第4話 城塞都市グランローゼ攻略戦

 私と大公は、丘の上に立っていた。

 良く晴れた朝だ。風が気持ちいい。

 丘の上には陣幕が張られ、兵士たちは忙しく立ち働いている。

 ここが今回の戦いの本陣となるのだ。


 眼下には巨大な城塞都市が広がっていた。


 「魔王殿、あれが王都グランローゼじゃ。」


 「見事な城ですな!」


 そうは言ってみたものの、私は日本風の城を想像していたから、すこしガッカリした。

 徳川家康が城攻めをするというのだから、やはり大阪城くらいであってほしいものだ。


 私は大公に頼んで望遠鏡を用意させた。

 望遠鏡からの景色は臨戦態勢をとった城塞のそれだった。

 城は固い守りの陣を敷いている。


 グランローゼ城は三つの宮殿と二つの塔によって構成された西欧風の城である。

 城の周りには城壁と堀がめぐらされ、堀の外には5000人が暮らす街があり、街はさらに城壁と外堀で守られている。


 「魔王殿、いかに見られる?」


 私は望遠鏡を覗いたまま答えた。


 「天然の要害ですな。北には大きな川が流れ、西は海、東は湿地帯、この三方から攻めるのは難しい。攻めるなら南からしかないですな。」


 「ところがじゃ、サナードの奴が城の南に出城でじろを築きおったのじゃ。あれが邪魔じゃ。こたびはあの出城を攻め落とす!」


 私は大阪冬の陣を思い出していた。

 大阪城を取り囲む徳川勢に対抗するため、真田幸村は城の南に真田丸という出城を築いた。

 徳川家康はこの真田丸に手を焼き攻めあぐねた。


 真田幸村、日の本一の兵ひのもといちのつはものと呼ばれる武将である。

 歴史の表舞台に、この男が登場するのは大阪冬の陣・夏の陣の一瞬なのだ。

 その一瞬を、幸村は強烈な光彩を放って駆け抜けた。


 グランローゼ城が大阪城だとすると、あの出城は真田丸といったところか…



 「魔王殿、こたびは5万の兵で攻めるのじゃ。サナードの強力な火魔法を魔王殿の風魔法で吹き消してほしいのじゃ。」


 確かに火は風で消える。それは灯し火のような小さな火だけだ。紅蓮の炎に風など送ったら燃え広がるだけだ。

 まっ、ご希望とあればやぶさかではないが、どうなっても知らないぞ!




 -----どぉーん、どぉーん


 陣太鼓が鳴った。

 大公ドメルグ・トクーガは采配を振るって立ち上がった。


 「攻めかかれぇぇぇぇー!」


 大公が叫ぶと、第一陣の兵が一斉に真田丸を目指して駆けた。

 第一陣を援護すべく、一斉に弓矢が放たれる。

 兵士たちが真田丸の空堀からぼりに突入すると、出城からは無数の岩石が落とされた。


 -----ぐあぁぁぁぁ!


 岩石は大公の兵士たちの頭上に降り注ぎ、阿鼻叫喚がこだました。



 私は静観することにした。

 この世界には昨日連れてこられたばかりだ。

 いったいどちらに正義があるのか?

 はたしてどっちが勝つのか?

 じっくり見極めさせていただこう。


 「ニャン子、いるか?」


 「はいニャ。影の中にいるニャ!」


 「この戦いの解説を頼む。」


 「喜んでニャ。」

 

 ニャン子は影の中から飛び出した。


 「おつ、第二陣の出陣だ!」


 「あれは魔導士部隊にニャ。」


 「ほう、大公軍の魔導士部隊を率いるのはヴァルディーノ・オルス卿。私をこの世界に召喚した魔導士だな。」


 「オルス卿はいつも黒い魔道服を着ているから黒の魔導士と呼ばれているニャ。」


 「ヴァルディーノ・オルスが詠唱をはじめたぞ。魔導士部隊の手の中で炎が燃えててるな。」


 「オルス卿は火の魔導士ニャ。」


 「ならば火炎弾ファイヤーボールの攻撃か! 真田丸を火の海にしようというのか!」


 「敵は白の魔導士を出してくるはずニャ。」


 「白の魔導士?」


 「王家に仕える魔導士、エクストン卿ニャ。」


 真田丸の城壁の上に、白い魔道服に身を包んだ男が現れた。

 銀色の髪を風になびかせ、碧い瞳が宙を睨みつけている。


 やれやれ、魔導士はイケメンと決まっているのか?

