第15話 帰宅した後で
六年前、四月八日(日曜日)────
楽しくも、色んな事が起きた鈴木家での二日間はあっという間に終わり、高橋家に戻る時間になってしまった。
「二日間も、ボクを迎え入れて下さって、ありがとうございました。」
「良いって良いって!!春花ちゃんなら、いつでもおいでよね?私の働いてる店に、ご飯食べに来ても良いからね?」
この言葉のおかげで、度々ボクは恵斗くんと一緒に紗英蘭さんの働くお店へ、顔を出すことになるのだが、まさかそんな事になるとは誰一人知る由もない。
「また…真登兄ちゃんから酷いことされたら、すぐ母さんと俺の家においでよ?」
──ギュッ…
「うん…。恵斗くん、ありがとう。」
ボクの手を恵斗くんは両手で握ってきた。この金曜、土曜と鈴木家に二泊もさせて貰ったボクだったけれど、恵斗くんからの強いご要望で、お風呂の時と寝る時は魔族のお姉さんの姿で過ごした。
「なんか…二人とも仲良くなりすぎじゃない?!まだ出会ってさ…?三日くらいしか経ってないよね!?」
「母さん?気のせいだよ。」
慌ててた恵斗くんは、ボクの手から両手を退けるとそう言った。気のせいではないけれど、もう暫くは…気のせいということにさせてもらうことにする。あくまで魔族のお姉さんがやった事で、人間の姿のボクは何もしていないのだから。もしも、この身体を調べられたとしても、何もやましい事はない。
「それでは、失礼します!!」
──ガラガラッ…
「春花ちゃん、また明日!!おやすみ!!」
「またおいでよー?おやすみー!!」
──ガラガラッ…
──バチンッ…
玄関の外に出たボクは、恵斗くんと紗英蘭さんにお辞儀をすると、数歩進んで振り返って二人に手を振った。二人の声を背に、すぐ裏にある高橋家へとボクは歩き始めた。
十分後───
時間はもう夕方だった事もあって、家に入ると芙由香さんが台所で夕食の支度をしていた。
「ママ、お帰り!!今、真登くんは出掛けてるから、大丈夫だよ?」
「芙由香さん一人にさせちゃって、ごめんね?ボク、ダメな母親だよね…。」
「もー!!ママは謝らなくていいの!!いつもそうなんだから…。昔からそうだったんだね…ママ。」
お兄ちゃんは、未来ではどうなっているのだろう。それにボクとの関係は…。色々と気になることは多いが、それを聞いてしまった事で、未来を変えてしまったら…と思うと、やはり前日に自分が言ったことを、肯定していきたいと思った。
「そういえばさ?芙由香さん、いまいくつくらいになるの?大体でも良いから、ボクに教えてくれるかな?」
赤の他人であったならば、これは最大限に失礼な質問なのだが、母親から娘に対する質問なのでそこは大目に見て欲しい。
「ママが孤児になったくらい年代かなぁ…。」
「未来では、好きな人とか居なかったの?!」
もしも好きな相手を置いてきているのなら、女神に協力して貰ってすぐにでも未来に帰そうと思った。
「だから、ママには言いたくなかったのになぁ…。でも…未来には、私の好きな人は居ないから安心して?」
それは含みのある言い方だった。芙由香さんにとっては、だいぶ過去の時代であるこの世界で…好きな人が恐らく出来たのだろう。少なくとも、まだ芙由香さんの影もない時代なので逆算していくと、ボクが十八で産んだとしても、今から八年後なので…未来に戻れば三十八もその相手とは、年が離れることになる。
この時代で、芙由香さんの好きな相手が三十代だとすると、未来では六十〜七十代となる。芙由香さんの方は、魔族との混血なので長命なのは確定しているが、相手が地球に住む純粋な人間だとすると、未来では既に老齢に入っているだろう。
「そっか。なら、後悔しないようにしてね?ボクは、芙由香さんのこと応援するから。」
「え…!?ママ、本当にいいの…?!三日前、一度未来に戻った時、ママに相談したら…大反対されたんだけどな…。」
