高嶺の花の生徒会長が不良の俺につきまとって離してくれない。

雨地草太郎

1話 不良と生徒会長

「松川さん、少しよろしいでしょうか」

「なんだよ」


 四月になったばかりでまだ朝は肌寒い。

 厚着で登校した俺は、昇降口で生徒会長の深谷ふかや沙雪さゆきに声をかけられた。

 スラリとしたモデル体型で女子としては身長が高く、前髪ぱっつん黒髪セミロング、切れ長のたれ目という清楚感たっぷりの容姿はどこにいても人目を引く。


「あなた、いつ見ても茶髪のままですね。生徒指導の谷山先生からも注意を受けているはずです」

「校則に髪を染めちゃダメとは書いてねーぞ。ちゃんと生徒手帳を読んだ上で染めたんだから間違いない」

「妙なところで真面目ですね……。ですが、やはり目立ちます。ワックスもつけすぎですし、周りから浮いているのがわかりませんか」

「別にいいだろ」

「ワイシャツのボタンもちゃんと留めてください」


 俺は深谷を睨んだ。


「なんだよ、急に突っかかってきやがって。今までは何も言わなかったくせに」

「今月から、私は正式に生徒会長になりました。風紀を乱す生徒は積極的に取り締まらないといけません。松川さんのことは以前から気にしていたのです」


 自分に肩書きがつくまで待っていたのか。それはそれで真面目だと思うが……。


「ははっ、つまり肩書きがなきゃ俺に意見する勇気は出なかったってことだな?」

「いいえ、いつでも言えましたよ」


 予想外の返事。


「あなたの反論くらい想像がつきます。「一般生徒がいちいち突っかかってくるんじゃありませんよ」とか」

「俺のキャラが大崩壊してるんだが」

「あなたの口調なんか真似できません」


 そっけない態度だ。


「ともかく、肩書きがないとあなたを止めることはできないと思いまして、じっと機会をうかがっていました。選挙は十一月でも、先に片づけておかなければならない仕事がたくさんありましたからね」

「ふん、真面目すぎだろ。ルールに縛られてる人間は苦手だね」

「私も、あなたのような不真面目な人は苦手です」


 俺たちは睨み合う。


「ですが、言うことは言わないと松川さんがつけあがる一方です。今のうちにはっきり言っておきます。私はあなたの素行に目を光らせている、と」

「勝手にしろ。俺は俺の好きにやらせてもらう」


 深谷の前を通り過ぎて、俺は教室に向かった。もう何も言われなかった。


     ☆


 平凡な地方都市の中にある敷島しきしま高校。

 俺もいつの間にか高校三年生になった。誰ともつるまない。一人が一番気楽だ。友達も彼女も必要ない。これからもそれでいい。それが俺、松川祥悟しょうごのスタンスだ。


     ☆


 放課後。

 夕焼けの中を駅に向かって歩いていく。駅の向こうに家があるのだが、俺は夜まで帰るつもりはない。駅の中に小さな待合室があるのでそこでぼんやりする。何時間でも俺は耐えられる。


 深谷沙雪とまともに会話をしたのは初めてだ。

 男子に対しては一律で温度のない対応をするので、一部では高嶺の花なんて呼んでありがたがっている奴がいる。話してみてわかったが本当に淡々としていた。あれでも人望があるらしいから普段の行いがいいってことなのか。


 駅舎に入ろうとした時だった。

 近くのビルの陰にチャラチャラしたヤンキーどもが歩いていくのが見えた。集団の中に一人だけスカートの足が見えた気がする。


 深谷……か?