 


 『我は魔導士ギヨーム・エクストン。お相手つかまつる。』


 << ヴァルゴ・デラ・マターラ・ウン・ソワカ! >>


 水の魔法の詠唱であった。


 黒の魔導士軍団から一斉に火炎弾ファイヤーボールが発射された。

 白の魔導士軍団は水塊弾ウォーターボールで応戦だ。

 無数の火と水が上空でぶつかり合い激しい炸裂音がこだました。

   

 -----ドゥーーーーーン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!



 「オルス卿とエクストン卿は互角の魔力を持ってるニャ。」


 これは魔法の力比べだ。先に魔力が尽きたほうが負ける。

 派手には見えるが、なんという原始的な戦法だ。


 「魔法戦の目的はひとつニャ。敵の魔力を消耗させることニャ。」


 「なるほど、敵の戦力から魔力というチートを排除するためのだな。だから、こんなにド派手に撃ち合っているわけだ。」


 「黒の魔導士隊の魔力が弱くなったニャ。」


 「白の魔導士隊も、そろそろ限界だな。」

 

 空中でぶつかり合う火と水の勢いが弱くなり、やがて消えた。


 「あっけないものだな…」


 「魔法戦はこういうものニャ。でも戦争のはなと呼ばれてるニャ。」


 「ご苦労さんなことだ。」 



 魔法戦の終わりを告げるように、真田丸の城門が開かれ騎馬部隊が飛び出してきた。


 「あれは王家に味方するドワーフの傭兵隊長ヴァン・ダイクン殿ニャ。50騎を率いて出陣ニャ。」


 「ほう、こんどはドワーフか…」


 異世界のお約束だな。

 ドワーフというから背の低い頑丈そうな男かと思ったが、傭兵隊長ヴァン・ダイクンは大男だった。

 茶色い髪の大男が馬を手足のように操っているのである。

 なかなか見事な馬術ではないか!

 

 「魔導士部隊が狙いニャ。魔導士部隊は接近戦に弱いニャ。」


 「詠唱しているあいだに馬のひづめの餌食となるわけだな。」


 「魔導士たちは逃げまどっているニャ。」


 大公軍も黙っていない。魔導士部隊の援護に騎馬隊の大軍勢が駆け付けた。

その数、ドワーフの傭兵隊の10倍はいる。


 「ドワーフの傭兵隊が馬を反転して逃げていくニャ。」


 「ニャン子、あれがドワーフのほんとうの狙いだ。」


 大公軍の騎馬隊がいっせいにドワーフの傭兵隊を追っていく。

 これは明らかに陽動作戦だ。


 そらみたことか、大公軍の騎馬隊の先頭が突然視界から消えた。

 落とし穴だ。

 騎馬隊は次々に落とし穴に落ちていく。

 

 真田丸の城壁から次々に矢が放たれた。

 落とし穴に落ちた騎馬隊をひとつひとつ丹念に射抜いていく。


 「あれは冒険者部隊ニャ!」 


 ほう、集団戦法が苦手な冒険者も、こういう個人技が発揮できる場面では戦力なるということか。

 敵はなかなかの策士だな。


 「おおっ! あの冒険者は凄いな。あいつの放つ矢は百発百中じゃないか!」


 「勇者ゴドー・グリフィスだニャ。超ベテランの冒険者だニャ!」


 年齢は三十台半ばくらいか。

 青い髪を短く刈り込んでいる。

 イケメンではないが渋い容貌だ。


 この調子では大公の騎馬部隊は全滅だな。

 数では勝っているが、作戦で負けている。 



 ***


 大公がヤケになってるみたいだ。


 「くっそー、いまいましい奴らめ。第三陣、第四陣、第五陣、全部行くのじゃぁぁぁぁぁ!」


 大軍が一斉に真田丸に襲い掛かった。


 「ニャン子、知ってるか? 城攻めには三倍の法則というのがある。つまり、城は守るほうが有利で、これを攻め落とすのには城内の兵力の三倍が必要なんだ。」


 「出城にこもる兵力はおよそ1000ニャ。グランローゼ城の兵力は全部合わせても2万はいないニャ。」


 「王家軍が優勢のように見えるが、大公は5万の兵で取り囲んでいるんだ。力攻めで押せばやがて落ちるだろ。」


「そうはいかないニャ。王家にはサナードがいるニャ!」


「サナードか。」


「サナードは、あそこにいるニャ!」


 ニャン子が真田丸の物見ものみを指さした。

 私は刮目かつもくした。


 「あれは戦国武将ではないか!」


 この世界は、すべてが中世の西欧風だと思っていた。

 ところがその武将は日本の鎧兜に身をつつみ、すらりと抜き放ったのは日本刀なのだ。

 しかも赤備あかぞなえ、赤い鎧兜よろいかぶとを身に着けている。


 赤い色は戦場で目立つ。標的されやすという点では不利なのだが、その武将がが武勇をもって知られる場合、敵を威圧する効果があるのだ。


 私は望遠鏡を赤備えの武将に向けた。

 兜飾かぶとかざりは六文銭ろくもんせんだ。

 女のような美しい顔をしている。

 やや、あの顔には見覚えがあるぞ…

 誰だっけ?