いくら“災厄”と呼ばれた魔族のボクであっても、流石に三十八年以上も人間の世界で生活していれば、考え方も少しは人間寄りにはなっているだろう。この頃のボクはまだ、恋に目覚めたばかりだった事もあって、言動の多くに恋愛アニメなどの影響が、色濃く反映されてしまっていた。
「ごめんね?きっと…未来のボクは、芙由香さんに幸せになって貰いたくて、言ったんだと思う。でも、その人が好きなら…諦める必要なんてないと思うんだ。」
──ムギュッ…
「ママ、ありがとう…。大好きだよ…。」
そこまで、話しながらも料理を作る手を止めなかった芙由香さんだったが、急にその手を止めてボクの方へ振り返ると、優しく抱きしめてきたのだ。
三十分後───
「春花さん!!本当にゴメンなさい!!俺が悪かったです!!」
──ゴンッ…
「本当に…ゴメン…。」
出掛けていたお兄ちゃんが、十八時を過ぎた頃帰宅した。その時、居間で夕食の支度を終えた芙由香さんの恋愛事情を聞いていたボクは、立ち上がると廊下へと飛び出してこの状況なのだ。
ボクの姿を見たお兄ちゃんは、廊下の床におでこをぶつけながら謝り始めた。
「ボクはね…?自分より力の弱い相手に、力で自分の思い通りにさせようとする人、大嫌いなんだ。お兄ちゃんはさ…?そういう人達と同じなのかな?」
一度、何百歳も年上のお姉さんとして、ガツンと言わないとお兄ちゃんはダメだと思った。それにボクには、未来から来ている実の娘もついている。
「春花さんが…他の誰かに取られると思った…。そう思ったら…春花さんのこと、離したくないって…。」
「なら…ボクに、素直に言ってよ…。好きなら好きって…。嫌なことは嫌って…。ボクの可能な範囲で、言われた事については考えるから…。」
これからも恵斗くんとボクは、【契約】している関係なので、一緒に行動する機会も増えるだろう。それに、ご近所さんで同級生で友達でもある為、親密な付き合いになっていくのは目に見えている。だから『可能な範囲』で『考える』までで留めておいた。
「春花さんの居ない二日間、俺は考えたんだ…。やっぱり、俺は…春花さんのことが、好きだ!!俺と…付き合って欲しい…。」
「あらー、真登くーん?春花ちゃんに告白しちゃったのねー?でもー、いくら未成年同士だったとしてもねー?二人の歳の差がねー?五歳以上あるとー、エッチなことするのアウトなのよー?」
魔族のボクには難しすぎる話で、この時はよく分からなかったのだが、日本では性的同意年齢は十六歳らしく、歳の差が五歳未満の未成年同士なら色々条件をクリアすれば、エッチなことしても問題ないようだ。
しかし、ボクとお兄ちゃんは戸籍上では六歳以上離れている為、法律上ボクが十八歳にならなければ、お兄ちゃんはボクには手を出せないのだ。ボクが五百歳超えの魔族とお兄ちゃんが知った上でなら、問題ないとは思うが、お兄ちゃんには…異世界転移してきた人間と言ってしまっている為、出来れば人間の姿で過ごしたいと思っている。
「芙由香さん!!その話、本当なの!?」
「本当よー?だって、私の可愛い子供が、捕まる姿見たくないでしょー?だから、二人が付き合うのは良いとしてもー?真登くんはー、春花ちゃんに手を出しちゃダメだからねー?」
まるで芙由香さんは、ボクの実の母親みたいな口ぶりだった。実の娘に言われてるのだが、なんか家族みたいでしっくりきた。
「俺が、こんな…色気のない少年みたいな子に、手を出すわけないだろ!!でも、成長すれば…芙由香さんみたいになるかなーって、期待してるんだ俺。」
どういう根拠を元に、お兄ちゃんはそんな暴言とも取れる事を言ったのかは知らないが、芙由香さんの母親であるボクが、芙由香さんみたいにならない訳がないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます