第35話 たった二人の攻城戦
私たちは州境へ向かう。
移動手段は犬ぞりである。
雪上での移動は犬ぞりが最速なのだ。
ホーク殿は悠然と空から私たちを先導した。
幸村君の犬ぞりは先頭を切って走る。私は幸村君のそりに乗せてもらったのだが少々スピードを出しすぎのようだ。
タリス殿の犬ぞりははユリス君とエルキス殿を後部座席に乗せて、私たちに遅れじとついてくる。
そしてマリータ殿率いるヤーマン族の女兵士が雪煙をあげて続く。
ヴァン殿はゴーレアの街に残った。義勇兵を集めるためである。
総司令官のグルジ殿では、いつになったら挙兵できるのか見当もつかない。
族長命令の正規の手段で挙兵ができないのなら、義勇兵でやるしかない。
ファビア君が再びペンを執った。
「王家の使者とマリータ殿率いる女兵士たちは
相変わらずの名調子だ。
犬ぞりは森の道を行く。
私たちは森の中でクマさんに出会った。
ベア族の族長クリマ殿である。
クマさんの言うことにゃ…
「昨夜、ノースタリアのダンジョンを出たゴブリンたちが、森の中をイースタリア方面へ向かっていました。」
「それで、クリマ殿、ゴブリンたちはどうした?」
「へい、ベア族総出で退治しやした。」
幸村君がベア族の労をねぎらった。
「ご苦労なり。今後も森の平穏を守ってほしいのだ。」
クリマ殿は嬉しそうに頬を緩めた。
気は優しくて力持ち。
ベア族、当てにしているぞ。
ゴブリンたちまでが呼び寄せられているとすれば、イースタリアからの暗黒魔法が強くなっているということだ。ノックス攻略を急がねば。
***
国境線までは犬ぞりの強行軍で、私たちは3日後にモーガル川のほとりにたどりついた。
対岸はイースタリアであり、平野にポツンと
私は望遠鏡を取り出してノックス城の様子を探った。
この望遠鏡はグランローゼ城攻略の時、大公ドメルグ殿から貰ったものだ。つくづく、城攻めに縁がある望遠鏡だ。
私がグランローゼ城を出発したとき、ドメルグ殿がひとり庭に佇んでいるのを見た。その姿は哀し気であった。
この時の私は、まだドメルグ殿の死を知らない。
望遠鏡から見えるノックス城は何の動きも見せてはいない。
物見の塔には兵士が二人、ノーザン・テリトリーを監視している。
彼らはノーザン・テリトリーの森から魔物たちがやってくるのを待っているのだ。
まさか、私たちがノックスを攻めるなどとは夢にも思っていないのだろう。
ホーク殿が城の上空を旋回しているが、兵士たちは気づいていない。
私は一計を立てた。
私と幸村君は空からノックス城を急襲する。
「空からだべか?」
マリータ殿が怪訝な顔になった。
「ハングライダーだ。ヴァン殿に頼んで作ってもらった。ワイバーンの骨のフレームに土蜘蛛の糸で織った布を張りつけたものだ。」
「その三角形の羽根で、飛べるべか?」
「私は風使いだ。風でハングライダーを操る。論より証だ。マリータ殿、とくと
私と幸村君はハングライダーをスタンバイさせた。
<< 人間五十年! >>
私の詠唱と共に、地を這うように風が集まってきた。
風は猛烈な上昇気流となり、ハングライダーを空高く運ぶ。
垂直離陸するハングライダーである。
風の魔法も使いようなのだ。
「幸村君、右旋回でノックス城へ突入する。その前に空からぶちかましてやれ!」
「承知なり!」
<<
ドォーン!
幸村君が放った
塔は一撃で破壊され、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
物見の兵士たちは即死だっただろう。
ノックス城が騒然となった。
城内から兵士たちが飛び出してきた。
旋回するハングライダーを弓矢が狙っている。
「幸村君、着陸するぞ!」
<< 下天のうちを比ぶれば >>
風は下降気流を描き、ハングライダーは山頂に降下したのである。
私たちは既にノックス城の城壁の内部にいる。
-----うぉーおおおん!
