで、かっこよくて、でも愛想がよく、ときどき情けない。

 そんな安藤先生だった。

 僕の前によって来る。机。そう、少し机。先生はその机に両手を突き――。

 ガシャンッッ!! パリィンッッ!!

 大きな音を立てて先生が机を窓の外に投げた。

「ひぃっ……!」

 情けない声で体がきゅっと縮んだ。鼓膜までを突き破りそうな大きな音を立てて、机が窓ガラスに直撃し、ガラスが粉々に割れて校舎の外に出て行った。……唐突なその出来事に僕はガラスに空いた穴をじっと見ることしかできない。

 先生が僕の肩に片手を置いた。はっと先生を見る。

 その顔は、少し困ったような、眉が内を向いていて、僕を心配するように見たような……。

「――急な音を立ててごめんね? びっくりした?」

「ま、まぁ驚きはしましたけど……」

「そうだよね、ほんとにごめん。けど、これは君にも大切なんじゃないかな、ってボクは思うんだ。――どういうことかわかる?」

 僕は首を横に振った。するとにこっと静かに微笑んで、先生は窓の外を見る。

 非現実的な星々の無数に輝く夜空と、遠くに見えるネオンに輝くビル群。あれは僕と先生で作った街だ。

 先生はそんな景色を眺めながら言ってくれた。

「『過去と他人は変えられない』これは、大学の時に知った精神科医の名言なんだけどね。ボクもとてもそう思うよ、どんなに願って、望んで、強く動いてみても――過去なんて変わんないじゃないかって。……って、小森くんはもう認識してるよね。ボクより到底重たいものを背負って生きてきたんだから」

「……」

 僕は返しの言葉が見つからなかった。いや、もし、今見つかったとしてもそれは、本当に心の底から思っている言葉なのかな――。そんな風に自身が持てないだろう。

 けど、1つの決心がついたのは、やっぱり安藤先生のおかげだった。

「――けどね、この言葉には続きがあってね? 『変えられるのは未来と自分自身だ』だってさ。今の令和にボクみたいなおじさんがこんなことを言ったら鼻で笑われちゃうだろうけど、それに人の名言を! けどね――?」

 先生が振り向いた。夜景を背景に。先生は笑いながら僕の瞳をまっすぐ、ただじっと見て、言った。

「そんな言葉が、ボクにはとても響いたんだよ。でも、響いたけど、この言葉の本当の意味が分かるのは僕じゃない。そんな素敵な名言、僕には恐れ多い」

 変えたいと思う未来。途端に病室と、手術台から見上げる光の風景が見えた。

 シャツの上から、みぞおちにそっと手を置く。もう、痛くない……。

「――あの決断は、変えたい未来を夢見た小森くんの。――望む決意だったんじゃないかな」

「――」

 僕が、望んだ――。

 変えたい。未来…………。

 下を見る。暗い部屋でゲーミングチェアーに座る僕のズボンが見える。いつの間にか、また自室に戻っていた。胸が、苦しい。両手で強く抑えるが、うまく力が入らない。

「――小森くんは、変えたいかな。どんな判断も、ボクは

「……………………僕は」

 いま、自分が、変えたいって、強く願うこと。

 目の前の、無くなった机。ノイズは、そもそも机がないからもう鳴らない。

「ま! ボクは何も言えるような立場じゃないんだけどね! ごめんね、急なこと言いだして、唐突だったし困惑しちゃうよね! あはは、本当にごめん」

「そ、そんなこと――」

 今、決断を言いたい。……でも、言葉がまとまらない。

「じゃあ、おやすみ小森くん」

「え、あ……おやすみな――」

 ピロン♪ と音がして先生の声はなくなった。ボイスチャットのチャンネルも今は一人だ。いつの間にかアワクラからも落ちてしまっている。

「……………………」

 かなりの時間。頭が働かなかった。ただ放心して、言葉を思い出す。

 明かりはパソコンの明かりしかない、薄暗いこの立方体の部屋の中で隅に置かれた制服を見る。私立『瑛凛えいりん 』高校の制服。サイズはやっぱり一番小さい。それでも黒の長ズボンは大きく見える。

