第18話 スーツケースを取りに

 ──ガチンッ…

 ──ガチンッ…


 「それじゃあ、私荷物置いてくるけど、二人とも玄関の中入って?」


 玄関の鍵を二箇所開けながら、玲果ちゃんはボクたちにそう言った。あれから恵斗くんとボクは、それぞれの家を通り越した場所にある望月家の前まで、玲果ちゃんに連れられてやってきていた。

 玲果ちゃん曰く、自分は今夜の支度は出来ているから、この後ボクたちの支度を手伝うという事だった。


 ──ガチャッ…


 「あれー?まだパパたち…お仕事行ってるんだねー。」


 勢いよく玄関の扉を玲果ちゃんが開けたが、家の中にはひと気が感じられなかった。この前来た時は、コンクリート打ちっぱなしな三階建ての豪邸の外観しか見れなかったが、この日初めて玄関の中までお邪魔することが出来た。土間の部分はかなり広く、高そうな靴箱が玄関の右側の壁に聳え立っていた。


 「凄えな…。この玄関だけで、俺の部屋くらいあるぜ…。そうだよね?春花ちゃん。」


 「う、うん…。因みにね…?お兄ちゃんとボクの部屋よりも広いよ…ここ。」


 この世界では、一生かかっても超えることも出来ないような貧富の差が、同じ学校の同じクラスで席が隣同士だとしても、平然とあり得るという現実を、ボクは思い知らされた。


 「そうなの?!私、ここの玄関…狭いと思ってたんだけどなー?」


 やはり…玲果ちゃんの感覚が、ボクたちと違っているのは明らかだった。生まれた時から、なに不自由する事もなく育てられてきたのだろう。


 「もしかしてさ…。玲果ちゃんの部屋って、ここより広いのか…?」


 「そうだよー?一緒に来てみるー?」


 「いや。また…今度にしとくよ。俺と春花ちゃん、これから支度しないとだしさ?」


 場の雰囲気に、恵斗くんは圧倒されているように見えたのだが、案外冷静だった。それに、実を言えば『ボクの生家、ここよりもっと広かったよ?』なんて、流石に玲果ちゃんの前ではボクも言えなかった。


 「そっかぁー…残念。じゃあ私、荷物置いて二人のスーツケース持ってくるから、待っててねー?」


 「待ってるから、早く来いよ?」


 残念そうな表情をして玲果ちゃんは、玄関のホールから広い廊下を奥へと進んで行った。


 「ねぇ…?春花ちゃんのご両親って、魔王様に仕えてた中位魔族って話だったよね…?」


 「うん、だからボクもそうだよ?どうして?」


 急に何の話を恵斗くんがしてきたかと思ったら、そんな話だった。因みに、中位魔族から更に位を上げる方法は三つで、一つ目は勇者を討ち取る、二つ目は上位魔族と婚姻する、三つ目は魔王様の血縁者と婚姻する、だ。三つ目の場合は、皇位魔族と呼ばれ別格の扱いとなる。


 「あー…。ゴメン…。魔族のお姉さんの姿に気を取られすぎてて、すっかり忘れてた…。てことはさ…?芙由香さんもそうってことか?!」


 「まぁ、そうなるよね…。だからこのままいくと、玲果ちゃんたちも人間だけど、そう呼ばれるようになるかもね?」


 魔族が人間と婚姻する場合、大抵その人間以外の親類皆殺しにしておいてからとなる。理由は、人間が幅を利かせてくるのが面倒だからと、ほとんどの人間は弱い為悪魔や魔物等に攫われ、無理矢理婚姻させられれば、容易な下剋上が成立してしまう事もあるからだ。


 「そっかー。色んな意味で、春花ちゃんとご親戚になっちゃうかもしれないのかー。玲果ちゃん。」


 「だからこそ、世界の歪みの存在は…要注意なんだけどね…。」


 前述の通りで、もしも芙由香さんが望月家に嫁ぐ事があれば、中位魔族の仲間入りをした玲果ちゃんを狙って、リスクを冒し世界の歪みを通ってくる者達が出てくることは、目に見えている。


 「そう言えば、どこに愛上さんは移動させたんだろうな…?」


 「うん、それは一番気になるところだよね…。」


 「それはそうと、玲果ちゃん…荷物置きに行っただけだよね?」


 言われてみれば、確かにそうだった。一体…玲果ちゃんは、何をしているのだろうか?


