第10話 少しだけ前を向いて

 ダンジョンから脱出して、シエルはしばらく夜のラプラスの街を歩く。アニスは黙って、少し後ろにずっとついてきている。

 先ほどまでの会話から一転した、静寂。

 ついに耐え切れずにシエルが振り返ってアニスに言った。


「おい」

「なに?」


 アニスが返す。


「アニス、そろそろ宿なり家なりに帰れよ。それともこっちの方面なのか?」 


 それなら、ついで程度には送るからそんな後ろを歩くなよ。とシエルは続ける。アニスはその言葉に目を泳がせた。暗闇の中でもわかるほどの動揺。しばらく目を泳がせていたが、何かを決心したのか、よし、と言ってからアニスは切り出した。


「というか、私」


 少しだけ溜めて、アニスは言った。どことなく無理やり明るく言っているトーンで、言葉をを続ける。


「住む場所ないんだよねー」


 ギルドでシエルがパーティーメンバーと住んでたところを未だに借り切っているって聞いてたから、兄さんの部屋とか貸してくれないかなーって。乾いた笑いを浮かべるアニスから、そんなような言い訳をシエルは聞いた。


「こっの……、バカ娘!」


 夜の街にこだまするシエルの暴言。直後、シエルはのどを傷めたのか、何度か咳を繰り返す。


「バカってなによ、バカって!」


 シエルの暴言に対してアニスが抗議する。

 一方のシエルは頭が痛くなった。確かに、スピカ荘は当時のパーティーメンバー部屋のまま残してある。掃除だって、欠かしていない。しかし、しかしだ。


 ケイの部屋に住もうっていう考えは承服できない。シエルに言わせればあの空間は、生活空間ではない。

 あの部屋はどう見ても──トレーニングジムの類である。


 ダンベルにランニングマシン、ベンチプレス。数え上げればきりのないほどのトレーニング器具。シエルは本気であのケイが部屋のどこで寝起きしていたのかわからない。わかりたくもない。


 とはいえ、だ。このまま寒空の下に放り出すのも、シエルには気が引けた。


「はぁ、わかったよ。その代わり、なにがあっても驚くなよ」


 とにかく、今のシエルに言える言葉はこれだけだった。

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