 結局、一度もまだ、袖を通していない。

 パソコンの電源を落とす。中学三年の真ん中ぐらいから、結局は学校に行っていない。

 モニターの脇にある時計を意味なく見た。時間なんてもう気にしたことないのに。2時だ。もう、寝ないと。

 けど…………寝れない。まだ、寝ない。仏壇に行きたくなった。

 廊下の電気を点けず、そのまま通る。一歩一歩は、に引きずり込まれるみたいに深く、深く、沈み込んだ。

 きっと、僕の中で揺らぐ1つの提案に、反対しているんだろう。経験から、そう体が拒む。

 だけどさ、ずっと前からって思ってたじゃん。

 部屋についた。明かりを点ける。仏壇だ。丁寧で、こんな僕でも毎日している手入れと掃除。せめてものことだから。これだけは、そうしたいんだ。

 お父さんと、お母さんの遺影が、並んでいる。

 僕は2人をじっと見つめるが、視線が合わない。当たり前のことだけど、2人は……僕を見てくれない。

 笑顔な写真に、僕は問いてみる。いや、口から勝手にこぼれた。

「どうすれば、いいのかな……」

 もちろん、返事は帰ってくるはずがない。

「――これから、僕は……」

 誰にも、聞こえるはずがない。誰にも届くはずがない。弱くて、ちっぽけで、成果の何もあげれない、で薄弱な気持ち。ぽつぽつと吐いた。

 藍色のズボンが濡れた。俯いて、へたり込みながら呻き声を漏らした。

 太ももの上にぽつりぽつり水滴が落ちる。


『罵詈雑言』


『暗雲低迷』


『自暴自棄』


――『希死念慮』




 ………………違う。――――そんなの、違う。




 僕は、ゆっくりと立ち上がる。涙で見苦しい、ぐちゃぐちゃな顔をちゃんと拭いて、ぐっと前を向く。

 安藤先生は、こんな僕でも夢があるって信じてくれた。選択肢をくれるのは、いつも先生だった。だから、傷を作った。

 この傷は、もういたくない。そうだ、痛くないんだ。何も怖いことは、1つもない。

 それを、無駄にしてどうするんだ。

「――変わる。一歩ずつでも、たとえ悲惨な結果になったとしても」

 僕は、2本の煙の立たないろうそくに向かって言った。


「変わりたい――」


             

□ ■ □ ♪ □ ■ □             



 よし、先生はまだ起きているはずだ。

 結局は、1人じゃ何もできない。そうだ、僕1人じゃ何もできないんだ。それでも、1人で出来なくても進んできた。

 だから、進み続けることを先生に言いたい。

 スマホを手にし、中学の時以来、連絡していない先生の連絡先を探す。通話アプリだと、気持ちの伝わりが中途半端になってしまいそうだから、きちんと電話で。

 見つけた……!

『プルルルル……』

 自分でも、本当に申し訳ないと思っている。

 中学の時、ひょんなことから出会って、長い間、ずっと支えてくれるように……。重たい言葉はなくて、居心地の良い軽い言葉。いい意味で、何も気にしなくていいような先生の性格と、話すこと。

 だから、さっきの言葉がとても重く響いた。

 外科医の担当が終わってから、僕と先生は赤の他人で本来ではありもしない関係性だったっていうのに。それでも、先生といつも話して、勉強して、笑って、いろんな話をして――。

『プルルルル……』

 コールはまだ続く。

「僕は、幸せものだ……」

 ようやく、コールが鳴り終わった。先生の慌てたような、どことなく少し元気がないような声が聞こえた。……風の音が少しする。そと? まぁ、いいか。

「あっ! 小森くん? ごめんね、さっき急に変なことを言い出しちゃって。酔い覚めと煙草のついでに外に出て思い返したらホントに何言ってるんだボクって!『何様のつもりだよ!!』っていう電話でしょ? 怒ってる? ごめん、きにしな――」

「安藤先生――!」

「――っ」

 先生が勘違いしているみたいなので、言葉をさえぎって自分の出した答えを息を吸ってから告げる。先生は、僕の力んだ声に驚いたみたいで、ぴたりと早口が止まった。

 とくとく、とく。次第に鼓動が早くなっているのを感じる。

「ぼ、僕は、学校に……っ! 『瑛凛高校』に――」

 緊張している、みたい……。勝手に声がどんどんしぼんでいく。こんな感覚は久しぶりだ。けど――。

 

 できないなら、何度でも。できるまで、ずっと。

 失敗したから、もう一度。そのミスを頭に入れて。 

 何度も、何度も、完璧を目指して――!  