 「まさか…さ?着替えてるとか…ないよね?」


 「これから…まず春花ちゃんの家に行って、次に俺んち行くだけだよな…。キラキラした服で来られてもさ、困るよな…?」


 賎宮南小学校で、クラブや委員会の活動がある月曜日だけ玲果ちゃんは、何故かキラキラした洋服を着てきている。体育の授業は体操着に着替える為、着てきても支障はないのだが、如何にせよ悪目立ちしている。ボクは横の席だからあまり目には入らないのだが、恵斗くんはボクの左斜め後方の席の為、かなり目に飛び込んでくるようだ。


 「あー…。玲果ちゃんだし?すっごくありそうだね…。」


 「俺さ…春花ちゃんなら、例えキラキラした服着ててもさ…?別に、構わないんだけど…。」


 ──ガラッ…ガラガラッ…

 ──ガラガラガラガラッ…ガラッ…


 完全に暇を持て余したボクたちの耳へ、廊下の奥の方から、床の上を何かが転がるような大きな音が聞こえ始めた。


 「これ…何の音?」


 「あー、そっか…そうだよね。春花ちゃん聞いた事ないんだね?えっと、多分これはさ…?スーツケースのキャスターが、床の上を転がっている音だと思うよ?」


 「“すーつけーす”?“きゃすたー”?」


 この頃のボクには、分からない言葉が二つも並んでしまっており、どんな物なのか全く想像がつかなかった。そう考えれば、今のボクは日本の社会へ相当、適応してきていると思える。まぁそれも、お兄ちゃんと恵斗くんのお陰なのかもしれないが。


 ──ガラガラガラガラガラガラガラガラッ…


 「マジかー。でも、多分もう玲果ちゃんの姿見えてくるだろうし、どんな物か分かるよ?」


 恵斗くんの言う通りで、薄暗い廊下の奥から、玲果ちゃんらしき人影がぼんやりと見え始め、スーツケースのキャスターが床を転がる音も、先程よりも大きく近くに聞こえてきた。


 ──ガラガラガラガラッ…


 「春花ちゃーん!!お待たせー!!」


 大方の予想通りで、キラキラした洋服に着替えた玲果ちゃんが現れると、左右それぞれの手には、スーツケースのキャリーバーのハンドル部分が握られていた。身体の左右にスーツケースを伴い、こちらに向かって颯爽と廊下を歩いてくる玲果ちゃんの姿は、なかなか圧巻だった。


 「俺は?!」


 「大人しく待ってられたの?春花ちゃんに迷惑かけたりしなかった?」


 日頃の行いなのだろうか、大人しくしていないイメージが全面に出ている恵斗くんだが、この時の玲果ちゃんは明からさまに子供扱いしてきていた。


 「うん。恵斗くんは静かーに待ってたよ?どちらかと言うと、ボクの方がうるさかったかな?…ね?恵斗くん。」


 「本当にー?春花ちゃん、恵斗くんのこと庇ってないー?」


 「それよりさ?春花ちゃんちに急ごうぜ?こんなことしてると、夜になっちまうぞ?」


 この家に来たのは、確か十五時を少し過ぎた頃だった。ふと、ボクはお兄ちゃんから貰った腕時計で時間を見ると、既に三十分以上が経過していた。


 「もう、十五時四十分になるみたい。玲果ちゃん…?ボクたちの為に、“すーつけーす”用意してくれて…ありがとう!!今日のお洋服も可愛いよ?」


 これくらい言っておけば良いだろうか。もう、ここで寛いでる暇はないのだ。後で分かったのだが、このスーツケースは育郎さんと芙由香さんが、高橋家と鈴木家それぞれの家族の着替え等が入るサイズを、選んで用意してくれたようだ。なので、小学五年生の身体には、大きすぎなサイズになっていた。


 「もうそんな時間なの!?急ぎましょう!!あ…そうだ、春花ちゃん…ありがとう。」


 ──ガラガラガラガラガラガラガラガラ…

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