 そして、その武将があげたに私は卒倒しそうになった。


 『我こそは真田幸村なり!

 大公ドメルグ・トクーガ殿に物申す!

 恩を忘れ、私欲をむさぼる鬼め、

 その性根しょうね、この幸村が叩き直してくれようなり!』 


 さなだ、ゆきむら、だとぉぉぉー!!!!


 いったいこれはどういうことだ。

 サナードとは真田幸村のことだったのか。

 あっけにとられながらも、私は嬉しくなってきた。

 なんだかワクワクする!


 「サナードが魔法の詠唱を始めたニャ。」


 ゆっくり、よくとおる詠唱だった。

 それは大公の兵たちを震えあがらせた。


 << りん! ぴょう! とう! しゃ! かい! じん! れつ! ざい! ぜん! >>


 これは修験道における九字の呪文である。


 真田幸村の日本刀が炎のように赤く燃え、切っ先を一閃いっせんすると一文字いちもんじの光が戦場を薙ぎ払うがごとく斉射されたのである。


 -----グゥイイィィィィィィィンン!

 

 空気を切り裂くような轟音が大地を、そして兵たちを切り裂いた。

 その光はさながら「炎の剣」のようだった。


 -----ドドドドドドドーン

 

 炎の剣が大地を轟かせている。


 「これは凄まじいな。兵を一気になぎ倒す勢いだ。」


 「兵たちは逃げまどってるニャ、またまくまに総崩れニャ!」



 「おっ、大公がこっちに来る。ニャン子、影に入れ。」


 「はいニャ。」


 ニャン子は影の中でウインクをした。



 「魔王殿、奴を倒してくだされ、風魔法で吹っ飛ばしてくだされ!」


 大公は必至の形相だ。

 火に風をぶつけてどうなるかな?

 仕方がない、まっ、やってみるか…


 << 人間五十年! 下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり! >>


 私は詠唱した。

 こぶしをを空に突き出すと、風が来た。

 えい、と両腕を回転させると、トルネードのように渦を巻いた風は炎とぶつかり合った。

 


 私の風魔法と、真田幸村の火魔法は相性がいいらしい。

 風が火を盛んにさせ、地表に溜まった可燃ガスが一気に爆発を引き起こしたのだ。


 -----ドドーン!!!


 すさまじい爆音が戦場にこだました。

 バック・ドラフトというやつだな。


 火を燃え立たせるのは酸素である。

 私は幸村の火に酸素を供給したのだ。


 兵士たちは火に焼かれもだえ苦しんでいる。



 「魔王殿、わしの間違いじゃった。風を、風を止めてくれ!」


 「悪いが大公殿、いちど放った風はコントロールできんのだ。」


 「あぁぁぁぁぁぁ! このままでは全滅じゃ!」


 しかし、火に煽られた風は上昇気流を作り出し、気流は天に昇って雨を呼んだ。

 雨は炎の上に降り注ぎ、炎はみるみるうちに鎮火していった。

 結果オーライである。


 傷ついた兵士たちが退却してくる。

 誰の顔にも生気がなかった。


 一方、真田丸では仁王立ちの真田幸村が勝どきをあげたのだ。


 『えい、えい、おぉぉぉぉぉ!』


 「おのれぇ、サナードめっ!」


 大公は悶絶したが、完全なる敗北である。



 「魔王殿、わしはどうしたらよいのじゃ。教えてくだされ。」


 歴史チートの出番だな。


 この戦いは、まるで大阪冬の陣を再現したようだ。

 大阪城、真田丸、徳川家康。

 歴史通りなら徳川方の勝利なのだが、甘ちゃんのトクーガ大公だからな。

 真田幸村にも勝機あり、というわけだ。


 だが、大公には一宿一飯の恩義がある。


 「魔王殿…」


 大公は私に懇願するばかりだ。


 私は策を授けることにした。


 「ここは、和睦わぼくですな。」


 「和睦??!」


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