 僕が、この引き籠っている間に、得た力じゃないか。


 歯を食いしばって、叫ぶように力を込めた。

「明日から、いきたいと思ってます! 学校に!」

「……」

 すぐに返答は来ない。また、静寂な時間が流れていく。縦に持つスマホが滑って落としてしまいそうになる。大きなスマホに対して、僕の手はあまりにも小さい。 

 小さくて、力もない。でも、それなりに頑張ってみたい。

 おおよそ、20秒後。スマホから小さく安藤先生の声が聞こえた。

「そっか……」

 どこか、悲しそうな言葉の切れ方。けど、心なしか嬉しそうで――上を見上げたみたいに、そんな先生の姿が想像できた。

「小森くん、高校に行くんだね?」

 僕といつもみたいに話す、ふわっとしていて落ち着く喋り方とは打って変わって。しっかりとした、大人っぽいトーンで僕の名前を呼んだ。ズボンのすそを握る手にまた力が入ってしまう。けど、怖いし、どこかプレッシャーみたいなものが全体重に乗っかってきたけど。それでも

「――先生のおかげです。僕の決意は変わりません」

 先生みたいに立派な人じゃないけど、安藤先生みたいにかっこいい大人びた声じゃないけど。僕もトーンを寄せて、真剣に伝えた。こんな気持ちにさせてくれたのは紛れもなく安藤先生だ。

「――――えらい! よく言ったよ!」

「……!」

 その安藤先生が、称賛してくれている。

 本来なら、僕のこんな気持ちも、たかが学校に行っていないくらいのものなのに。

 世間からずれているのは僕のほうなのに。

 それなのに、昔から僕を変えてくれたのは先生だった。

 自分自身の気持ちを大切にしてくれて、その思いに後ろから背中を押すような……。

 あたたかくて、素敵な考えで、と同じみたいな――。

「……ありがとう……ありがとうございますっ!」

 声が震えてしまう。いつの間にか、僕の頬には一筋の涙の道ができていた。

 電話越しの声は、今目の前にいるみたいに――あたり一帯が白い空間。その中で、僕に手を伸ばすように。先生は微笑んで僕を見る。

「小森裕!」

 力強く叫んだ声が僕の体内に響いた。ぶわっと先生の背中側から僕に向けて風が吹く。髪を揺らめかせる。右目を隠す先生の前髪からちらちらもう一つの瞳が見える。

 この空間。向き合う先生と僕の距離。いまだにまだ遠い。まだまだ距離がある。 それでも……! 僕は走る。何度もこけそうに、振り方もロクにわからない腕を一生懸命に振って先生のところに行く。風はまだ吹いている。薄いピンクの花びらがどこからか舞った。――いつの間にか、涙を流しながらこの白い空間を走った。

 息を切らす。先生の前にやってきたけど膝に手をおいてゼイゼイとする。

「小森くん――」

 頭の上から先生の僕の名前を呼ぶ声がした。この響きが好きだ。名前のことも好きになれない自分の性格だけど、それでも先生が僕の名前を呼ぶのは好き。 

 きっと、また人生に刻まれるような深い、僕を感動させるようなそんなセリフを――。

「高校行っても、アワクラするよね?」

「……………………はぇ?」

 アワクラするよね? するよね? よね? 何度も繰り返されるみたいに頭の中でその言葉が流れる。変な声といっしょに、感動で先生の偉大さに微笑んでいた表情のまま見上げてみる。先生はどこか上の空みたいな顔だった。アワ……クラ?

 ガラガラガラ――と大きな音を立てて地面が割れだす。まるでガラスのような強度になった白い床に黒いヒビが入って下の空間が見える。暗黒の、何もない闇。――理想から現実に引き戻されるみたいに。っ! 起伏した床に足を滑らせ僕の体は下へと落下していく。

「う、うわぁぁぁ――」

 上を見て手を伸ばす。先生は、まだぽかんとした表情で落ちる僕を見ていた。

 ……かっこいい……安藤先生は――どこに…………。

「はっ!?」

 目が覚めたら、僕は部屋にいた。光の空間じゃない。一軒家の僕の家の部屋の中。……知らない天井――じゃない。近所の一人暮らしの20歳くらいの若いOLくらいには顔見知りがある天井。……いや、近所には住んでるけど外には出てないからそんな顔見知りはない。うん。……いや、じゃなくて!! 

