第一章 グランローゼ城攻防編

第1話 異世界、いかに戦うべきか

 私は魔法陣の上でペタリと尻もちをついていた。

 魔法陣は夜光虫のように淡く光っていたが、私が立ち上がるとすっと光が消えた。

 とりあえずネクタイを締めなおし、スーツのほこりを払う。



 「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉー!」」」」


 私を取り囲んでいる連中がどよめいている。

 彼らは甲冑をつけている。

 残念なことに日本の戦国武将のような甲冑ではなく、中世の西欧の甲冑に似ている。


 ここは神殿のようだ。

 淡い光に照らされた女神像が私を見下ろしている。



 「大公様、異世界召喚の儀、成功にございます。」


 尖がった耳をした若い男が、大公と呼ばれた男にひざまずいた。


 「うむ、魔導士殿、ご苦労。」


 大公は黄金の甲冑をつけた恰幅のいい初老の男だ。

 青い髪には白髪が混じり、真っ白な髭をたくわえている。

 彼は呪文のような言葉をつぶやきながら私に歩み寄ってくる。

 彼の手の中に淡い光の玉が現れて、私の顔を照らした。


 「召喚者殿、ようこそ我がもとへ…」


 召喚者だと…

 何を言っているのだ?


 私はむかっ腹が立っていた。

 戦国武闘伝の監修を降ろされたこと。

 それに、大河内瑠奈おおこうち るなの高笑いが耳に残っていて実に不快な気分だった。

 そのうえ、こんな分けがわからん所に連れてこられたのだ。


 「おまえは何者だ!」

 

 私は腹立ちまぎれに叫んだ。

 大公は悠然として答えた。


 「わしはイースタリアの地を治める大公爵ドメルグ・トクーガじゃ。貴公を魔法の力によって異世界から召喚いたした。」


 「何のことかさっぱりだ。魔法だと! 異世界だと!」


 「これは済まなんだ。だがのう、これは名誉なことでもあるぞ。異世界から召喚された者は特別な知識を持ち、武勇に優れておる。なにより魔導士よりも強い魔力を秘めておるのじゃ。貴公はその力をこの大公のために使うことができる。悪いようにはせん。」


 「確かに私は歴史の知識を持っている。歴史学者だからな。だが武芸など習ったこともない。そのうえ魔力だと!」


 「そうじゃ、召喚者の魔力はチート級なのじゃ。だから貴公を呼んだ。どうじゃ、わしと組んでこの国を治めようではないか。褒美は望みのままじゃ。領地か? 金か? 女か?」


 領地、金、女…

 魅力的な提案ではあるが、私はつむじを曲げることにした。


 「ならば言おう。私の望みは『戦国武闘伝』の歴史監修の仕事を取り戻すことだ。大公、おまえにそれができるか!」


 「戦国武闘伝とな。それは何じゃ?」


 「私の世界のゲームだ。大公、おまえにそれができるなら、私をもとの世界に戻せ! 私は自分の力で仕事を取り戻す!」


 「悪いが召喚者殿、召喚されたものを元の世界に戻す魔法はない。ここもよい世界じゃ。ここに居られよ。わしと共に天下を取るのじゃ。」


 「天下を取るだと…」


 私は大公の言葉に少しだけ心が揺らいだ。


 天下か…


 歴史を学んだ者には魅惑的な言葉である。

 何のために天下を取るのかと問われれば、ロマンのためとしか言いようがない。

 そんなことを考えられたのは、私の心が少し落ち着いてきたためかもしれない。


 「大公よ、おまえに天下が取れるのか?」


 「貴公はわしを見くびるのか。わしはこのアマテラーザの国で最強の兵力を持っておる。ここに召喚者殿の魔力が加われば、天下無敵じゃ!」


 ほう、大公にはそれなりの目算があるようだ。

 右も左もわからない異世界だ。

 とりあえず、大公の提案に乗ってみるのも一計だ。


 「大公殿!」


 と私は言った。

 これまで大公と呼び捨てにしていたが、ここで敬称をつけることにした。


 「大公殿、天下を取れば褒美は思うがままと申されたな。ならば天下がったあかつきには、私は共同統治者となろう。つまり大公殿と私は同格だ。それでよいか!」


 ふっかけてやった。

 共同統治者になるという条件を、そう簡単には飲めまい。


 「大きく出たな召喚者殿! そなたが勇者サナードを倒せば、その願いかなえよう。」

  

 「勇者サナードだと?」

 

 「ふむ、サナードは王家に味方する召喚者じゃ。見たこともない強力な火の魔法を使い、我らの天下取りを邪魔しておるのじゃ。サナード討伐の折には、そなたを共同統治者と認めよう。」


 私を共同統治者として認めるだと…

 トクーガなどと名のっているから徳川家康くらいの器量があるかと思っていたが、これは相当甘ちゃんだ。

 いや、徳川家康といえばタヌキ親父だ。

 ここで私に空手形からてがたを切っておいて、あとで裏切るつもりかも知れん。

 右も左も分からんところへ連れて来られたのだ。

 ここは慎重に思案すべきだ。




 「召喚者殿、返答はいかに?」


 「私の名前は召喚者ではない!」


 「ならば貴公の名は?」


 あっ、名前かぁ。

 ここで本名を名乗るのもいいが、迫力には欠ける名前だ。

 相手が徳川家康なのだから…

 私は織田信長でいくか!

 ここはハッタリだ。

 

 「第六天魔王デアル!」


 と私は答えたのである。


 織田信長は「第六天魔王」を自称した。

 中世において魔王の名は宗教勢力と戦うためのいわばはくづけである。

 元の世界でこんな名を名のると、歴史オタクの中二病くらいにしか思われないが、この世界では違った。



 「おおー、魔王だと!!!」


 再び大きなどよめきが起こったのだ。


 「魔王など400年の昔に滅びたはずだ」

 「魔王復活ではないか」


 どよめきの中で甲冑の兵士たちはささやきあった。

 

 この世界にはほんとうに魔王がいたのか…

 なるほど、話には聞いていたが、これが異世界というものか。


 

 「大公殿、ひとつ聞いておきたいことがある。サナードも召喚者なのだな?」


 「そうじゃ。召喚者を倒すには召喚者をもって他は無い! 魔王殿であればたやすくサナードに勝てよう!」


 「どうかな、敵は勇者だ。勇者が魔王を打ち倒すのが物語の定石だ。」


 「心配めさるな、魔王殿。サナードは偽者の勇者じゃ。」


 「偽者の勇者?」


 「サナードは勇者などと呼ばれておるが、実はじゃ。」


 大公はニヤリと笑った。

 女性を下に見ているのがよく分かった。

 ほう、この世界では男女同権の考えは無いようだ。

 まあ、中世くらいの時代性だからこんなものか。

 しかし、私たちの世界では女のほうが強かったりするのは珍しいことではない。


 女勇者サナード、面白い!


 さぁーて、異世界、どう戦うかだ。

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