 別に助けてやる義理はない。ない、が……。


「ダメだ、無視できない」


 俺はそっちへ走った。


「やめてください。触らないで」


 低い声。


「俺らさあ、楽しくおしゃべりしてただけなの。何が気に入らないの?」

「道を塞いでいたでしょう。通れなくて困っている人がいました」

「そんなん避けて行けばいいだけじゃん。俺らが悪いの?」

「そうです。公共の場なのですから」

「うっわ、言い切りやがった。ヒーロー気取りかよ」

「わからせてやった方がいいなこれは」

「ちょっと痛い目見てもらうか」

「やっ、ど、どこ触って……!」


「おい、ちょっと待て」


 ビルの陰で深谷を囲んでいる六人組に声をかける。みんな私服で、髪の毛も茶髪や金髪に決めている。見たことある連中だ。〈ロードサイド〉とかいうヤンキーグループだったかな。近くのゲーセンでもこのメンツでつるんでいた気がする。


「女一人に六人がかりは恥ずかしいんじゃないか?」

「なんだお前。こいつの彼氏?」

「別に……」


 六人組が俺をまじまじ見つめてくる。


「お前、どこかで見たことある顔だな……」

「じゃあこうすれば思い出すかもな」

「ぐえっ」


 俺は手前の奴の腹にアッパーを決めた。パニックになった他の奴らが襲いかかってくるが、俺は冷静に見切って一人ずつ拳で沈めていった。

 たぶん、俺はそこら辺の奴らよりケンカに慣れている。焦った集団なんてたいしたことはない。


 全員に一発ずつ浴びせると、六人組は「やべえこいつ!」とかなんとか叫びながら逃げていった。


「なーにが「わからせてやった方がいい」だよ。ダサすぎるだろ」

「ま、松川さん……?」


 壁にぴったりくっついたままの深谷は、真っ白になった顔で俺を見ていた。


「ああ、もう大丈夫だぞ。これであいつらもおとなしくなるだろ」

「ケ、ケンカ、慣れているのですか……?」

「他の奴よりはな」

「では、学校で噂になっているヤクザの息子というのは本当だったのですか?」

「待て待て、ケンカできたらヤクザってのは短絡的すぎるだろ。俺は一般市民だぞ」

「ですが、明らかにケンカを知っている人の動きでした……」

「そういう仲間に入ってたことがある」

「……やっぱり」


 すんなり納得されちまった。まあ事実だから仕方ないのだが。


「それより、深谷こそ危険すぎるだろ。ヤンキー六人に突っ込んでったらああなるのは簡単にわかるだろうが」

「……ですが、おばあさんが悲しそうな顔で遠回りの道に入っていくのが見えたので、許せなくて」

「注意して聞くような奴らじゃない。不良なんて俺を見てりゃわかるだろ」

「自覚があるなら直してください」

「いやだね」


 深谷はうなだれた。


「助けてくれたことにはお礼を言います。でも、暴力はダメです」

「あれしかやり方はなかった」

「まず警察を呼ぶべきでした。すぐそこに交番があるのですから」

「はいはい。次はそうしますよ」

「…………」


 さっさと立ち去ればいいのに、深谷はじっと俺の顔を見ている。まだ髪の毛のことでも言うつもりか。


「放っておけませんね」

「ん?」

「態度が悪くてケンカまでするなんて危険人物すぎます。我が校にそんな人がいると有名になるのは困ります」

「知らねーよ」

「だから、私があなたを更生させます」

「は?」


 深谷はビシッと人差し指を突きつけてきた。


「あなたがまともな高校生になれるよう指導してあげます。来年には卒業なんですよ。このままではまともな社会人になれないと思いませんか」

「どうでもいいよ」

「そういうところがよろしくありません。しっかり指導しますから覚悟しておいてくださいね。ありがた迷惑と言われても私はやりますから」

「ありがたくないし普通に迷惑なだけだ」

「それでもです」


 まっすぐ見つめ合う。

 こうして見ると、やっぱり凛とした美人ではある。

 ただ芯が強いというか、決めたことを曲げられない厄介な性格らしい。ヤンキーどもに囲まれた時もしっかり言い返していたし、メンタルも強そうだ。


「勝手にしてくれ。俺は全部無視するからな」

「私は折れませんよ。絶対あなたにはまともになってもらいます」


 俺は無言で背中を向けた。


「……でも、助けに来てくれてありがとうございました。嬉しかったです……」


 そんな声が聞こえたが、俺はやっぱり何も言わないでおいた。

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