 電話からさっきの人とは別人だったんじゃないかっていうくらい、ゆったり、のびのびした先生の声がした。きっと頭の後ろをさすっているんだろう、眼鏡越しの目を細くして……。そんな姿が見える見える。

「いや~高校が忙しくてゲームも卒業しちゃうんじゃないかなぁ、って思ってさ~。息抜きは大切だし、それにボクと小森くんで作ったあのワールドももったいないっていうか……」

「な、何言っているんですか!? やらないなんて一言も言っていませんよ! そ、それは、今みたいにはずっとはできないかもしれないけど……」

「えぇ? あ、そーんなだ? よかった~」

 気の抜けたあははぁ~という笑い声が聞こえた。本当に、この先生は……。ため息も出ない。口の形をぐにゃぐにゃにした表情しか取れなかった。すぐそこに部屋の壁があるのにどこか遠くを見るようになる。

 でも、まぁ正直。こっちのほうがよかったかもしれない。

 不安になる静寂がずっと続くより、こんな風に聞いてくれる方が何倍も気分が楽だった。……急な展開に、さっきまでの感動と涙は引っ込んでしまったけど。

「ところでさ、明日学校に行くの?」

「……うん? はい、もちろんです。頑張りますよ!」

「あ、あぁそれはいいと思うんだけどさ」

 また先生がおかしなことを言ってきた。きょとんと首をかしげる。勿論、僕の決意が変わることはない。明日からは、いやもう今日だけど、すべてをリセットして、違う学校生活を送るのだ。中学とは変わった、環境も自分も全部変えた――。

「あした、学校に行くのは何か危険とか……?」

「えーっとね、明日さ、いやもう今日か――」

 先生の予想もしていない言葉に僕はぴしっと石化した。

「――土曜日だね」

「――――――――」

 石は、いや医師からのその言葉……じゃなく、僕の意志は――。

「もちろん、行くの休日明けってことだよね? それで明日って言ったみたいなことでしょ? そうだよね、小森くん」

「っ! も、もっもももちろんじゃないですか! 当たり前ですよ、休日明けですよね、あ、そっか高校って休みがあるんだったぁーいやぁ~中学ではなかったからなぁ~。馴染みのない文化だな⇧(裏声)」

「いや、どんな中学校だったの!? ブラック企業じゃん!」

「っあははーソウデスネェ! おやすみなさいっ!」

「え? えあ、うん。おやすみな――」

 ツー。ツー。先生の言葉を切って通話を終了した。

 スーーッ。…………全然、曜日気にしてなかったぁーーーー。

「…………うゅ――。恥ずかしい……ぃ」

 顔を真っ赤にして床に座り込む。あぁ、今からでもその間違いの部分だけ切り取りたい。体温は上昇し、耳の先まで赤くなってしまう。自分の長い髪を両手でクシャとつかんだ。

 でも、いい意味で捉えたら学校の前に日にちを挟むということなので、いろいろと念を入れて準備をすることができる。沢山の荷物も、心の準備も。だから割とよかった方なのでは? それはそれで、別に恥じらいは打ち消されないけど。


 家族にも言った。先生にも言った。自分の中で、変わることのない固い信念を抱いた。思い残したことは何もない。

 学校でどんな対応をされるか分かんないし、なんて言われるかも分からない。

 ――最悪な結果、また中学の時みたいに何も変わんないかもしれない。

 自室から窓を開けて星を眺めてみた。東京の街では星はほとんど見えない。なのにその日は夜空にやけに輝いて見える星が5つあった。藍色、水色、橙色、桃色、そして赤紫。不自然で、僕の目を疑ったけど、その星々はとても鮮やかに美しい輝きで……。

「――――」

 僕は手を伸ばした。その星を掴んで見せるように。だけど、近くに見えるようでその星々は何万キロとの距離を持つ。僕はそこに行ってみたかった。

 いつか、黄緑の星として並べるように。

 

 1つだけ、たった1つだけ僕には分かることがある。

 ここはまだ、スタートラインでもないということ。

 これからの出来事も、出会いも、告白も、日常も――。

 何一つとして、これから始まろうとしていることに関して知りもしないが。

 いま、これだけは断言して言い切れる。


 ここからが、僕の物語だ。

























『小森くんとおとおともだち!』





 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る