唸り声をあげて巨人が出現した。
「あれはゴーレムなり。土人形なりよ。先生の担当なのだ。」
「うむ、任せろ、幸村君!」
<< ゆめまぼろしのごとくなり! >>
「トルネード、行け!」
風が渦を巻いてゴーレムの胴体に大きな穴をあけた。
ゴーレムは風の中に
城の兵士たちは私たちを取り囲み弓矢を構えていたのだが、ゴーレムが一瞬にして消滅させられたことに戦慄し、戦慄は兵士たちの戦意を喪失しせしめた。
彼らはトクーガの家臣ではあったが、アーレスがトクーガ家を乗っ取ったことにより、しぶしぶ魔族に従っているに過ぎない。
これでノックスの制圧完了だと思ったが、厄介そうなのが城の中から出てきた。
青い鎧を身にまとい、スキンヘッドの頭には一本の
「我こそはアーレス・トクーガが家臣、バルガ三兄弟の末弟ザクス! 魔族の血にかけて、おまえらにノックスは渡さん!」
「先生、これが魔族なりか?」
「そのようだな。あの角が何よりの証拠だ。」
「元はアーレスの家臣だっみたいなりね。」
「おそらく暗黒魔法を習得して魔族化したようだ。」
「あまり強そうに見えないなり。ちょっと拍子抜けなのだ。」
「確かに。角以外は普通の人間だ。魔族には魔物を使役する以外に特別な能力はないのかもしれない。」
「鎧は着てるけど、兜はかぶっていないなり。」
「角が邪魔して、兜をかぶることができないんだな。」
これが魔族との最初の遭遇である。私は魔族を観察し分析する。
敵を知り己を知れば百戦あやうからず
これが孫氏の兵法だ。
「貴様ら、このザクス様を恐れぬとは大した度胸だ。魔族の恐怖を教えてやる!」
魔族ザクスは言い終わるや否や、口から黒い炎を吹いた。
私と幸村君は左右に飛びのいて炎をかわした。
大した攻撃ではない。
幸村君が鼻で笑った。
やはり、魔族は大した魔法を使えないようだ。
身を守るための最低限の魔法は使えるが、彼らの魔力の大部分は魔物の使役のためにあるのだろう。
「幸村君、魔族は魔物がいなければ何もできないということだ。さっきの黒い炎もこけおどしだ。」
「そのわりにラスボス気取りで強がってるなり。」
幸村君は完全にザクスを見くびっている。
その見くびりがザクスを苛つかせた。
「おまえ、男のなりをしているが女だな。魔族の恐ろしさを知らぬと見える。ならば教えてやろう。魔族の恐怖をな!」
ザクスが腹に力を込めると、体から黒い妖気が立ち上がった。
妖気は戦意を無くした兵士たちにまとわりついていく。
兵士たちの目が赤く光り、再び弓矢を私たちに向けたのだ。
「これが魔族の力よ! 魔物だけではない。人間の魔性に働きかけて人を操ることもできるのだ。わっはっはっは!」
私にはザクスが魔力を最大出力にしているのが分かった。
人間を操るのは魔物を操るほど簡単ではないようだ。
だが、ザクスに操られた人間を殺すにはしのびない。
幸村君が目で合図を送ってきた。
私は目で「承知」を伝えた。
幸村君が名刀ムラサメをスラリと抜く。
ザクスの注意が幸村君に向いた瞬間、私は風の剣を放った。
一瞬の出来事だった。
風の剣はザクスの首をはね飛ばしたのだ。
ザクスに操られていた兵士たちは我に返った。
そして、胴体と首に分断されて転がったザクスの死体を見た。
幸村君が魔法でのろしを上げると、マリータ殿の兵がモーガル川を渡った。
僅か50の兵でとはいえ、ドワーフの兵団がモーガルを渡るのは実に400年ぶりのことであった。
初代王アマテラスの援軍となるべく、ドワーフが出兵したとき以来の快挙である。
「攻め込めー!」
マリータ殿率いる50名の女戦士たちはノックス城を攻めた。
岩山の中腹にはトクーガの家臣たちが守る砦があったが、マリータ殿の奇襲は素早かった。
ノックス城は落ちた。
これで、ここから暗黒魔法が発信されることは無い。
しかし、ここには私たちを含めても50数名の兵が守るのみである。大兵力が押し寄せればノックス城は再び敵の手に落ちるだろう。
その前に、ヴァン殿の義勇兵がモーガル川を越える必要があるのだ。
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